14 絶体絶命
「あんた、とんだクズ野郎ね」
「い、一応まとも人間……のつもりなんだがな」
俺たちは、走っていた。
正確に言えば俺たちというのは正しくない。走っているのは智鶴で、俺はそれに抱えられているだけだ。それも岩yるお姫様抱っこというやつで。
女の子に抱っこされるのはこれが初めてではない。
以前、アズミに無理矢理抱えられたことがあるが、その時は頭がいっぱいいっぱいで羞恥心を抱く余裕もなかった。
今だってギリギリの状況には違いないのだが、智鶴の胸が顔に触れるのが非常に、そう、くすぐったい。
これが男のロマンというやつか……などとわけのわからないことを考えつつ、俺はため息を漏らす。
しかし実際のところは生きるか死ぬかの瀬戸際で、ロマンなんて欠片もなかったのだが。
俺が負傷し、地下通路に運ばれた後のこと。
これからのことを相談していたところ、トカゲにまたがった銀色異星人――もっともこの星の住民なので異星人という言葉は正しくないかも知れない――が群がって来て、俺たちを襲ったのだ。
彼らが手にしていたのは特大ライフル銃だった。
「仕方ありませんね。私がぶっ倒してやりますよ!」
いつも通りの声音だった。
でもきっと彼女だってライフル銃がどれくらい危険なのかくらいはわかったはずなのに、余裕の笑顔で俺たちを逃して。
――そして、アズミは真っ先に撃たれた。
腹部を銃弾で射抜かれた彼女が無事であるはずがない。そんなことくらい俺にもわかっている。
俺たちはそれでも必死に逃げた。逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて、逃げ続けていた。
ここは敵の本部であり、逃げ切れるはずがないと知っていても。
そう考えている間にも、どこからともなく銀色星人たちは現れる。
それだけではなく、茶色の体をした熊のような猛獣、牙の鋭い狼に似た獣などが次々と目の前に現れ、俺たちを狙って来る。
「風刀、風刀、風刀……! キリがないわね」
走り続けながらの戦闘は厳しいに違いなかった。
俺たちは現在、地上を目指している。とりあえずこの地下の建物にいたら危険だからだ。
しかしなかなかあの大穴の入り口まで辿り着くことができず、獣たちに道を阻まれては遠回りを繰り返しているため、余計に遠くなる一方だった。
そして智鶴の体力も有限だ。彼女はまるで疲れていないかのような顔をしてはいるが、足はふらついていたし手が震えているのがわかった。
なんとか力になりたい。そう思うが、俺は現状お荷物でしかなかった。
「置いて行ってもいいぞ」
「誰が置いていくと思うのよ。寝覚めが悪くなるじゃない」
「このままじゃ、明日は来ないだろ」
「どっちにしたって一緒よ。……アズミから体力回復剤をもらっておくんだった、わ!」
その瞬間、突然現れた狼を、智鶴は思い切り蹴っ飛ばした。
苦鳴を漏らして倒れる狼。その背に飛び乗り、彼女は次に襲って来た銀色の首を刎ね、さらに進む。
「――何かいい方法はないのか」
「うるさいわね、今考えてるところ。あんたの力を使ってなんとかならないか」
と、その時だった。
T字路の通路の突き当たりを右に曲がろうとした智鶴が、「あっ」と息を呑んだ。
俺は慌ててそちらを見る。何が起こったのかと思えば、俺の体が地面に転がっていた。
美少女の甘い匂いが遠くなる。
そして代わりに鼻をくすぐったのは、焼けるような匂いだった。
「……?」
俺の視界の片隅、そこで地面に倒れ込む少女の姿。
そして少女――智鶴の腕から、凄まじい勢いで赤いものが噴き出した。
「う、あっ」
火花が散ったように見えた。
そしてくぐもった音も聞こえた気がする。その一瞬の出来事から導き出されるものがあった。しかし俺はそれを認めたくなくて耳に手を押し当てる。
呻く智鶴、集まって来る銀色たち。
理解が追いつかず頭がガンガンする。しかしその中で俺は、ただ危険だということだけがわかっていた。
