5.
「中村さん、9時からミーティングいいですか?」
「あ、はい」
チームをふたつ担当するようになって、1日のほとんどがミーティングで埋まった。
特に上島チームはトラブル対応が多かったから、何かある度にミーティングが開かれ、判断を求められた。
ふぅ・・・。
ミーティングの合間に寄ったトイレで鏡を見ると、明らかに目元に疲れが出ていた。
まだ2日くらいしかたっていないのに。
「中村さん」
「はい」
「さっき頼まれたデータ出来上がったので、できれば早めに見てもらえますか?」
疲れる・・・。
トイレ休憩すら、ままならない。
スマホで次のミーティングの予定を確認する。15分空きがあるのを見つけて、思わず隣のビルのカフェに飛び込んだ。
「カフェラテください。店内で」
メープルのスコーンも食べたかったけれど、とても食べる時間は無かった。スマホに飛んでくる社内チャットを横目に、熱々のカフェラテで一息ついた。
飲み終わって席を立つと、まためまいがした。
休憩、ちゃんと取らないと。
そう思いつつ、ビルを出た。
「あれ、中村さん?」
振り返ると、そこには白衣に上着を羽織った坂本さんがいた。
「え、坂本さん、どうしてここに?」
「あ、俺、今日はこの近くの病院にヘルプ要員で来てて、いま休憩中で」
「そうなんですか・・・」
「中村さんは?」
「私は、向かいのビルにオフィスがあるんですけど、少し休みたくて」
坂本さんは近づいてきて、私の顔をじっと見て言った。
「中村さん、ちゃんとご飯食べてる? 顔色、あんまり良くないよ」
「・・・」
「忙しいんだ? 仕事」
「・・・いま、ちょっと大変で」
「これ、あげるよ」
そう言うと、上着のポケットからマルチビタミンのゼリー飲料を出した。
「こんなのでもいいから、ちゃんと摂らないとね」
「あ、ありがとう・・・」
「じゃ」
ふと、思った。
これは偶然?
こんなにタイミング良く、現れるもの?
その時、スマホに次のミーティングがキャンセルになったと通知が来た。
何これ、偶然て重なるの?
神様のイタズラ?
「あ、あの!」
振り返った坂本さんに、私は自分でも驚くようなことを言った。
「お昼、一緒に食べませんか?」
「・・・あー、ごめん・・・」
『ごめん』のひと言で、ハッとした。
・・・私、疲れてるんだ。だから、訳の分からないことを口にして・・・。
「あ、あの、すみません。忘れてください。ほんとにごめんなさい!」
「あ、いや、そうじゃなくて」
「え?」
「そうじゃなくて、もうすぐ休憩終わるんだよね。だから、一緒に食べる時間がなくて」
「・・・」
「また今度でもいい?」
これは、断られたんだろうか。それとも、誘われたんだろうか。
「あー、休憩終わっちゃうな。中村さん、暗記して。いい?」
「え? あ、はい」
「090・・・・・・、覚えた?」
何か別のことを口にすると、いま覚えた番号がこぼれ落ちそうな気がして、私はコクコクとうなずいた。
「じゃ、また! 連絡して」
私は急いで手元のスマホに登録し、息を吐いた。
でも・・・『連絡して』は、いったいいつ連絡すればいいんだろうか・・・。
そんなことを考えながら、私はオフィスに戻った。