3.
「なんだかすみません・・・」
「いえいえ」
そんなに距離があるわけでもなく、5分もかからずにお店に着いた。
「こんな近くに専門店あったんですね。知らなかったなぁ。先月、引っ越してきたばかりで」
「人事異動ですか?」
「そうなんです。へぇー、美味しそうなのたくさんありますね」
夜勤のある仕事って、何をしてるんだろうか。
ホテル、医療、製造、警察、消防、コールセンター、あとは監視のエンジニアとか?
「俺はサラダサンドとカツサンドと・・・あなたも何か買いますか?」
「私は・・・メンチコロッケサンドを買おうかと」
「一緒に払いますよ。連れてきてくれたお礼に」
「いや、そんな困ります! 自分で・・・」
止めるのも間に合わず、お会計が済んでしまった。
「こちらこそ、すみません。払っていただいて」
「いや、全然。教えてもらって良かったです。夜勤の時は毎回来ようかな」
「あの、お仕事って・・・」
「ああ、俺、看護師なんです。駅前から、バスで10分くらい行ったところに大学病院ありますよね? あそこに勤めてて」
「へー、看護師さん・・・」
「男なのに、って思ったでしょ?」
「へっ?」
「ほら、思ってる」
まぁ、確かに、思った・・・。
でも思ったのは、どうして看護師を選んだのか、って。
「あー、そろそろ行かないと夜勤に間に合わないな。俺、坂本です。あなたは?」
「中村です」
「中村さん、お店、教えてくれてありがとうございました。じゃ」
「こちらこそ、サンドイッチありがとうございます。お仕事・・・行ってらっしゃい」
頑張って・・・というのも、おかしな気がして、これから行くなら『行ってらっしゃい』だよね。
「行ってらっしゃい・・・すごい久しぶりに言われた気がします。行ってきます!」
坂本さんはバス停に向かって走っていった。
その後ろ姿を見送り、手元に残ったメンチコロッケサンドをバッグにしまった。
その時、景色がゆがんだ。
めまいだ・・・最近、増えてきた。このところ、ちゃんと薬飲んでなかったからな。また飲まなきゃ。
頭を左右に振り、めまいが治まったことを確認してから家に帰った。
メンチコロッケサンドを食べながら、さっきまでの出来事を思い出していた。
まさかサンドイッチが縁で、男の看護師さんと知り合うことになるとはね。
坂本さん・・・。
年齢は、同年代くらいかなぁ。背はそんなに高くなくて、身体はちょっとガッチリめで、顔は・・・誰に似てたかな。
って、私、あの短時間で観察しすぎじゃない?
考えてみたら、まともに男性と話すのって仕事関係ばかりで、仕事抜きで話をしたのっていつぶりだろうか。
付き合っていた人もいたけれど、それだって仕事関係ばかりで、いま思えばずいぶん狭い世界だ。
しまいこんでいた鉄剤を白湯で飲みながら、めまいが治まることを願った。しかしこの鉄剤、どうも身体に合わない・・・久しぶりに飲んだのに、やっぱり胃が痛む。
痛みを我慢しつつ、また坂本さんに会えるかな・・・と、バス停に向かった後ろ姿を思い浮かべていた。