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同居人の女の子達は肉食乙女  作者: トン之助
第二章 関係構築編
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揺れる黒髪

 「なんか、アレだな……」

 「なによ?」

 「学校サボって出かけるって、ドキドキするな」

 「今更なに言ってんのよ、あんなに勢いよく飛び出しておいて……」


 俺と睦希は電車に揺られながら、水族館までの道を行く。平日の通勤ラッシュが終わった時間帯なので比較的電車の中は空いている。今は2人席に座ってゆっくりと景色を眺めている最中だ。


 電車でおよそ1時間の所にある水族館が本日のデート場になる。ソフィアとのアレコレを経験した後だからなのか、より一層彼女達の事を意識してしまう。


 「睦希……ちなみになんだが」

 「ん?」

 「水族館って好きか?」

 「好きよ?葵と奏とよく一緒に行くもの」

 「そっか……」

 「何で?」

 「いや……恥ずかしい話……俺、1度も行ったことないんだよね、水族館」

 「……」


 俺から誘っておいてこのザマだ。笑いたければ笑うがいいさ。だってしょうがないじゃない!引っ越したり、1人で生活したりでなかなか遠出する機会なんてないもん!

 それを聞いて、睦希は……


 「ぷっあはははははは……なによそれ、あんだけカッコよく誘っておいて」

 「だよなぁ……そこに関しては申し訳なく思う」

 「まぁいいわ、私が楽しみ方を教えてあげる」

 「……よろしくお願いします」


 なんとも締りが悪いデートになりそうだ。


 ◆

 「おぉ!ここが……」

 「私もここは初めてだわ……大きいわね」


 やって来ました水族館!イメージしてたよりかなり大きい。


 「早速行きましょう!……翔馬……手」

 「……おう。デートだからな」


 睦希が差し出してきた右手を左手で掴む。柔らかく暖かい。そして睦希の姿を改めて見る。勢いで引っ張って来たから、本人は準備不足だと言っていたが、そんな事はない。

 夏らしく水色のキャミソールに白のカーディガン、下は動きやすさ重視で七分丈のデニムを着用。折り目が猫模様になっているのはご愛嬌だ。そして、サンダルから覗く足元には薄いピンクのペディキュアを塗っている。


