18 謎の美少女、その正体は
本物のラスボスはこいつの方で間違いなかった。
群青色の顔、エルフ耳、黄色く光る目玉。それはどう見ても悪魔のようにしか見えない容貌をしていた。
銀色の異星人たちとは格が明らかに別だった。その上、身長は十メートル近くもある。
そいつのあまりの恐ろしさに、俺は悲鳴を上げずにはいられない。先ほどまでラスボスを倒したと思い込んでいたのだから驚きが余計に大きい。
「……そういうことね。一度油断させておいて、今度こそ本物でした〜のパターン。ありがちだわ」
そんなことを呟きながら、智鶴が悪魔――もちろん異星人に違いないのだが――に向けて『風刀』を放つ。
しかしまっすぐ首を断つはずだったそれは、悪魔の首をかすっただけで当たらない。
今まで一発で切れていたものだから智鶴も戸惑ったのだろう。何度か攻撃を仕掛けるが、全部避けられてしまう。
「風刀が見えてるの……?」
それだけではない。
第一におかしいのは、俺たちが人間と認識されていることだ。今はまだ『幻惑の光』の効果が続いているはずで、異星人は俺たちを同族と誤認するはずなのに。
その俺の疑問に答えたのは、意外にもアズミだった。
「ほぅ。あなたも異能力持ちですか。この星の人々は単純攻撃しかしてこなかったので、異能力を持ってるとは思いませんでしたよ!」
「こ、こいつも異能力者なのか?」
俺の問いに、悪魔ことラスボスは「ソウダ」と得意げに答える。
確かに、他の異星人たちは妙な光線やらライフルやら拳銃やらで戦っていたので、異能力を使えるとは考えても見なかった。
しかし本人が肯定したからには本当なのだろう。問題は、一体何の能力なのか、だ。
それがわからない以上は攻撃してもかえって危険かも知れない。例えば攻撃の分だけ強くなるような奴だったら手に追えなくなってしまうし。
「――あたしは他の人たちを解放してくる。だからその間、あんたたちはこいつをなんとかしなさい」
俺の耳元で、智鶴がそう囁く。
俺は頷いた。確かにそれが一番いいかも知れない。とりあえずは人々の避難からがいいだろう。
しかし――。
「ソレハサセヌ」
走り出そうとした智鶴の目の前、そこを塞ぐように巨漢の悪魔が立っていた。
別に瞬間移動ではない。移動が早かったのは事実だが、そいつの足で一歩歩けば三メーターは行けるのだ。
問題はそこではなかった。まだ動き出す前だった智鶴をどうしてそいつが止めたのか。
戸惑う智鶴の傍で、俺の中に一つの考えが生まれた。そしてそれを代弁するように、アズミが、
「もしかして未来予知能力とかってあります?」
「――ソレヲ言ウト思ウカ、愚カナ娘ダナ」
これはもはや皇帝と受け取っても良いのではあるまいか?
もしも、もしもだ。もしもこいつが予知能力を持っている化け物だとしたら……。
「やばい」
どうしようもないではないか。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
地球でも、時たま「超能力が使える」と主張する者がいる。
俺は今までそいつらを馬鹿にしてきた。けれども、もしかすると彼らの言い分は本当なのかも知れない。
この名前も知らぬ星の、大抵の人々は特別な力を持っていない。
戦いに反対な人もいれば、軍人として武器を手に取る者もいる。そんな中、この戦争を仕切っているであろうこの怪物だけが、妙な力を使えるのだろう。
そこまで推測できた。が、だからと言って何になるわけでもない。
今、巨大な悪魔が大足を持ち上げている。このまま俺たちを踏み潰すつもりに違いない。そして狭い通路であり逃げ場がない現状、ペシャンコになる未来しかなかった。
一難去ってまた一難、とはこのことだ。
油断したのが一番の失点だった。こんな悪魔がいると知っていれば、もう少し対策も打てただろうに。
残念ながら俺の『幻惑の光』は、今は使いどころがない。せいぜい四方からの感覚を遮断し、死の瞬間を味わうことなく死ねるという利点がある程度か。
それも発動させるなら今。つまり、諦めるしかないのである。
突然訪れた詰みに、智鶴は唇を噛み締めていた。
彼女だって悔しいだろう。あそこまで万能な力があるにもかかわらず、百の攻撃を放っても一つとして当たらないのだから。
終わりだ。そう思い、俺は絶望する。
なんとかできないのかとばかりにアズミに視線をやったが、彼女は首を振った。
そのまま、悪魔の大足が迫る。
アズミがその足を弾き返すべく動き出した。しかし悪魔はその体を片手でつまむと軽く持ち上げて行ってしまう。
もはや足を止める者はいなかった。俺はその瞬間、幻を発動させ――。
どこか遠い場所で声がした。
「そんな簡単に負けるとか、思ってます? ――舐めんなよコラァ!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
遠のきかけていた意識が一気に引き戻された。
そのきっかけは地響きのような呻き声。それが一体誰の者であるのか理解ができないまま、俺は現実へと回帰する。
頭が朦朧とするのは強い幻覚を出したせいか。
そして視界が晴れると、そこは地下の監獄前だった。
そこに立つ、天井を突き破るような巨漢。
俺の横に寄り添う智鶴。そして――。
「アズミ……!」
ハッとなり、咄嗟にピンク髪の姿を探す。
しかし彼女はどこにもいなかった。
まさか、食べられたのではないか?
