結局答えは出ていない【皇さつき】
人から頼られるというのは嬉しい事だった。
誰かの役に立つ事、求められる事、必要とされる事。しかしそれも度が過ぎれば単なる枷かせでしかなかった。
他人が求める私
他人の為に動く私
いつしか自分自身が他人の傀儡のような感覚になっていった。
「頭が硬いとは、まぁそうかもしれんが」
「考え過ぎなんだよさつきは」
「だからといって今更この性格は変えられんぞ?」
「変える必要なんてないさ」
「私はどうしたいんだろうな」
心の中にある思いを彼に打ち明けて、相談してみたのだが返ってくるのはあまり要領を得ない回答だった。
「どうしたいかなんて知らないけど。第一、俺達はまだ十数年しか生きてないしな」
「とはいえ、私は高校3年生だ。進路の事で悩む事もある」
「だから自分は何がしたいのか……か」
「まぁそうなるな。翔馬は夢とかあるのか」
「俺かぁ。まぁ一応」
「聞いてもいいか?」
彼には夢があるのか。私にとっては目標がある事自体羨ましいと思えてしまう。
「温泉宿を開きたい」
「温泉宿?」
「ああ、ここの温泉もそうなんだが、色々な所を巡って好きな温泉を集めて、いつか癒しの楽園を作りたいな」
「ふむ」
温泉について話す彼の目は水面の光を反射してキラキラとしていた。対して私の目はどうだろう?同じく水面に映っている筈なのに、まるで私の心を写したかのようにその瞳は黒いまま。
「お前はすごいな」
「別に凄くないさ、自分が好きな事を追い求めてるだけさ」
「そっか」
「何気にさつき達が風呂からあがった後の会話を聞くのが俺の楽しみでもある」
「ふっ、変態だな」
「あんたに言われたくねぇよ」
2人でカラカラと笑い合いもう一度湯船に浸かる。
「私は、求められるだけの人生だった。皇家の人間として、親が求めるさつきとして、生徒が求める会長として……だけど私から求めて何かになろうとした事は1度もなかった」
「うん」
何度目かになる私の愚痴を彼は口を挟まずに聞いてくれる。
「だから1年前のお前が眩しく見えたよ。何かの目標の為自分自身の為にひたむきになるお前に憧れて……そして嫉妬した」
「だから、あの時は機嫌悪かったのか」
「今更だが、すまなかったな」
「アレはあれで楽しかったさ。毎日口喧嘩する相手ができてよかったよ」
「そう言ってくれると助かる。実は私も楽しかったからな。何度も何度も歯向かうお前を見ているとな、昔よく見ていたアニメのヒーローみたいでな」
「アニメのヒーロー」
母とよくテレビを見ていた。私は魔法少女よりも戦隊モノのヒーローが好きだったのだ。敵に負けても仲間に裏切られても、何度でも立ち上がるあの姿に心が震えていた。
「あぁ、私もヒーローみたいになりたいと思っていたが、なかなか難しくてな。人とは簡単に変われないものだな。いつしか、皆が求める私に戻っていたよ」
「今も?」
「あぁ、恐らくな。今日生徒会室でふと考えていたのだ。私は何の為に頑張っているのか? とな」
偽りの仮面を被り続けていた罰なのかもしれない。自分を殺して、周りに合わせる事が当たり前になっていた日常。その日常の積み重ねが今の私の心の中……虚無の心かもしれない。
「俺からしたらさ。さつきみたいに正直に生きてる人間の方がスゲーと思うけどな」
「ん? 正直に?」
一体何を言い出すのか。さっきまでの私の話を聞いていたのだろうか?
