2 なんか変な力をもらったらしい
まず俺は理論的に反論しようかと考えたが、やめた。
大体こういう奴は夢物語を信仰しているのだ。「空から怪獣が降ってくる」とかそれこそ何の漫画だ、という話を持って来ては騒ぎ立てるのが常。
そんな奴と会話している時間がもったいないと思った。俺は中学三年で受験生、暇ではない。
「俺は世界を救う暇がない。受験があるからだ。私立の高校に行って有名大学に受からないといけない。だから頼むなら別の男にしてくれ」
どうせ彼氏になってほしいだけなんだろう?
頭お花畑のせいで彼氏ができない。そして苛立った結果、俺に詰め寄って来た。
多分これで間違いない。世界の情勢が怪しいとはいえ、こんなゴスロリドレスのブス娘に何ができようか。というかどう見ても宇宙人ではないし妖精でもない。
「私、遠い星から遥々やって来たんです! 生き物がいる星を探してどれほど彷徨ったか……。そして私のレーダーにあなたがビビッと反応したのです」
何言ってるかさっぱりわからん。
ああ邪魔だ。なんて邪魔なんだろう。母さんがいれば警察を呼んでもらえるんだが、今は生憎家にいない。
そうだった。早くスマホ取り返さないと警察に連絡できない。
「俺のスマホ返せ」
「すまほ?って、この電子機器のことですか?」
「そうだよ。スマホくらい知ってるだろ馬鹿でも」
俺は少女を急かす。
しかし彼女は、そう簡単にはスマホを返す気はなさそうだ。
「これで私を怖い人たちに渡すつもりなんでしょ! この星の人々は野蛮ですから、身売りが日常茶飯事なんですよねぇ?」
日常茶飯事ってほどではないが。それに警察に通報するのは身売りとは別だぞ?
とにかくこいつを追い出さないとやばい。絡まれ続けるような事態になれば、俺の人生が狂うことになりかねないからだ。
「じゃあ身分証明書出せ。そうしたら、今は見逃してやるから」
「ショーメイショ? なんですかぁ、それ」
「ふざけるな。もういい加減に腹が立ってきたぞ」
こいつ、本気で通報してやろうか。
俺は立ち上がり、スマホを強奪することにした。そもそもあれは俺の持ち物なのだから犯罪にはならない。
しかし、そうしようとした俺の体は何故か、硬直していた。
それは当然だ。だって、少女が俺をとんでもない力で抱きしめて来たのだから。
その力は普通の女のものではなかった。ゴリラか何かかと思うくらい、強烈だった。「うげ」と声を漏らすことしかできない俺に、自称謎の美少女は一言。
「信じてくれないなら力づくで信じさせてあげますよ!」
啖呵を切った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
彼女は恐ろしい怪力女だった。
俺を腕に抱えたままでひょいひょい歩き、部屋の椅子やら何やらを指で摘んで持ち上げてしまう。
それだけではなく、家の窓から飛び降りてみせた。ここは二階だ。当然ながら普通であれば無傷であるはずがない。
「これが『重力操作』の力ですよ! どうですか?」
「これ何のマジック? それとも夢か……?」
俺は現在、夢を見ている自覚はない。
しかし夢とは大抵そんなものだ。それに夢であれば、この変態豚女の説明もつく。
そうだ。これは夢に違いないと思ったが、はてさてどうやって覚めたらいいのやら。頬をつねったみたが、そんな幼稚な方法では目覚めることはできなかった。
でも万一これが現実だとすればどえらいことではなかろうか。
突然に家から飛び降りたものだから、通行人が俺たちのことをじっと見ている。その視線を受けてしまってはとてもとてもこれが夢だなどという楽観視はできそうになかった。
つまり俺は、怪力豚女に囚われている。ただし恐らく現実に、だ。
……どうしよう?
「わかりましたか、私の凄さ! これでもこの星を守るために派遣された、超絶スーパーヒロインなんですからねっ」
もはやツッコミを入れる気にもならない。
いや、マジで警察呼んだほうがいいよな。うん。それは間違いないのだが。助けてくださいとでも叫ぶ? その瞬間に首を絞め殺されそうな気がする。やはりやめた方がいいだろう。こいつの逆鱗に触れないようにしてうまく逃げ出さなくては。
しかしそんな俺の考えなど他所に、変態怪力少女は、
「私の名前はアズミ。の名の下に、あなたに力を与えましょう!」
「はぁ?」
腑抜けた声を上げた――その直後、何だか急に眩暈がして、全身に電流のような衝撃が駆け抜けた。
俺は悲鳴を漏らす余裕すらなく、あまりの痛みに俺の意識は光に呑まれた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
目覚めると、目の前に超絶美少女がいた。
「ほえ……?」
まず整理しよう。
俺は変態ピンク髪変態豚娘に絡まれていたはずだ。なのに、すぐそこに黒髪の清楚な美少女の顔があるのはおかしいだろ……。
もし先ほどまでのがやはり夢だったと仮定しても、こんな美少女に見覚えはない。
俺は尋ねた。
「お前、誰だ?」
「あのあの、私のことを忘れてしまわれたのですか?」
声まで綺麗。
何だこのシチュエーションは。萌る。萌えすぎる。
「もしかしてお前が……」
俺をあいつから助けてくれたのか?
しかし俺のそんな甘い考えは、妄想でしかなかった。
視界がふわっと白くなる。
あまりの眩しさに何事かと思い、目を閉じてすぐに開けてみれば、そこには――。
「ぐへ」
自称謎の美少女こと、ゴスロリブス女がいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「『幻惑の光』ですか。これを自分にかけちゃうとは、なかなかやり手ですねぇ。私のこと、さらにさらに超絶美少女に見えちゃいましたぁ?」
「見えてねえよ。ゴリラに見えたぞ」
嘘だ。超絶美少女に見えていた。
先ほどの現象は、何やらこいつ――アズミの仕業らしかった。
何やら不思議光線を浴びせられたらしい俺は、幻覚によって変態女を美少女と錯覚し、そして萌えていた。
恥だ。これは恥意外の何者でもないぞ。
「とにかく、俺を放せ」
「そうですねぇ。もういいですよ?」
やっと怪力女の腕の中から解放された俺は、ふぅと息を吐く。
そしてそのまま、彼女から逃げようとした。が、腕を引っ掴まれた。
「なんだよ。俺はもう帰るぞ」
「まぁまぁそう言わずに。『幻惑の光』、それはあなたの異能力ですっ!」
異能力?
それは何だ? 子供の幼稚な遊びの語句か? そういえばクラスメイトに「異能力ほしいな〜」とか言っていたやつがいたが、そいつは完全なる落ちこぼれであった。
もうこれ以上この少女の戯言に付き合っているわけにはいかない。のに、どうしても力で及ばなすぎて離れられない。
「その異能力を使ってあなたは、私と一緒にこの星を――いいえ、全宇宙を救うんです!」
アニメの真似事なら他所でやれ。家でやるな。
なんか変な力をもらったらしい俺だが正直そんなのは全くいらない。変な宗教の仲間入りをさせられたら嫌だからだ。
ので、今すぐ彼女には帰ってもらおう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……そう思っていたのに、
「じゃ、遠慮なく食べさせてもらいま〜す」
「ごゆっくりどうぞ」
夕食時、食卓を囲んで夕食を頬張るピンク髪の姿があった。
はて、何故だろうか……?