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幸せの降る夜  作者: 里桜
7/31

7.

「中村さん、何か食べたいものある?」

「あー、今週ちょっとキツかったから、胃腸に優しい食べ物がいいかな」

「じゃあ・・・おでん食べる?」

「食べる! おでん好きなんだよね〜」


ふと、坂本さんが立ち止まった。


「ほんと、何なんだろうね」

「え?」

「言葉で説明するのが難しい」

「何を?」

「自分の気持ちっていうか・・・」


その時、ビュウっと少し強めの風が吹いた。

病院から駅へ向かう道は、周りに建物があまり無いこともあって、思いのほか寒く感じた。


「寒い・・・」


もっと厚手の上着にすればよかった。


「あのさ」

「ん?」

「一応聞くけど、中村さん、結婚してる? それか、彼氏いる?」


どうしてそんなこと聞くの?と言いかけて、それはもうムダなことだと思った。

お互い分かっていて、ただ確認したいだけなのだ。


「残念ながら、どっちもご縁が無くて。仕事し過ぎ・・・」


言い終わる前に、

『じゃあいいよね』と私を抱きしめた。



私も。

この気持ちを、どう説明したらいいのか分からなかった。


「あったかい・・・」


坂本さんの背中に、手を回した。


「中村さん、下の名前、何?」


耳の後ろで声がした。


「紗絵。坂本さんは?」


顔を上げると、目の前に坂本さんの顔があるのは分かっていたから、顔を上げずに言った。

いま顔を上げたら、何が起こるのか、容易に想像がつく。

何が起こるのか・・・起こるより先に、自分がそうしてしまいたい気持ちを、どこかで抑えていたから。


「俺は、蓮斗(れんと)。・・・紗絵」


ふいに呼ばれて、思わず顔を上げてしまった。


近い・・・。


「紗絵、ちょっと離していい? 俺もう耐えられないんだけど」


私を自分から少し離して、蓮斗は笑った。

それを見て、わざとらしく聞いてみた。


「耐えられないって、何が?」

「何って・・・」

「私も、耐えられないかも」


離れた蓮斗に近づき、背伸びして首に手を回した。


「逃げられないよ、蓮斗」

「・・・逃げないよ」


やわらかく笑う蓮斗の唇に、私は、自分の唇を重ねた。


「ヤバイな、幸せって急に降ってくることがあるのかな・・・」

「え?」

「明日の朝起きたら、全部夢だったりして」


蓮斗は寂しそうに笑った。


「夢なのかな。だとしたら、ものすごいロスに陥りそう」

「ほんとに? 紗絵もそう思う?」

「うん・・・」


その時、私の上着のポケットが震えた。

蓮斗に抱きついたままだったから、蓮斗も気付いたらしい。


「紗絵、電話じゃない?」

「・・・うん」

「出なくていいの?」

「うん・・・どうしようかな」

「ほら、出なよ」


蓮斗は私の手を、自分の首から離して言った。

震えるスマホをポケットから出すと、見慣れた、でも掛かってきてほしくない番号からだった。


「はい、中村です。はい、はい。もうユーザーには連絡済みですか? はい、分かりました。30分くらいで」


会社から、それもシステムトラブルの連絡だった。


「紗絵、仕事?」

「・・・会社に戻らないと」

「送っていくよ」

「え?」

「ほんとは、朝まで一緒にいたかったけどね」

「蓮斗・・・」

「続きはまた今度」


蓮斗は、私の手を握って歩き出した。

私も、もっと長い時間、蓮斗と一緒にいたかった。




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