夕暮れと優しさと【皇さつき】
窓から入る夕陽に瞼を照らされて、私は目を開ける。
「少し寝てしまったか」
寝ている間に去年の事を思い出していたようだ。
感慨にふけっていると扉をノックする音が聞こえる。
コンコン
「開いてるぞ」
私は意識を覚醒させ凝り固まった肩を回しながら扉に向けて返事をする。
「失礼するわね、会長」
「なんだ、猫田か」
「なんだとは失礼ね、せっかく起こしに来てあげたのに」
「……バレてたか」
彼女は生徒会副会長で私と同じ学年の猫田ナナメという。一見猫のようなくせっ毛で愛らしい印象なのだが、その本性は名前の方にある。
「2人の時はナナメでいいわ」
「そうか、なら私もさつきで構わん」
ナナメは空いているソファに座ると手に持っていたドリンクを2つ机に置く。
「どっちがいい?」
「うげぇ、またその2択か」
彼女の性格はさっきも言ったように名前の方にある。どこかピントがズレているのだ。そして机に置かれた物を見る。
ぷるるんるんるんプリン
チャチャッと抹茶(激苦)
「その2択の中に私の飲みたい物はない」
「あはははっ冗談だよ。はい、さつき」
ホントに冗談かは分からないが、彼女はポケットから缶コーヒーを取り出して渡してくれた。
「あっつぅぅぅ」
「きゃはははっ! さつきはいい反応をするよね」
ホントにいい性格をしてるよコイツは。その眼鏡で隠れた本性を皆に見せてやりたいよ。
「ねぇさつき」
「なんだ」
私はMだ。
『ド』が付く程のMだ。
しかしMではあるがしっかりと相手を選んでいる。今の所、同居メンバーの寵愛しか受け付けていない。
まぁ、彼女はなんとなく気を許している程度なのだが。
「さっきは何を考えていたの?」
「ふむ……さっきか」
私は夢で見た事を話していた。
「去年の事を思い出してな」
「去年っていうと、さつきが生徒会長になった時の事?」
「うむ、まぁそうなんだが」
私は生徒会長になった。しかし、あの時翔馬から言われた質問に答える事ができなかった。
『他のメンバーはどうしたのか?』
その質問が私を暗い闇の底へと落とす事になるとはな。
「さつき、会長職を1度辞めたものね」
「あぁ、そうだな」
私はあの後、会長の座を1度退いている。
「懐かしいわねぇ、当時は私はまだ生徒会メンバーじゃなかったけど、さつきがあんなに苦労しているとは思わなかったよ」
「ん? あんなにとはどういう事だ?」
ナナメの発言に私は納得いかない物があった。彼女は私が生徒会を辞めてから、その穴埋めで新たに立候補して副会長になった筈だ。
「いやぁ……ちょっと口が軽すぎたか」
「なんの話をしている?」
「まぁ、もう時効かな」
ナナメはそう言って話の導入を口にする。
「実はね……さつきが会長を辞めてから、私達のクラスに彼が尋ねて来たのよ」
「……彼」
「神月翔馬くん」
「は?」
ナナメとは1年と2年で同じクラスになっている。お互い別に仲良く喋る間柄でもなかったので、クラスが同じって事以外接点は無かったと思う。そんな彼女に翔馬は一体なんの用だったのか。
「そこで彼に言われたの」
「……なんて?」
彼女は、ぷるるんるんるんプリンを振りながらなんでも無いように明るく笑う。
「生徒会の闇を暴き皇さつきを助けて欲しいってね」
オレンジ色の室内。
私が約2年間共に過ごしてきた一室に新たな光が見えた気がした。