10 違和感
あの後、俺たちは日本全国を飛び回った。
アズミの足の速さはとんでもなくて、東北から九州から、色々なところへ行ったが夕方には帰って来られた。
もちろん皆ヘトヘトである。
「いやぁー疲れましたねぇ」
「あれほどいるとは思わなかったわ。今日、どれくらいぶった斬ったかしら?」
「ぶった斬ったってなんか怖えよ智鶴さん……」
日本各地に現れた銀色の奴ら。
あいつらは国の主要機関を破壊していた。阻止しようと奮闘し、事実そのほとんどを退治できたものの、既に手遅れの場所も多い。
これからの日本どうなるんだろう。破滅じゃないのか……?
「まあ、最悪の事態は避けられたと思いますよ? あいつら、あの後街に攻め込む気だったでしょうし。そうなったら死傷者は倍増、いいえ億増!」
ピンク髪をぽよんぽよんと揺らしながら飛び跳ね、アズミが言う。
まあ彼女の言う通りで俺たちが奮闘したおかげで、多少の命は救えただろうと思う。
ただし俺はそこまで何もできなかったが。
大抵、智鶴が首をぶっ飛ばし、アズミが敵を組み伏せるだけ。俺はそのサポートというかなんというか……その、おまけだ。
智鶴の言う通りで俺の活躍ぶりを見れば確かに無能だ。俺は無能だった。
そもそも異能力とやらがどうやって俺に発現したかは知らないが、こんなものは眉唾物である。
いまだに夢を見ているんじゃないかと思ってしまう。実際、悪い夢なのかも知れなかい。
「夢なら早く覚めてほしい……」
「そういう台詞を吐くときは大抵現実なのよ。それに実際にそんなことを言うのは恥というものだわ」
「智鶴さんだって『風刀』とか叫んでて厨二じゃねえか」
「あたしは厨二病じゃないわよ。あんたの低俗な知識で語らないで」
棘を刺したら、倍返しされた感じがする。
同年代だというのに智鶴にはどうしても敵わないな。スカートめくりでもしてギャフンと言わせてやろうかと意地の悪い妄想をし、しかしやめた。
「じゃあそろそろ夕ご飯ですし帰りますかー」
「そうね。あたしの家で食べさせてやってもいいわよ」
「えぇっ本当ですか! 食べます食べます〜」
「俺は遠慮しとくから、アズミ食べてこい」
もうすぐ俺の家である。
やかましいアズミがもしも智鶴の家で寝泊まりしてくれるなら大助かりだ。最近心が休まらない日が多かったので、今夜は少しだけ落ち着けるかも知れない。
……そんなことを思っていると。
「――変だとは思わない?」
智鶴が突然そんなことを言い出した。
変なことなどありすぎて何を指しているのかわからない。
「昨日から今日の騒動のこと? それとも俺たちの力についてか?」
「違いますよ、拓也くん。……街が死んでるってことです」
……は?
見回してみるが、別に街に変わった様子は見受けられない。昨日の騒動はあったものの、割合損壊は激しくなく普通に――。
「あっ」
気づいた。
音がない。信号の音は聞こえるし鳥の声はあるが、生活音が皆無なのである。
車の音やらテレビの音声、人の話し声。
そういったものが一切なかった。いかにここが路地裏だとはいえ静寂が濃い。まるで人が誰一人としていないかのように。
「これって最悪のケースってことはないよな……?」
「どうしてそれを排除するの? さすがにどんな無能でも今の状況が芳しくないだろうということが想像がつくでしょう。そろそろ大事件が起きていい頃だわ」
俺は一も二もなく走り出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺が想像した最悪の事態、それは街の人々が皆殺しになっていることだった。
しかし街の中を走り回った挙句、その最悪の想定が全部は合っていなかったことを知る。
人は死んでいた。
見かけた死体は五人くらいだったが、実のところはもう少しあるかも知れない。全員警官の服を着ていたことから、交番の人間だったのだろうと思われる。
しかしそれ以外に死体はなかった。
「考えられるのは連れ去られたか、死体すら残らないように抹消されたかですねー。でも私が思うに、おそらく後者の可能性はないかと」
「そうだよな。わざわざ警官の死体だけ残しとく意味がない」
「つまり、この街の人がどこかへ誘拐されたということです!」
アズミのキンキン声が静かな街に響く。
今度ばかりは――というか今までもそうだったのだろうが――彼女の言は正しいだろう。
疲労困憊した俺たちは、しかし休む間もなく更なる事件に巻き込まれるのだった。




