銀の髪と黒の心をとかしたい
『髪は女性の命』という言葉がある。男の俺にはわからない言葉だったが最近のソフィアを見て気づく事がある。
(めちゃくちゃ触りたいッ!匂いを嗅ぎたいッ!)
この感情は、きっとここ数日ソフィアが俺と一緒に寝ているから湧いてきたのだろう。隣で眠る銀色の乙女を見ながらそっとその髪を撫でる。
「……んっ」
触った途端にソフィアから艶かしい声が聞こえる。俺はなるべくソフィアを起こさないようにゆっくりと、その絹のような滑らかな手触りを堪能する。
「こ……これはなんかもう……ヤバいな」
心の声が独り言へと変わるくらいその手触りとほのかに香る甘い匂いは凄まじかった。
「んん……しょ〜ま〜」
「ちょ……」
ガバッと腕を俺の首に回し、勢いよく自分の胸元に抱き寄せるソフィア。
「むにゃ〜……あったか〜い……すぅすぅ」
「……」
確かにあったかい。俺の顔はソフィアの胸にジャストフィットしている。前々から思っていだがソフィアの胸はとても美しい。様々なメディアと英智を駆使し、女性の神秘を研究してきた俺だからこそ辿り着けた境地。
「さすがに寝てる時はまずいか……」
俺はその二つの膨らみを顔で堪能しつつ、温もりと幸福感の狭間で夢の中に舞い戻る。
………………
…………
……
「おはよう」
「あ、先輩……おはようございます」
「葉月早いな」
「はい、今日は私が朝食担当なので」
「悪いな助かる……」
「いえ、好きでやっているので」
「怪我が治ったら埋め合わせさせてくれ」
「ッ!……はい」
五人の女の子達と同棲するようになって色々な取り決めをした。その一つが食事当番だ。
基本的には日替わりなのだが各々の状況に合わせて交代したり共同で行ったりしている。幸いな事に懐事情は明るい為、彼女達の生活費や食費は家主である俺持ちだ。その話をした時……
◆
「それはいくらなんでもショーマの負担が」
「ですッですッ!私達も家族から仕送りもらってますよ?」
「お姉さんとしても……そこまでしてもらう訳には……一人暮らししてたんだし多少なりとも生活費はあるのよ?」
彼女達は当初、大いに反対したのだが俺の意見が覆ることは無い。
「彼氏特権発動!それと合わせて家主権限!そうじゃなきゃここに住まわせる事は認めない!もちろん拒否権はないッ」
横暴だと言いたげな顔をしていだが、最後の言葉で溜飲を下げた。
「ひ、卑怯よショーマ」
「……鬼先輩」
「……ぽよよん鬼畜くん」
「翔馬がこんなに強引だったなんて……」
「ふむ!変態だな」
「「「「「お前がなッ!」」」」」
会長は全裸で会話に参加していた。
「最近皆からの私への扱いが酷い件について……」
もうほんとにどうしようもない所まで来ている。家の中で服を着ている会長と遭遇する方がレアなのだ。それに慣れつつある我々もどうかと思うが……
「会長はほっときましょう!」
「ですッ」
「いやお嬢さん方や……その会長のお父さんから俺は金を貰ってるんだが……」
「会長、コーヒー飲む?」
「スコーンもありますよ?」
「ふむ!いただこう!」
「見事な転身……見習おう」
そんなこんなのやり取りがあり生活のいろはを皆で決めていった。
◆
「あの……先輩?」
「んん?どうした葉月」
「今日は一緒にお昼ご飯食べられないです。友達が誘ってくれて……」
「はいよ〜友達によろしく言っといてくれ」
「はい!ソフィアお姉ちゃんもごめんなさい!」
「気にしないで葉月。友達は大切にしなさいね」
「はいッ」
俺達はそれぞれ支度をして皆揃った所で朝食を食べていく。
「葉月ちゃん、このジャガイモの煮っころがし凄く美味しいわ!朝から煮物を食べられるなんて」
弥生さんの言う通り、この煮物は絶品だ!ご飯がとまらない。
