8.
「仕事、終わったら連絡して」
「うん」
「紗絵、これ着て。帰り、もっと寒いから」
蓮斗は上着を脱いで、私の両肩に掛けた。
「いいの?」
「いいよ。バス乗るから」
「ありがとう」
「じゃあ・・・行くよ。ほら、紗絵も行って」
「うん、じゃあ」
ビルに入り、エレベーターで上の階に登りながら、なんだか寂しい気持ちになった。
さっきのは夢・・・?
そう思うほど、不思議な時間だった。
夢ではありませんように・・・。
そう願って、オフィスのドアを開けた。
「中村さん! こっち、フォロー頼む」
「部長、もう原因は分かってるんですか?」
「分かってる。だけど、その後のリカバリーが結構大変で・・・」
「私そこやるので、部長はユーザーへの説明を」
「そうだな、電話してくる」
予想はしていたけれど、メンバーは、みんな自分の目の前のことで精一杯のようだった。
「今からタスク整理します。みんなで手分けしてやりましょう。5分後に始めるので、それぞれ飲み物用意して、会議室に集まってください!」
私はひと足先に会議室に入り、壁一面のホワイトボードに状況を整理した。
誰が何をすればいいか、どういう順番で進んでいくのか、どんな結果が出れば終わりなのか・・・できるだけ分かりやすく書いた。
「中村さん、僕は3番のデータ作成でいいですか? 何件くらい作りますか?」
「そうだな・・・念のため、一通りの組み合わせで頼める?」
「了解です。30分くらいで」
「ほんと? さすがだね、早い!」
会議室に集まったメンバーは、それぞれホワイトボードを見て、自分のやる事を理解して席に戻っていった。
「中村さん、助かるよ。状況整理と成果物確認、引き続きよろしく頼む」
「はい、承知しました。ユーザーは何て言ってました?」
「明後日の夜までに、システム処理結果が欲しいって。月曜の朝イチから業務に使いたいらしい」
「明後日の夜ですか・・・。じゃあ、いま整理したタスクが一通り終われば、今夜は解散で良さそうですね。続きは明日の昼からでどうですか?」
「そうだな。そうしよう」
時計はもう、22時を回っていた。
「終わりました!」
「お疲れさま。今日はもう帰っていいよ。まだ電車ある?」
「え、いいんですか? てっきり徹夜かと」
「その代わり、また明日の昼からお願いね」
「はい、お先です!」
ひとり、またひとりと、オフィスから人が帰って行った。
なんとか全員、日付が変わる前に帰れそうだ。
メンバーが作業してくれた結果をひとつずつ確認しながら、明日の段取りを考えていた。
ほとんど人がいなくなったオフィスで、大きなあくびをした。溜まった疲れには勝てないな・・・。
ホワイトボードを明日用に書き換えて、パソコンの電源を切った。
ちょうど24時を過ぎたあたりだった。
「もう寝ちゃったかな・・・」
蓮斗の電話を鳴らすと、1回の呼び出し音で声がした。
「紗絵?」
「うん」
「仕事、終わった?」
「いま終わったところ」
「迎えに行くからそこで待ってて」
「え?」
「すぐ行くから」
私の返事を待たずに、電話は切れた。
誰かに迎えに来てもらうなんて、いつ以来だろうか・・・。嬉しかった。