「どういう事だ翔馬」
「いやいや、そのままの意味だよ。誰かの為に行動できる。それはもう立派なヒーローじゃないか」
「ヒーロー」
「言っとくけど、人から求められてそれに応える事ができる人間なんてほとんど居ないよ」
「そう……なのか」
求められて応える事のできる人間はいない。でも。それって裏を返せば、できる人間にしわ寄せが回るという事。私はただ、都合がいいからと押し付けられているものとばかり思っていた。都合のいい女と。
「さつきってあまり自分の評価とか気にしないよな?」
「う、うむ……人の評価を気にした事がないな」
「さつきのファンクラブがあるのも知らないだろ?」
「なに? ファンクラブだと」
表立ったファンクラブはイケメンの男子生徒やアイドルみたいな女子生徒につくとばかり思っていた。私のファンクラブも存在していたのか。
「まぁ、非公式だけどな。ちなみにファンクラブリーダーは猫田ナナメ先輩だ」
なんと! ナナメが。
「アンビリーバボーだぞ! 今日1番驚いたわ」
「だろうな。それに学園長が言ってたけど」
「なにをだ?」
「さつき以上の生徒会長はもう現れないだろうと。だから次期生徒会長選挙が不安で仕方ないってね」
「そんな事を」
意外だった。
ファンクラブの存在も、リーダーがナナメな事も、それに学園長まで。
「まぁ、結論から言うと。会長の……さつきの頑張りは無駄では無かったって事だな」
無駄で無かった、か。しかしそれでも私は自分のなりたいものが未だにわかっていない。
「睦希がな」
「ん?」
睦希がどうしたのだろう?
「睦希が、歌で自分を表現したいって言った時を覚えてるか?」
「あぁ、あの時の睦希はお前と同じ目をしていたな」
「俺と同じ目、まぁ否定はしないけど。俺はさ、嬉しかったんだよ」
「嬉しかった?」
彼はあの時の事をそんな風に思っていたのか。睦希は自分の容姿を変えてまで周りと、自分自身と戦っていた。それは確かにあの頃の翔馬のようだった。
「同居生活が始まって、それぞれに色んな考えがあってさ、まだ何を考えてるかわからない事も多いけど、俺なりの1つの目標みたいなのはできたかな」
「目標か」
「俺はさ、さつきを含めた彼女達、全員の夢を応援したい」
夢を応援。
そう豪語した彼の瞳は爛々とした闘志を秘めていた。
「さつき……今は迷ってもいいんだよ。何になりたいかなんてわからなくても俺達は明日を生きていくしかない。つまづいたり、転んだりして後ろを振り返る事もあるけどさ、そうしている内に何か閃くかもしれない」
「そう……なのかもしれないな」
焦らなくていい。彼なりの優しさを含んだ言葉は私の心にすっと溶け込む。
「まっ全裸パーティやってるさつきが1番活き活きしてるけどな!」
「否定はしない」
「「ぷっははははは」」
相談して良かった。何か答えが出た訳では無いけれど、まだまだ悩んでいいのだ! もっと悩んで苦しんで、いつか答えにたどり着こう。私はまだ道の途中にいるのだから。
コンコンッ
「開いてるわよー」
「失礼するぞ、ソフィア」
「あら、会長珍しいわねワタシの部屋に来るの」
私はほんの少し前に進もうと思いソフィアの私室を尋ねる。
「ショーマに何か言われたの?」
「む、鋭いな」
「へっへーん! 正妻ですから♪」
「1歩リードされてる訳か」
「それで、どうしたの?」
ソフィアは人の心をよく読んでいる。それは彼女が1人でいた時間が長かったからの弊害なのか……しかし今の彼女はとても明るく、これが素なのだというのがわかる。
「実はだな、日記を」
「日記?」
翔馬に言われて思いついた事が1つある。それは、自分自身の気持ちを少なくてもいいから紙に書くという事だ。今後、どうなるかわからないが、読み返した時に過去の自分と比べる事が出来るだろう。
「うむ。ソフィアが日記を付けていると思い出してな。私もやってみようかと」
「なるほどねいいわよ! でもワタシの日記っていうよりショーマの観察記録みたいなものだけど」
「構わんさ、むしろそっちの方が興味ある」
「ンッフフ〜会長分かってる〜! ねぇ、こっち来て一緒に見ましょ」
その日の夜は……私とソフィアが知っている、翔馬との軌跡の話で大いに盛り上がった。