3 ピンク髪少女が俺の家に住むことになった
「可愛い彼女じゃな〜い。どこから拾って来たの?」
帰って来るなり母さんが俺に言った。
俺のすぐ隣には、ピンク髪の自称謎の美少女であるアズミが立っている。こんな近さでいたら勘違いされるだろうと注意している暇はなかった。
「いや、違うんだ。こいつは不法侵入――」
「はいはーい。いっつもお世話になってます。私、彼の彼女のアズミちゃんでーす」
ちょっと待て。
なんか変なこと言ってるぞ、この豚女。
「違うんだ。こいつは彼女なんかじゃなくて――」
「ついに拓也も彼女ができるような年頃になったのねぇ。母さん嬉しいわ」
……全く聞いていなかった。
「母さん! ちょっと通報してくれよ!」
「どうしてよ? 彼女ちゃんなんでしょう? 優しくしてあげなくちゃダメじゃない」
「だからこれは――」
「拓也くんったら、ひどいですぅ」
アズミが涙目になる。
いや、ひどいのはお前だろ。
このままでは俺がピンク髪変態豚女の彼氏扱いになってしまう。
誓ってもいい。俺はこの少女を愛していないし、出会って数時間も経っていない。
だから俺と彼女がそんな関係であるはずがない。断じて。
しかしもはや母さんは俺の話など聞いていず、アズミもうまいこと取り入ろうとしているため俺の口を塞いでくる。
俺は結局何も口出しすることを許されなかった。アズミのいやらしい笑みが癪に触る。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「私、アズミっていうんですけど。ちょっと家がなくて、ここに泊めてくださいませんか?」
俺はアズミが言い出した言葉に唖然となった。
はぁ?という声すら出ない。
お前、俺と一緒に世界を救いたいんだろ? そういう妄想してるんだろ?
なのに今は至極まともな感じを装っている。しかも完璧な上目遣いで母さんを見上げて。
……こんな少女に、甘々グダグダな母さんがやられないわけがないではないか。
「あら〜それは大変。ならいくらでも泊まってって」
案の定。
俺は頭を抱えた。この家には常識人は俺しかいないのか?
こんなどこの馬の骨とも知れぬ女を家に泊めて、うっかり変な騒ぎに巻き込まれたらどうする。
近所の人たちにはアズミの姿はすでに見られてしまっていた。こんな奴を養っていると知られたら……ゾッとした。
今すぐにでも追い出す方法はないかと考えたが、相手はただの女ではない。ゴリラ並みの馬鹿力があるのだ。
俺一人で太刀打ちできる問題ではない。
それに、警察に通報したところでどうだ。
俺が逆に彼女を監禁したとか言い出しかねない気がする。そうなれば俺の人生は終わったも同然だろう。
つまり、俺に手出しはできないのだった。
「クソ……。なんで俺がこんなことに」
受験勉強に忙しい中学三年生を困らそうという悪魔の仕業か。
だったらむしろ俺の頭を悪くしてほしかった。わざわざピンクのゴスロリ少女なんか送り込んで来やがって……。
この家に、正体不明の少女をホームステイさせるほどの財力はあるのか。
……頑張ればあるだろう。しかしいつ問題になってもおかしくはない。
「すでに存在を認識した時点で負けていたとはな」
あのまま勉強に没頭し、例え殴られたとしてもアズミに気づかないふりをして入れば良かったかも知れないと今更ながら後悔する。
後悔先に立たずとはこのことだと思った。
「じゃ、今日からこの家でお世話になりますね。拓也くん、よろしく!」
「出来るだけ迅速かつ安全にお別れしような」
「そんなぁ!? ひどいですぅ、拓也くんのケチ!」
だからひどいのはお前だよ。
そういえば俺は今、変な力を持っているんだった。名前は何だったか……そう、『幻惑の光』なる奇怪で非科学的なものだ。
あれの仕組みがどうなっているのかは知らないが、何かの幻覚剤ではないかと俺は疑っている。もしも何かの麻薬的なものが絡んでいたら嫌だな。
とにかく、円満なお別れを目指して頑張るとしようか。明日までには決着をつける。
俺は内心で静かに覚悟を決めたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「拓也くん、おはようございます! さぁさ、学校に行きましょ?」
翌朝、そいつは俺の枕元に立ち、ニコニコ笑顔を浮かべていた。
ピンク髪にピンクのゴスロリドレス、けばけばしいピンク色の瞳。起きたての目にはあまりにもうるさすぎる。
……ああ。誰かこれが何かの悪い夢だと言ってくれ。