 「睦希……」

 「どうしたの翔馬?トイレ?」

 「いや、そうじゃないんだが……」

 「?」

 「その格好……すごく好みだ……」

 「なッ!」


 突然俺の口からそんな言葉が出てきたものだから睦希は顔を赤くしながら手を離した。


 「ほら、手!」

 「……卑怯よ翔馬」

 「卑怯で結構!最近物理的な攻撃を受けてばっかりだからな、俺からは精神攻撃を返しておく」

 「破壊力がやばいわ……」


 赤くなり呟く睦希の手を強引に引っ張り、俺達はゲートをくぐる。


 「いらっしゃいませ〜」

 「コレをお願いします」


 俺は受付のお姉さんにチケットを渡す。そして、そのチケットを見たお姉さんはニッコリとしながらチケットの半券を渡してくれた。こんな一言を添えて……


 「はいどうぞ!カップル様限定チケットですね。この半券をフードコーナーで見せると特典が貰えますよ!」


 「えっ……」


 言われた言葉がわからず、チケットとお姉さんを交互に見やる。


 「あっ! 翔馬ほんとだ、カップル限定って書いてある」

 「弥生さん……策士だわ〜」


 それではいってらっしゃい!と見送られて俺達はやっとの思いで中に入る。


 「おおおおお! 睦希すごいぞ! サメがいる」

 「……いるわね」

 「こっちには、マンタが泳いでる!」

 「……泳いでるわね」

 「見ろ! あそこで寝てるのは……なんだ?」

 「……なんだろうね」


 やばい……睦希そっちのけで楽しんでいる男がいる。……僕だった。


 「……すまない、つい」

 「いいわよ、翔馬初めてだったんでしょ? 楽しんでいるようなら良かったわ」

 「いや……元々お前を元気づけようとだな」

 「翔馬のはしゃぎっぷりで、十分楽しいわよ」


 今は睦希と一緒に、大きな水槽の前にいるのだが、俺がはしゃぎすぎてしまった為、現在は休憩がてら比較的小さな水槽に向かうことにした。


 「あっ見て翔馬! クラゲがいる」

 「おわ〜ほんとだ! プカプカしてるな」

 「ふふっ! 翔馬って基本的に、あんまり否定から入らないよね?」

 「ん? なんの事だ?」


 俺は言われた意味がわからず、睦希に聞き返していた。


 「そのままの意味よ。昔からそう思ってたんだけど……一緒に暮らすようになって、ソフィア達と関わるようになって、その感覚は変わらなかったわ……」


 睦希は昔を思い出しながら、その光る黒い瞳を透明なクラゲに投影させながら見ていた。心做しかクラゲが揺れるのに合わせて、アタマの上で、お団子にしている睦希の黒髪も一緒に揺れている。


 「俺だって反発はするぞ……」

 「例えば?」

 「お前タチが日々狙っている俺の貞操は守る……とか」

 「……あはははは」

 「笑うところじゃないんだが……俺にとっては深刻な問題」

 「翔馬ってやっぱり変わってるよね」

 「どこがだ?」

 「普通だったら、ハーレムなんて喜ぶもんでしょ?毎晩、やりたい放題じゃない」

 「全く……お前らはどうか知らないが……俺は誠実でありたいだけなんだよ」

 「そんなものかしらねぇ……だからソフィアも焦ってたのか……」


 俺は睦希が最後の方に何を言ったかわからなかったが、スルーしておく。


 「俺もお前は、最近には珍しいタイプの女子だと思ってるぞ?」

 「私が? どういうことよ?」

 「いやなに、ソフィを見てて思ったんだが、睦希はあんまり写真とか撮らないんだな」

 「あぁ……写真かぁ」

 「なんか深い理由でもあるのか?」


 あまりこういうタイプの話題は控えた方がいいだろうと思ったが、なんとなく気になって聞いてみた。


 「特に深い意味はないわよ……ただ」

 「ただ?」

 「過去を……振り返らない事にしただけよ」

 「過去を……」


 その言葉はきっと自分自身に言い聞かせてきた呪いのようなものだろう。思い出を見たらきっと戻れなくなる、取り憑かれてしまう。

 だからこそ、百合子さんと睦希はあの場所から引っ越して行ったのか。


 「そっか……」


   それでも俺は睦希に提案する。


 「じゃあ、写真撮るか!」

 「今の話を聞いてなんでそうなるのよ……」


 呆れた顔をしている睦希。


 「俺の感覚だけどさ、写真って足跡だと思うんだ」

 「……足跡?」

 「俺がジムで筋トレ始めた頃に、トレーナーのブランさんから言われたんだ」

 「……」

 「自分の頑張りをしっかり見届けてくれる唯一の存在がカメラであり、その頑張りの足跡が写真だって」


 睦希は黙って俺の話を聞いてくれている。だから俺も睦希に本題を告げる。


 「だからさ……今の苦しんでる睦希も、きっと未来の笑ってる睦希に繋がると思うんだ」

 「……うん」

 「だから……」

 「……写真を残そうって事」

 「あぁ……必ず報われる日が来る。だから今こうしている瞬間をいつかの笑顔の為に残さう」


 暫くの沈黙……周りのクラゲだけがその歩みを止めることなくプカプカ浮いている。睦希は何かを覚悟するようにクラゲの方に近寄る。


 「あんたは……いいね、プカプカ揺れてるだけで……」


 睦希の独り言には様々な葛藤やこれまでの苦悩が含まれているのだろう。

 そして、チラッとこちらを見ると……


 「……クラゲと一緒に撮りたい」


 俺も変人の部類なのだが、睦希も大概変かもしれない。


 「あぁ……いいぜ」


 そして、俺は係の人にお願いして写真を撮って貰う。


 「はい、いきますよ〜チーズ」


 ちゅっ……


 シャッターの瞬間……俺の顔を両手で掴んで強引にキスをした睦希。


 「わぁ……」


 係のお姉さん驚いているじゃないか……


 「睦希……お前……」

 「へへっ……ありがと!翔馬」



 一緒に遊んだ時のような軽やかな笑顔で腕に抱きついてくる睦希……その頭のお団子も嬉しそうに揺れていた。





 ちなみに、もう一度ちゃんとした写真を撮ってもらったとだけ言っておこう。


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