四季折々と時が過ぎれば
時子さんが部屋を出ていってしまった。それが意味する事は明白だ。あんなに真剣な表情を見た事がない。俺のこの考えはやはり受け入れられないのだろうか…
ソフィア達を見れば同じように俯いている。
宗玄さんはどこかホットしたような表情。弥生さんも寂しそうに目を伏せている。しかしただ一人、さゆりさんだけが微笑んだまま俺の方を見ている。
席を外すといって俺の傍を通るとき小声で「大丈夫だから」と言ってきた。
慰めてくれたのだろうか……そう思う事しか今の俺にはできない。
考えがまとまらない中、座っている事しかできず時間だけだ過ぎていく。何か他に方法は無いかと頭の中で考えていると襖が開く音がした。
そこには先程の険しい表情とは打って変わって穏やかな表情の時子さんと、平べったい箱を持ったさゆりさんがいた。
二人は俺の前へ座ると静かに話始めた。
「翔馬さん。これを見て頂けますか?」
そう言って時子さんはさゆりさんが持ってきた箱を丁寧に開いた。
「これは……着物……ですか」
「ええ。これはある人から貰った大切な物。そしてこれは娘達の嫁入り道具でもあるの」
さゆりさんを見れば弥生さんに手招きをして横に座らせている所だった。
「翔馬さん。先程は失礼な態度をとってごめんなさいね、ちょっと試すような事をしたの。あなたが孫を託すに値するか」
「それってどういう」
時子さんは申し訳なさそうに俺に頭を下げる。
すると宗玄さんがフラフラと立ち上がり奥の部屋に行き、少しすると一冊の本を持って戻ってきた。
「お義母様……もう話してもよろしいですか?」
「……えぇそうねお願い。」
宗玄さんは時子さんの横に座ると俺に一冊のアルバムを渡してきた。
「中を見てくれないか」
「?」
なぜアルバムなのか疑問はよぎったが…ソフィアと葉月は「早く!」といった様子で俺を見つめている。
「では……失礼します」
俺はゆっくりとアルバムをめくる。
そこには幼い頃の弥生さんだろうか、可愛らしくピースをしている写真やさゆりさんに抱っこをしてもらっている写真が数多く貼り付けてあった。
どれも楽しそうだ。
弥生さんを見ると少し頬が赤くモジモジしている。恥ずかしいのだろう。
俺はアルバムに視線を戻し続きを眺め始めた。
しかし……何度かページをめくると、ある一枚の写真に目が釘付けになった。
「こ、この人は」
「ふふっ懐かしいわね……」
そこに写っていたのは少し昔の九条家の集合写真……そしてその隣に写る二人の人物
「おばあちゃん……おじいちゃん」
そう俺の大好きな在りし日の二人の姿だった……
「私と翔馬さんのお祖母様、四季音さんは学生時代からの付き合いなの。いや親友と言ってもいいわね」
時子さんがおばあちゃんと親友?
「次のページをめくってご覧なさい」
言われるがままページをめくる。
そこには、赤ちゃんの時の俺を抱く時子さんの姿。それを笑いながら見ているおばあちゃんが写っていた。
「高校に入学してから初めて翔馬さんとお会いした時の事、覚えているかしら?」
時子さんは穏やかな口調で話し出す。
「はい。えっと……公園のベンチで座っていた時子さんに俺が話しかけて……」
「えぇ……私はあの時の事を鮮明に覚えています。主人を亡くした喪失感で、フラフラと歩きながら辿り着いたのがあの公園なのよ」
そうだったのか。
「私も驚いたわ……まさか声を掛けてくれたのが親友のお孫さんだなんて。それからあなたは私の事情にはあまり触れず色々話してくれましたね」
「実は茶道教室も続けるつもりはなかったのだけど。翔馬さんが『それじゃあ教室に通う人を集めてきますね』なんて言って飛び出して行ったのを今でも覚えてますよ」
九条家の面々はどこか寂しそうに、それでも暖かく時子さんを見つめている。
「あの後ホントに連れてくるとは思ってなかったのですけどね。それに、葵ちゃんや奏ちゃんそのお友達も茶道に興味を持ってくれて、今では教室に行くのが楽しみになったんですよ」
「あの小さかった子がこんなに大きく立派になるなんて、時が過ぎるのは早いわね……まるであの人の名前のように」
ふふふっと笑う時子さん。寂しさを滲ませながら、懐かしむようなその笑顔はどこか祖母に似ていた。そこでさゆりさんが口を開く。
「翔馬さんそれにね。お母さんったら茶道教室の皆さんとお花見にいったりカラオケに行ったり、来月は温泉旅行に行くんですって」
あの頃からは考えられないとさゆりさんが続ける。
「弥生からバイト先に素敵な後輩がいる事は聞いていたわ! その話のほとんどは翔馬さんの事だったのよ」
さゆりさんの言葉に弥生さんは俯いてモジモジしている。
「翔馬さんが公園にお菓子を持ってきたじゃない? 私はそれで弥生の後輩が翔馬さんだって気づいたのよ。だから孫娘を嫁に〜なんてお節介を焼いてたの」
そうだったのかぁ……あれは冗談ではなかったのか。
そして今まで黙っていた宗玄さんが重い口を開く。
「それにな神月くん。君のお爺様とお祖母様には大きな恩がある。九条家が茶道を続けるにあたって資金面で厳しいときにあの二人は笑って援助してくれたんだ」
『私らが親友にできるのはこれくらい。だから返金は受け付けない。弥生の出産祝いだから』
「なんていかにもな理由を付けてな」と言って宗玄さんは初めて笑った
「……おばあちゃんらしいです」
「素敵なおばあちゃんね」
「一度会ってみたかったです」
俺に続いてソフィア達もアルバムでもう一度祖母を見る。
在りし日の祖父母を思い出す。
自分の頬を伝う雫が涙だと知るのに時間がかかった。俺の頭を優しく撫でる手が時子さんのものだと知るのも。
「翔馬さん。あなたの思いしっかりと受け取りました。九条家当主として孫の気持ちを尊重したいと思います」
九条家との繋がりは、祖父母が導いてくれた大切な絆。俺は祖母の懐かしさを時子さんに重ねながら初めて人前で泣き叫んだ。