4 朝起きたら、街で変な奴らが暴れているんだが
うるさいピンクづくめの少女に辟易しつつ、俺はとにかく中学へ向かう準備をする。
朝食を終えるとすぐに勉強。ほんの僅かな時間でやり残していた課題を全てやり遂げ、そしてささっと制服に着替えた。
「おやおや、拓也くんってば制服も似合うじゃないですか〜」
ガン無視する俺。
ようやく用意が整い、通学鞄を下げて家を出る。
そして俺は――気づいた。
「お前、ついて来てるな?」
「あはっ、バレちゃいました?」
そんな目立つ容姿をしていたら誰にでもバレるに決まってるだろ! と叫ぶのを寸手で堪えつつ、俺が振り返る。
電柱に隠れて俺を尾行していたつもりらしいアズミは、全く可愛くないてへぺろをしていた。単純にムカつくだけだからやめておいた方がいいと思う。
「なんで俺についてくる。お前みたいな女を連れてると思われたら俺の人生が終わる」
「お前みたいな、って言い方ひどいじゃないですかぁ。私はただ、拓也くんの学校について行きたいだけです」
「ストーカーかよ。通報するぞ」
本当に迷惑な奴め。というか俺に付き纏う目的は何なんだ。
しかしそんな問答をしていたら遅れてしまう。そう思い、アズミを振り切るべく走り出した。
その時ちょうど、空が光った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『ワレワレハ、宇宙人ダ』
随分な登場の仕方だな。
どうやら今朝は映画の撮影をやっているらしい。空が光って、宇宙船のような物体が地面へ降りて来た。
大掛かりな仕組みのようだ。一体誰が動かしているのだろう。中から銀色の何か――不細工な宇宙人が出て来た。
子供向けの番組だろうか。街の通行人はみんな驚いて固まっている。エキストラらしき人々は、みんな騒ぎ出している。
それにしても始める前に少しくらい知らせてくれても良かったろうに。そもそも、やるならもう少し街中じゃない場所を選んで撮影しろ。
俺はとにかく遅刻すると思い、その大掛かりなセットを無視して過ぎ去ろうとした。だが、
「ちょちょちょちょちょ、待ってくださーいっ!」
怪力女に首根っこを引っ掴まれたのである。
俺はその手を払おうとしたが、力の差がありすぎて無理だ。本当にこいつ、何なんだ。ゴリラか。
「何だよ」
「何だよ、じゃありません! とうとう攻めて来たんです、あいつらが!」
「映画のセットを本気にするとかどれだけアホなんだ? 遊びたいなら一人でやってろ、俺は暇じゃないから」
「違うんです! あいつらが、私たちの敵なんですよ!」
まったく、何言ってるんだか。
俺は心底呆れたが、とりあえず離してもらわないと本当に時間がやばい。
「離せって!」
「離しません! 拓也くん、戦いますよ!」
はぁ?
何言ってんだこいつ。
アズミがまだ五歳くらいの子供であるなら納得もできたろう。
しかしどう見たって、十五歳くらいの少女だ。ほとんど俺と同い年。そんなのが、こんなふざけたことを。
「たすけてぇ! いやぁ、ころされるぅ!」
遠くで女の子の悲鳴がする。
いやいやいや。いくら撮影とはいえさすがにこんな鬼気迫る悲鳴上げたら、お巡りさんが飛んでくるぞ。許可とかは当然取っているんだろうな?
俺は少しばかり心配になった。が、俺とは無関係であるからして別にどうでもいい。
「あれはな、映画って言ってだな……」
「た、助けてください!」
アズミをなんとか説得しようとする俺の目の前に、一人の中年女性が飛び込んで来た。
……? この人も映画の役の一人か? それだったら俺に助けを求めるのはおかしいな。あまりにも本格的なセットなので本物だと思ってしまった、おつむの弱い人なのかも知れないな。
俺はそう思い、彼女に声をかけようとし――。
ドシュッ。
音がして、女性が弾ける瞬間を、この目で見た。
弾けるとしか言いようがなかった。
突然、まるでスイカ割りのスイカのように女性の頭が爆ぜ、血飛沫を上げたのだ。
そして、女性の体が力なく地面へ倒れ込んだ。
彼女の頭部は白い光線によって貫かれたように俺は見えた。
「は……?」
今起こったはずのことが理解できず、間抜けな声を漏らす。
もしもこれが映画のシーンだとして、やりすぎではなかろうか。本当に人死が出たのか? もしも女性が精巧に作られた人形だったとしたらわかるが、しかしあの死に様はどう考えても作り物には思えない。
しかし、こんな風に、人が死ぬことなどあり得ないではないか。
俺はそこで一つの可能性に思い当たる。
昨日、アズミが一瞬、黒髪の清楚美少女に見えた瞬間があった。あの時のように俺に何らかの幻覚的なものがかけられており、その効果で今のようなショッキングな映像を見てしまった。
きっとそれに違いない。だって、だって――。
「次、目標発見。発射スル」
機械的な声が響いて、またもや白い光線が走った。
それを放っているのは銀色の宇宙人。どうやって出しているのだろう。いや、そもそもこれは現実なのか?
よく、わからない。でも光線がまっすぐ俺に飛んで来ている。
「危なぁぁい!」
その直後、俺の体が宙を舞っていた。
くるくると回転をしながら、アズミに突き飛ばされたのだと理解する俺。しかし依然として頭がパンク状態だった。
「敵襲です! 『幻惑の光』を使って! 早く!」
「ほえ?」
「いいから使ってくださいぃぃぃ!」
俺のすぐそばを、無数の白光が飛ぶ。
とにかく危険だと本能が叫んでいた。だから、
「訳わかんねえ! なんとかなれぇ!」
意味不明の力を発動した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
優しい光に包まれた後、あたりが白いモヤで包まれる。
これが『幻惑の光』とやらなのか?
モヤの向こうからは、無数の悲鳴。
しかしそれは人間のものではなく、先ほどの機械的な声であった。
しかし一体先ほどのは何の騒ぎだったのだろう。
例え幻か何かだったとしても、あの死体はリアルだった。今でもゾクゾクするな……。
まさか現実ってことは、ないよな?
「拓也くん、もういいですよ〜」
声がする。甘い、いかにもハニートラップな感じの声。
俺はそれを聞いて頷き、体から溢れ出す『何か』の流れを止めた。
すると、サァーっと視界が晴れる。
そこには、ピンク髪のゴスロリドレスを揺らす少女と、彼女に踏みつけにされる銀色の何かたちがいた。
「よし、完了完了っと! 拓也くんはお疲れ様でした」
「お前なぁ……。てか何だよそいつら。ロボットなんだろ、壊しちゃダメじゃないか」
「ロボットなんかじゃありません。こいつらは歴とした殺人宇宙人です!」
やばい。本気でこいつの頭の中はどうなっているんだと怖くなる。
とりあえず警察を呼ばなくては。先ほどの死体が俺の幻だったとしても、これはさすがにまずい。ついでにアズミも逮捕してもらわなくては。
「後で事情はゆっくり説明します」アズミは、動かなくなった銀色の奴らの山から飛び降りながら言った。「とりあえず騒ぎになる前に、ここを立ち去りましょう!」
警察に通報しようとする俺などには構わず、アズミは俺の体を軽々と持ち上げる。
そのまま俺は学校へと連れ去られてしまった。