15 幻覚大作戦
ライフル銃で胸をやられたはずのアズミは、しかし生きていた。しかも血まみれになりながらも元気そのもので。
「アズミ……。お前、どうして」
「私、頑丈ですから! 謎の美少女があっさりやられちゃ、がっかりしますでしょ?」
当然のようににっこりと笑うアズミ。
その姿はまるで魔女のように見えた。
ピンクのゴスロリドレスを染め上げる真っ赤な血、乱れた髪。
彼女のいつも以上に普通じゃない姿に、俺はもはや何を言う気力もない。
「……さあて。拓也くん、立てますか?」
当然ながら立てなかった。
俺はもうヘトヘトだった。一歩だって歩けない。あるだけの力は全て使い果たしてしまったし全身がまだ痛む。特に風刀に切り裂かれた肩が悲鳴を上げていた。
「ふむ。では今度こそ、体力回復剤をお渡ししましょう!」
そう言ってアズミは、踏んづけていた銀色の奴から飛び降り、俺の前へ。
そして何やら薬を取り出すと俺の口元に持って来た。
「はいこれ。あーんしてください」
顔はブスとはいえ、パッと見は可愛いとも言えなくないアズミ。
そんな彼女に「あーん」をされると、俺の変態心が叫びを上げそうだ。俺は至極まともな人間のつもりなのに、こいつは俺を変態に育て上げる気だろうか。
そんな妄想をしつつ、俺は口に入れられた薬を飲み込んだ。
……強烈に苦い。
「おげっ」
思わず吐き戻しそうになりつつなんとか堪えていると、体に急激な変化が訪れた。
それまで頭が割れそうなほどの痛みがあったのがスゥッと消え、妙な力が湧き出て来たのである。
「これは……」
「もう立てますね。ささ、早く早く」
アズミの手を掴み、俺は立ち上がる。痛みや疲労はどこへやら、まるで生まれたてのように体が軽かった。
これが体力回復剤の力か。しかしどうやら全身の打撲は治っていないようだ。そういえば彼女がただ単に痛みを取るだけとかなんとか言っていたか。
ともかく、助かったには違いなかった。
「――ありがとう」
「今、なんか言いました?」
何もわからない顔で首を傾げるピンク髪の少女。
こいつ、まるで聞いていなかったらしい。
「このメスゴリラ遅いんだよって言ったんだ」
俺はそう返事をし、苦笑を浮かべたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「智鶴ちゃーん、どこですかー?」
「大声出すなよ」
「智鶴ちゃーん。もう殺されちゃいましたかね?」
「縁起でもないこと言うな!」
俺たちはこっそり――否、思いっ切り大声で智鶴を呼びながら、彼女を探していた。
俺を置いて逃げていった智鶴。俺より戦闘力はあるとはいえ、彼女を一人でしておくには心配だった。
何しろ向こうには武器がある。
ライフルだけではなかった。人間のあらゆる武器をあいつらは所持していて、俺たちを狙って来るのだ。時には催涙弾なんかも使っていた。
アズミがいなければきっと命がいくつあっても足らなかっただろう。
しかし、異星人を倒しながらどれだけ探し回り続けても、智鶴はどこにもいなかった。
もしかするともうダメかも知れない。……そんな考えが浮かびそうになり、俺は必死でそれを打ち消した。
「はぁもう。仕方がありませんねー。地球人側があいつらに協力……というか脅されて手を貸さずにはいられないって感じでしょうし、智鶴ちゃんも捕まっちゃってる可能性は高いですね」
「なら、どうするんだよ」
「私、閃いたんです! ――拓也くんの力を使って、ちょっと面白いことをやっちゃいましょうってね!」
アズミはまるで楽しいことでも思いついたかのように、高らかに笑った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――『幻覚大作戦』。
アズミがそう銘打った作戦は、俺の『幻惑の光』の能力頼りの計画だった。
幻で何もかもを自分の都合の良いように捻じ曲げ、見せかけるのだ。
そしてその作戦はまもなく幕を開けた。
「はぁ、はぁ、はぁっ」
「我々ハ、オ前タチノ味方ダ。――ふふふっ」
周りには俺たちの姿は、同じ銀色星人に見えるようになっている。
そして逆に、同じ銀色同士は敵に見えるように仕掛けてあるのだ。つまり、全くの逆である。
同族同士が殺し合うのを見ながら俺は、少し胸を痛めていた。
その様子がさながら戦争だったからだ。
白い光線を使って首を吹き飛ばし、もしくは胸部を貫いて息の根を止める。
そして俺たちを仲間だと思って声をかけ――いつの間にか倒されているのだ。
『幻覚大作戦』の影響は広がっていた。
宇宙人と交渉をしていたらしい人間たちは、相手を猛獣の姿に見えてしまい気絶。
あちらこちらが大騒ぎになり、それはそれは大変な騒動だった。
「愉快愉快っと! さてはて智鶴ちゃんを見つけなきゃですね!」
「智鶴さん、どこだろうな」
囚われているとすれば、敵の幹部の部屋とかだろうか。そもそも敵は組織なのか? やはり軍隊的なものかも知れない。
そういえば砂漠で死んでいた奴はこの星の民だとアズミが言っていたか。ということは、俺たちを狙うのはやはり軍隊なのだろうな。
民は地球への侵略行為をどう思っているのだろう。歓迎しているのだろうか。
まるでSFの世界だな。SFにしては異能力だとかいう余分要素が多いが。
小説にしてみれば……パニックか? それも少し違う気がする。
いや、そんなことはどうでもいいのだ。とにかく、智鶴をなんとか救出しなければならないのだから。
幻覚に戸惑う銀色どもを踏みつけにし、俺たちは進んだ。