6.
「やっと終わったーーー」
綱渡りの毎日を過ごしながら、ようやく1週目が終わった。達成感に浸りたいところだったけれど、腕時計の針は18時を指していた。
「やばっ、早く行かなきゃ!」
急いで片付けて、バタバタとオフィスを後にした。18時半に間に合うかな。
目指す場所は・・・病院だった。
もう鉄剤が無くなってしまって、もらいに行かなきゃと思っていたのだ。
ギリギリ滑り込んで、受付に間に合った。
「その後、体調どうですか?」
「時々、めまいが・・・」
「中村さん、ちゃんとごはん食べてる? お肉とか魚とか」
「はぁ・・・」
「仕事、忙しい?」
「・・・はい」
「そっか、でも、食事と睡眠は意識してとらないとね。薬、出しておくから。お大事に」
「ありがとうございました」
診察室を出て、ロビーで会計を待った。
金曜の夜、仕事からの開放感と疲労で、思わずうとうとしてしまった。
誰かの肩にぶつかった気がして、目が覚めた。
「中村さん、どこか悪いの?」
どうして・・・?
「こんなところで寝たら、風邪ひくよ?」
いつからいたの?
「あ、中村さん、会計呼ばれてるよ」
「あ・・・うん」
お金を払って戻ってくると、坂本さんは私の手から処方箋を奪った。
「貧血? この薬、大丈夫?」
「え?」
「もう少し、胃に優しいのあるよ。胃が痛くなったりしない?」
「・・・痛くてもガマンしてた」
「薬剤師さんに言ってみたら? 先生に相談してくれるかもしれないよ」
「・・・ありがとう」
「うん」
「それより、坂本さんどうしてここに?」
「今日、ここの勤務の日だったんだ。帰ろうと思ってロビー横切ったら、見覚えのある人がいるなって」
「本当に?」
「え?」
「・・・偶然て、こんなにあるもの?」
思わず口にした。他意は無かったのだけれど。
「あのさ」
「はい」
「俺、別にストーカーじゃないから」
坂本さんは椅子から立ち上がり、エントランスの方へ歩いて行った。
私は立ち上がることなく、その後ろ姿をただ見ていた。
思うところはもちろんあったけれど、後を追って、気持ちのやりとりをするエネルギーがもう残っていなかった。
ごめんなさい・・・。
いったい何に謝っているのか、自分でもよく分からなかった。
とりあえず、帰ろう。
そう思って病院を出たところに。
・・・坂本さんがいた。
「俺も、何が起こってるんだろうって、こんなことが本当にあるのかって、考えてた。だけど、考えるより先に現実があって、中村さんがいるんだよね」
「・・・」
「結婚してるのか、彼氏いるのか、そういうことを確かめようと思うより先に、目の前に現れちゃうんだからさ。驚くよね」
そういえば、そうだ。
ものすごいタイミングで、ただそこに現れて、声を掛けてくれるのだ。
「ご飯食べようって言われた時も、携帯の番号教えた時も、もうなんて言うか、勝手に身体が反応したっていうか。頭でいろいろ考える前に」
こういうこともあるんだ。
信じられないような、不思議なことが、人生に一度くらいは起こるのかもしれない。
「ご飯行く? この前行けなかったから」
「うん、行こうかな」
この流れに、ゆるゆる身を任せてみようか。