「めちゃくちゃ美味いぞ!朝から仕込んだのか?早起きだったんじゃないか?」
「いえ、昨日のうちに下ごしらえしてたので、そんなに早くないですよッ」
あせあせしてる葉月をみると若干目が泳いでいる。まぁそういう事にしておこう。
「ありがとな葉月」
「あぅ……」
優しく葉月の頭を撫でてやる。葉月の髪はしっとりとしていて手に吸い付く感じ。ひんやりしてとても気持ちが良い。
じぃ……
横の方からソフィアのジト目が飛んでくる。それを受けて葉月がハッとして手をパタパタさせて俺の手を振り払う。
「せ、先輩ッ!今週はソフィアお姉ちゃんの番ですッ」
「えっ?あーうん、そうだったな……」
葉月の言葉に俺は一瞬よくわからなかったが、最近女子の間で《《俺の所有権をシェアする》》取り決めがあったらしい。
先週から試験運用をして本格的には昨日から開始。よくわからないまま承諾してしまったが、どうも二人で過ごす時間を増やす事におもきを置いたとのこと。
「わ、悪いソフィ……機嫌直してくれ」
「ふふっ、冗談よ。そんな事でいちいち目くじらを立ててたらキリないわ」
笑うソフィアに葉月達は安心したようだったが、俺は見逃さなかった……ほんの一瞬その笑顔に陰が差した事に。
そして朝食を済ませ後片付けをして俺とソフィアが先に玄関に行く。
「じゃあ先に行くわね!」
「あと鍵閉めとかよろしくな」
「二人ともいってらっしゃい」
皆に見送られ俺とソフィアは玄関を出ていく。夏の訪れが迫った……そんな暑い日。
「なんだかショーマと二人で学校行くの久しぶり」
「確かにな……今までがハチャメチャ過ぎたからな」
「なんだか懐かしいね……あの時もこうやって隣に並んで登校したよね」
「あの時か……」
あの時……ソフィアが悩みを打ち明けた日、ソフィアの本心を聞いた日。二人でゆっくりと歩いたこの道。
「あの時よりも、心が穏やかなの……」
「そっか……」
風に揺れる髪をソフィアは片手で耳の後ろに持っていく。その姿は俺がよく見るアニメのワンシーンみたい。青い空と銀色の髪の少女……いつもは全力全開強引少女な彼女が時折見せる、大人びた表情と佇まい。
俺はそれにドキリッとしてしまう心臓をなだめつつソフィアに寄り添う。
「……ソフィ」
「ん……?」
「無理……してないか?」
「え……」
俺の質問の意味がわからなかったのだろう、キョトンとした顔でこちらを見てくる。
「大丈夫か?」
再度俺はソフィアに尋ねる。あえて何がとは言わず……もし本当にダメだった場合彼女の方から言ってくるだろうと思っての配慮。それと言いたくない事は聞かないという意思表示を込めて。
「も、もぅ!何よ突然!ワタシに見蕩れてたわけ?」
どうやら後者のようだ。俺は思考を切り替えて元気よく答える。
「まぁそんなとこだ!相変わらずソフィは綺麗だなと思ってな!」
「素直に褒められるとなんか恥ずかしい……」
「ハハッ!いつものお返しだ。てなワケで、手……繋いで歩くぞ」
「……うんッ!ついでにキスして」
「どの口が言ってる」
…………
……
「「あなたとキスしたこの口よッ!」」
「あっ……」
「見え見えなんだよ!お前の事はなッ!はっはっは!」
「むぅ……ショーマのクセに」
ソフィアと本格的に関わるようになって二ヶ月……ほんの少しずつ彼女の事がわかるようになってきた。
「なぁソフィ」
「なーに?」
俺はソフィアの不安に思っている事はわからないが、少しでも和らげようと言葉を探しながら伝える。
「今度は後ろから監視するんじゃなく……俺の隣で一緒に前を向いて歩いて行こうな愛の監視者さん」
夏の始まりのカラリとした朝。今日がまだ火曜日だということを忘れてしまいそうなほど清々しい気持ちで、俺とソフィアは学校への道を歩き出す。
俺の言葉が彼女の心に届きますよう