裸の付き合い【皇さつき】
「はぁ、生き返るなぁ」
「……翔馬よ」
「ん? どうしたさつき。まさか今更恥ずかしくなったのか?」
「いや、そうではないんだが」
「珍しくハッキリしないな。なんか悩みでもあるのか?」
私は翔馬に今の悩みを打ち明けるべきかどうか悩んでいた。
『自分は一体何の為に頑張っているのか』
他の人からしたら大した悩みではないのかもしれない。成績も悪くなく、家柄もあり、自分が言うのはどうかと思うが、容姿にもそれなりに自信がある。これ以上何を望むというのか。
「さつき」
「ん? なんだ翔馬」
「髪の毛、洗っていいか?」
はて? 髪の毛を洗う……翔馬が?
今までそんな事をされた覚えはないのだが、せっかくなので委ねてみるのもいいかもしれない。汚れと一緒に私の悩みも洗い流してくれたらいいのだけれど。
「うむ、ではお願いしようかな。ついでに前も洗ってくれて構わないぞ」
「そっちは自分で洗ってくれ」
「ちっ」
「子供かっ」
彼はまず私の髪にゆっくりとお湯をかけてほぐしてくれる。そして、シャワーを頭の上から毛先まで満遍なくかける。そしていよいよシャンプーかと思うがそうではなく彼は自身の指を使って私の頭皮をマッサージしてくれる。
「手のリハビリになるんだよな」
「なるほどな、気持ちいいぞ」
おでこの生え際から、耳の付け根、そして後頭部、最後に頭頂部からジグザグに頭皮をほぐしていく。
「おぉ、なんか……すごい安らぐ」
「俺も最近気付いたんだけど、どうやら俺は髪フェチらしくて、こうやって人の髪を触るのが好きなんだよな」
「ようこそ、変態の園へ」
「さつきの変態はハードルが高いよ」
「確かに」
「「ははは」」
誰かと話ながら風呂に入るのは楽しいものだ。いつもはソフィアと葉月が水鉄砲で遊んでいるからな。それも見ていて楽しいんだが、こうやって想い人との入浴は安らぎと愛おしさが随分と違う。
「普段どのシャンプー使ってるんだ?」
「シャンプーはこれだよ」
このお風呂には各女性陣で使う物が全部違うので、シャンプーやトリートメント、ボディソープ、はてはタオルまで様々なものが置いてある。
「すまんな、占領してしまって」
「構わないさ、風呂場は広いし、ここまで賑やかだと逆に楽しくなる」
「そっか」
彼は私が指さしたシャンプーを手にとると、ゆっくりと馴染ませて、髪に触れさせる。そして丁寧に毛先まで指を通していく。
「んっ」
「わりぃ、変な所触ったか?」
「いや、大丈夫だ続けてくれ」
髪が性感帯ではないのだが、彼から触れられるとなんとも艶なまめかしい声が出てしまう。
はぁ気持ちいい、ずっとこうしてたい。
彼の優しさが髪を通して伝わってくる。大胆で繊細な指使い、時折見せる荒々しさ、それでいて細部にまで気を使うその心。
ダメだ……濡れてきた。
「しょ〜ま〜」
「おわっと、ちょっとまだ洗い終わってないんだが」
私は後ろを振り返り翔馬に抱きついていた。そして、裸なのをいい事に自分の魅力の一つである、たわわなたわわを彼の胸に押し付ける。
「どうだ? 柔らかいだろう?」
「柔らかいのはわかったから、どいてくれ。髪が途中だ」
「せっかく女性が迫っているというのに、翔馬は意気地無しだ!」
「そうかもなぁ」
そんな私の反論に、彼は同意してきた。いつもなら文句の1つでも言ってくるのでちょっと意外だ。
「なにか悩み事か翔馬?」
「それはさつきだろ?」
先輩として後輩の悩みを聞くつもりだったのだが、翔馬はそれを読んで逆に質問で返してきた。全く、この男は。
「……翔馬は意地悪だ」
「知ってる」
そんな彼に私は白旗をあげて、今日感じた事、思った事をポツリポツリと話始める。
彼は私の髪を丁寧に洗いながら、ときどき相槌を打ちながら聞いてくれて、そして最後に。
「ほんっっっっっとうに頭硬いな、さつきは」
私の頭をグリグリしながら答えた彼の手は……仄ほのかに薔薇の香りがした。