絶体絶命だ。
このままでは死ぬ。殺される。誰にかはわからないが、殺されてしまう。
どうにか俺の力を振り絞らないとここで終わる。でもどうやって? 俺に何ができる。
幻で俺たちの姿をかき消す? それしかない。
でも隠したところでどうなるだろう。俺の体は動かず使い物にならない。そして智鶴も。
その瞬間、閃いた。
そして俺は躊躇いなく、それを実行したのである。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「智鶴、逃げろ……!」
俺は今、めちゃくちゃなことをしている。
使い慣れない異能力を限界まで行使して、敵を混乱させていた。
幻術を使って、俺の姿をたくさん見させるようにしたのだ。
これぞまさに幻で惑わす――だが、いずれは本体であるところの俺も攻撃されてしまうだろう。
相手側から見れば俺が一気に百人ほどに増えたわけだから困惑するのは当たり前。その間に智鶴を逃がそうという三段だった。
「――うっ」
智鶴ですら本物の俺はわからない。
彼女は激痛に顔を歪めながらこちらを振り返り、唸る。そして怒鳴った。
「ど、どうなっても知らないわよ!」
そのまま彼女は走り去った。
俺の幻を、銃弾が撃ち抜いていく。
やはり相手方の武器はライフル銃だった。
どんな奇怪な能力であっても銃には勝てっこないだなんてな。
でも考えてみればそうだ。異能力で最強だなんてご都合主義が通じるはずもない。やはり科学は強かった。
銃という武器が今まで一体何人を殺して来たのか。そしてこの場から逃げられない俺も、またその餌食になる。
次に食う銃弾がもしかすると俺に当たるかも知れない。そうでなくても、これ以上幻を出し続けている力がなかった。
……こんなところ来なければ良かったのに。
そんな愚痴が脳裏に浮かぶ。
アズミはやられた。智鶴は逃げたが逃げ切れるとは思っていない。そして俺はここで死ぬ。
他の街の人たちはこの施設に囚われているのだろうか? それとももう虐殺されて一人も残っていないのかもしれない。
異能力などを手にして、俺がしたかったことは何だろう。俺はここで死ぬだけなのか……。
ふと、智鶴に抱かれた感触を思い出す。
そして同時にあのピンクゴリラの胸も――。
「うわっ、拓也くんがいっぱい! なんじゃこりゃ!」
幻聴まで聞こえて来たか……。
そういえば俺の能力、幻聴もできるのだろうか。それであったら音で敵の狙いを拡散させるとかもできたのかも知れない。もはや力は残っていないが。
「おーい、拓也くーん? どれが本物ですかー?」
うるさい幻聴だな。お前、さっき死んだだろ。
心の中でアズミにツッコミを入れる。やばい。目の前にアズミの姿まで見えてきたぞ。でもそんなはずはない。彼女は胸を撃たれ、俺の目の前で死んだのだから。
そういえば智鶴を撃ったのもライフルだった。彼女は腕を撃たれていた。
出血多量で死ぬのだろうな。迷惑かけてばっかりで……。
「拓也くーん、もう大丈夫なので幻術解いちゃってくださーい」
言われてみれば、立て続けに鳴り響いていたはずの銃声が聞こえなくなっている。
不思議に思い、なけなしの力で首を回らせてみれば、そこには銀色の異星人の死体と、それを踏みつける女の姿があった。
その女はピンク色の髪をしていて、同じピンクのゴスロリドレスを着ている。ただしそのドレスは血で汚れているけれど。
俺は今、能力を解除した。しかしその姿は消えない。ってことは自分で幻術を自分にかけているわけではないらしい。
「アズミ……なのか?」
「あー、やっと気づいてくれました? いやねぇ、さっきからずっと呼びかけてたんですけど全然返事がないので心配しちゃいましたよ」
そう言って当たり前のように首を傾げる変態少女――アズミは、そこに確かに立っていたのだ。
「お待たせしました〜」なんて笑いながら。




