9.
「紗絵!」
ビルの前に着いたと連絡があり、外に出た。
「こっちこっち!」
「蓮斗、クルマ持ってたの?」
「寒いから、早く乗って」
わ、メガネだ♡
蓮斗、メガネの横顔が田中 圭に似ている。
「紗絵、俺の顔はいいからさ、家どこ?」
「あ、えっと・・・」
カーナビに住所を入れた。
「いまの時間だと20分もあれば着くな」
「早いね」
「道が空いてるから・・・紗絵、寝てたら? 着いたら起こすから」
「寝ない」
「ん?」
「寝たら、あっという間に終わるから」
ふふ、と笑って蓮斗は言った。
「紗絵、必要なもの取りに行って、良かったら、そのままうち来る?」
「え?」
「多分そうしたとしても、あっという間に終わると思うけどね」
「行こう・・・かな」
そう答えながら、もちろん、小さな葛藤はあった。
私は蓮斗のことをよく知らない。
知っているのは、職業が何かと、どこに勤務しているかの、たったふたつだけ。
だけど、上手く説明できないけれど、あっという間に、離れ難くて、一緒にいたくて、何かが呼び合うような、そんな存在になった。
例えて言うなら、遠い過去でふたつに分かれた、その半分を見つけたような気がしていた。
「紗絵、誘っといて何だけどさ」
「うん」
「俺のこと、そんなに信用して平気?」
「え?」
「何だろ、いろんな順番すっ飛ばしてると思うけど、気にならないのかなって」
「蓮斗」
「ん?」
「蓮斗の横顔、いいね。なんかドキドキする」
「茶化すなよ、紗絵」
「・・・気にならないことは無いけど、自分の勘を信じてるから。蓮斗に違和感、感じない」
「違和感?」
「うん。キスした時に分かる。あ、このキス、違和感ある・・・って。この人じゃないなって思う」
「俺は合格だったわけ?」
「合格っていうか、今回は自分からしたくらいだし」
「そうだった。紗絵に抑え込まれたんだった」
「アハハ」
20分は、本当にあっという間だった。
「着いたよ」
「うん。少し待っててくれる? 10分もあれば出て来れるから」
降りようとバッグを肩に掛けた時、蓮斗が私の右手首をつかんだ。
そして、覆い被さるような格好で、私にキスをした。
「もう一回、確かめた方がいいよ」
「・・・」
「俺といて、平気? 止めるなら、今だよ」
違和感どころが、キュンキュンし始めた・・・。私、間違いなく蓮斗が好きなんだ。
「止めるって言ったら・・・」
「え?」
「本当に止めるって言ったら、どうするの?」
「・・・分かんない。余計なこと言ったなって思った」
「蓮斗・・・」
「紗絵ごめん。もうこのまま連れてっていい?」
キスする時に外したメガネを掛けて、蓮斗はクルマを出した。
「紗絵、明日の昼まで、このまま一緒にいてくれないかな。バカなこと言ってるって思うかもしれないけど、俺、紗絵に運命感じてて。だから・・・だからっていうのも変だけど、正直言うと、少しも離れたくないんだよね」
涙が出た。
それも、ボロボロ出た。
「わ、紗絵どうした? ティッシュ・・・」
「ねぇ、蓮斗」
「ん?」
「蓮斗も確かめてみたら?」
信号が黄色から赤になるのを確認して、私は蓮斗にキスをした。