一月のある日
これはいつの記憶だろう?
目の前の光景に目を奪われ動けずにいた。
「いやだぁ!まだ中にお母さんとお父さんが!!おかあさーん……おとうさーん」
「こら僕!動いちゃだめだ!あぶないから」
ピーポーピーポー
サイレンの音が聞こえる。
頭が痛い。喉が渇く。手足が痺れる。鼓動が早くなる。息も乱れる。
しんしんと雪が降りしきる一月の寒い日……僕の家は灰燼に帰した。
きっとその時の心もどこかに置き忘れたのだろう。
もう、あの笑顔を見る事はない。
暖かく穏やかで料理上手な母。そしてその母と僕に最高の愛情をくれた大きな手。父の手だ。
その日以降……俺は「ただいま」を言う事が無くなった。
◆◆◆◆◆
「……しょうまくん久しぶりね」
「ゆ、百合子さんですか?お久しぶりです」
「大きくなったわね」
「いえ……それよりも驚きの方がすごいんですけど……」
俺は百合子さんと向かいあわせで座っている。
「ねぇねぇポヨポヨなんでいるの?」
「なんでぇ?」
葵と奏が話しかける。
「お前らの誕生日を祝いに来たんだよ。まさか睦希の妹だとは思わなかったが……その前に」
俺はそれを言うと睦希を見る。
「お前。初めから知ってたのか?」
「うん……ごめん」
「いや……俺も気づかなくてすまない。まさか百合子さんが再婚して名前が変わってたなんて。それに昔のお前に比べて……今は……」
俺と睦希はいわゆる幼馴染だ。百合子さんの旧姓は波月という。
俺の過去を皆にあまり話してこなかった事を少し後悔した。九条家で話した事は幼少期のほんの一部だ。
「しょうくんせっかくの料理が冷めちゃうわ!先にお食事にしましょう!」
弥生さんがこの空気を変えてくれた。
「あぁそうだな!せっかくの料理が冷めちまう!さぁ食べよう!それでいいか、睦希」
「うん……」
その後は葵と奏の誕生日パーティを全力で楽しんだ。
大勢に囲まれて二人共楽しそうだ。そして俺達はからのプレゼント(ソフィアと葉月選)の髪飾りを大層喜んでいた。
そしてケーキも食べて葵と奏は俺の彼女ズと一緒に二階で遊んでいる。
(気を使わせちゃったな……)
リビングには黒神家と俺だけだ。
先程、百合子さんの今の旦那さん凪さんが挨拶してくれた。とても温和な雰囲気の人だ。しかしどこか陰があるような。
「今日はありがとうね、しょうまくん!最初は驚いたけど葵も奏もとても楽しそうだったわ」
「いえ」
「私からも礼を言わせてくれ。そして今日だけじゃなく、今まで娘たちの力になってくれていたと聞いている。娘達から聞く話のほとんどはポヨポヨ……いや失礼!君の話ばかりだった」
「そうですか……」
俺はその言葉はあまり耳に入らなかった。
「翔馬……今まで黙っててごめんなさい。あの頃の事を思い出させるかもと思って言えなかった」
睦希は下を向きながら続ける。
「入学して同じクラスになって嬉しかった。けど、翔馬は私の事忘れてるみたいだったから……それならそれでいいかと思って。それで新しい関係から始めたの」
「そっか……それとさっきも言ったけど気づかなくてすまん」
俺は再度睦希に謝る。
「気にしないで!今の関係も好きだったし、それに最近の翔馬を見てたら、あの頃みたいに元気になったんだと思ったの」
だから……
「だから……百合子さんに合わせようと?」
コクリと頷く睦希。
俺はしばし沈黙しあの頃を思い出す。
◆◆◆◆◆
お隣さんで俺の両親とも仲がよかった波月家。
俺も同い年の睦希とは仲が良かった。
一緒に泥んこになるまで遊び、キャンプに行き、お泊まりをし、楽しい思い出が蘇る。
あの日までは……
一月のある日……俺は波月家に連れられてヒーローショーに出かけていた。
両親は仕事があり家で作業をしていた。
母と父は一緒にパン屋を営んでいる。町の大人気店だと自慢できるほど。
帰ると店が燃えていた。
出火原因については教えてくれなかった。
そこからは早かった。
あれよあれよという間に葬式や俺の親権が決まり俺は引っ越す事になるはずだった。
しかし、百合子さんが引き止めてくれた。
「せめて小学校を卒業する迄はこの町で暮らして欲しい。二人の思い出の場所で過ごしてほしい」
俺の今の養父母達を説得してくれた。
それについて一馬さん達は快く引き受けてくれた。
波月家で過ごす日々が始まり徐々に心の喪失感を埋めつつあったそんなある日……
おじさんが亡くなった……
その時の百合子さんと睦希の顔は今でも忘れられない。
そして二人は俺に泣きながら謝り百合子さんの実家に帰っていった。
その後の俺は、今の父さんと母さんと一緒に卒業まで九州で過ごした。中学時代は転勤族で各地を転々とし、祖父母が亡くなり今の家(その他祖父母の遺産)を貰い受けた。
ちなみに俺の父親と今の養父は兄弟だ。
一馬さんと乙音さんには子供が出来なかった。
俺も昔から二人が大好きだったので養子になる事に抵抗はなかった。それに祖父母にも会えるから。
◆◆◆◆◆
随分長い間、昔を思い出していたようだな。
「百合子さんそれに睦希。あの頃はお世話になりました!そして心配かけてごめんなさい!あなた方が居なければ今の自分はありません!」
「そんなッ!私の方こそ最後まで面倒見れなくて……ご……めん……なさい」
百合子さんはハンカチで目元を覆うと泣き出した。それを凪さんと睦希が慰めている。
そして今迄の事を互いに話しているとなんとか落ち着きを取りもどしていった。
そして帰り際、俺は凪さんに呼び止められ少し話をした。
そこで聞いた内容は、俺が予想してたものだった。
あの時の凪さんの陰のある表情はそういう事だったのか……