そんな疑念がふと浮かぶ。しかし、次の瞬間ものすごいことが起こっているのに気づいた。
ピンク色のヌメヌメとしたスライムのようなものが悪魔に絡みつき、その動きを完全に雁字搦めにしていたのである。
「ナニ!?」
悪魔が俺を睨みつけてくるが、ナニ!?はこちらの方だ。
何がなんだかさっぱりわからない。そのピンク色のヌルヌルは悪魔の全身を覆い尽くしていき、それでいてまるで牙のように肌に食い込んでいくのが見てわかる。
なんなんだ、あの化け物は。
「――そうか、そういうことね」
「な、なんだよ智鶴さん。あいつ、アズミは」
「あのピンク色のがアズミなのよ。ほら見てなさい」
ピンク色のスライムが弾け、増えていく。
そしてその一部がイバラのような姿になり、猛烈に悪魔へ棘を突き立て始めた。
「うぉぉおおうぉおうぉぉおおおうあっ」
悪魔の絶叫が地下を揺らす。それはなんとも悍ましい光景だった。
「アズミはスライムなのよ。ああやって形を変えられる種族ということ」
「へぇ。……ってマジか!?」
あれ、全部アズミなのか。
とてもとてもあのゴスロリ少女には思えなかったが、確かに状況的には辻褄が合わなくもない。でも彼女の異能力は『重力操作』だったはずだが。
「異能力と生物そのもの自体の能力は別よ」だそうだ。
よくはわからないが、とにかくスライムは次々に姿を変えていく。
炎になったり氷柱になったり、はたまた毒虫になったり。
あちらこちらから悪魔を襲い、そのことごとくを喰らい尽くしていく。どちらが悪魔なのかわからない地獄絵図だ。
「あたしたちが手伝う必要はなさそうね」
「そうみたいだな……」
そうして一分もしないうちに、あの十メートルの巨漢は影も形もなくなっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「やったか!?」
「わかりやすい死亡フラグね」
そんなことを言い合っていると、いつの間にかイバラやら毒虫やらハサミやら何やらが一斉に集まり、一つのスライムに戻っていた。
そしてそのスライムも形を変え、ピンクの光を放つ。そして眩しさに瞬きをした後、目の前にアズミが立っていた。
「お待たせしました! 任務完了ですっ」
「『任務完了ですっ』じゃないだろ。アズミ、さっきのはどういうことだ?」
考えてみれば色々とおかしすぎるのだ。
第一に、未来予知ができたはずの悪魔が、あっさりと負けてしまった理由。それとアズミがどうしてこの能力をもっと早くに使わなかったかとか色々だ。
「それはゆっくり説明してあげますよ。……とにかく地球人さんたちを解放してあげなくちゃですよ」
アズミは、まるで何事もなかったかのように笑う。
もちろん俺たちはそれで満足できるはずがなかったが、確かに今は後回しにするべきかも知れない。
「……これってもう一回真のラスボスが出てくるパターンじゃないよな?」
「まさか。とにかく早く済ませて、アズミを質問攻めにしましょう」
こうして、とりあえずは監獄に囚われていた何百万という人々を連れ出すことになったのだった。
このまま無事に地球へ帰ろう。アズミとはしっかり話をしなくてはならないから。




