葉月の思い〜もう全部わかってたんだけどね〜
俺を除く面々が腹を抱えて笑っている。一人だげ疎外感。月美さんまで娘に抱きつきながら笑っている。
少し場の空気が緩んだのは良かったが、俺は遠い目をして思うのだった。
「完全に外堀を埋めてやがる」
ひとしきり笑った後で玄吉さんが真相を明かした。
「最初から知っていたんだよ。娘から強引に迫った事も、君に彼女がいる事も。そして学校で娘達を守ってくれた事も」
「やっぱりですか。はぁ、なんか力が抜けましたよ」
やはりと納得する俺。
そして如月家が女性が強いのに対してこちらも
「まぁ話は少し逸れますけど…これは予想なんですが……葉月に束縛術を教えたのは月美さんですか?」
「あら! よくわかったわね。正解よ」
「如月家も女性が強いので、もしかしてって思っただけです。当たって欲しくは無かったですけど」
俺は女系家族に絡まれやすいのか?
「ところで神月くん、娘がなぜ君を好きになったか聞いたかね?」
「はぁ……いや、大体の予想はつくんですけど……正直覚えて無くて」
「ふむ。その予想とやらを聞いてもいいかね?」
俺はソフィアと出会った1年前の事に触れながら当時の事を話した。
引っ越してきたばかりだった事。
周りの人間関係の構築に全力だった事。
その時にソフィアと出会っている事。
バイト先やジム、公園での立ち回り。
ご近所付き合いネットワークの確立。
恐らくこのどこかで葉月と出会っているだろうという予想。
「おおよそ正解だ。葉月、話していいかな?」
「はい」
そこから語られたのは葉月の昔の話。
中学3年当時、空手が嫌いになった事。
道場を抜け出して公園で泣いていた事。
女なのに空手をしていて周りからからかわれていた事。
女の子らしくしたいと思っていた事。
そんな時、先輩がお菓子をくれた。
話を最後まで聞いてくれた。
そして当時、空手の型の世界選手権で優勝した、日本人女性の映像を見せてくれた。
『この人カッコイイよな。凛とした佇まいが美しくてそれでいて型に隙がなく見蕩れてしまう』
俺は落ち込んでる子に映像を見せながら話した。
『もちろん空手が嫌いなら素直に言った方がいいけど、空手をしながらでも女の子らしい事は出来るよ?例えば……ごめん思いつかないや』
『……あの、でもあなたはお菓子とか作れるんですよね?』
『あぁこれは趣味みたいなものかな? 今は料理が女性の専売特許じゃないからね。それに女性ばかりに家事を押し付けるのは俺は嫌だな』
『それにさ。俺の兄さんも空手やってたからなんとなくわかるけど、極めるのって一つじゃなくても良いと思うんだ。色々挑戦してみなよ! まだ先は長いしさ。あと空手で強くなれば、今までからかってきた子をギャフンと見返す事が出来るよ。もちろん試合でね!』
それだけの事と周りは思うかもしれない…
でも葉月にとっては大切な……かけがえのない思い出だったのだ。
「ちょっと待って! あの時の子供、葉月なの? 俺も覚えてるよ。でも……えっと」
俺も当時の事は覚えていた。しかし現在の葉月の容姿からはかけ離れていた。
「ふふ……これが当時の葉月よ」
月美さんが写真を持ってきてくれた。
当時は少し髪が長い女の子ぐらいにしか思って無かった。背もだいぶ小さいし、正直小学生だと思っていたくらいだ。
だって……まだ胸が。
「女性の神秘に驚愕するばかりです。あの子が葉月とは思わなかった……だから俺がいる料理同好会に入ったの?」
「はい……高校も先輩がいる学園に決めて、勉強も頑張って空手も頑張って、お母さんに料理も教えてもらって」
葉月は懸命に俺を追いかけてくれた訳か……こりゃ俺も心を決めないとな。
「あの公園での出来事がきっかけで、葉月も気合いが入ってのぉ。今まで渋々やっていた空手も本格的に始めて1年で全国大会に出場した。もちろん元から素質はあったんだが」
「そうねぇ料理教えて! って言ってきた時はビックリしたわ!」
あの公園での出来事が、葉月のターニングポイントだったんだろう。
「ふぅわかりました! そこまで葉月に想われていたら、答えない訳にはいきませんからね。改めて葉月をもらっていきます」
あれ? なんで俺結婚の挨拶みたいに言ったんだ?
取り返しがつかない事をしているような。
「うむ! よろしく頼む!」
「葉月ちゃん! 寝込みを襲うのよ!」
「はい!」
「いや、はいじゃねぇよ!」
纏まりつつある状況で俺はひとつの疑問が浮かんだ。
「玄吉さん月美さん! ちょっと疑問があるんですけど……」
「「ん?」」
「葉月って一人娘じゃないですか。今後どうなるかわかりませんけど、俺について行っていいんですかね?その……詳しくはないんですけど、道場の事とか」
古い道場だったら跡継ぎ問題があるだろうと思っての質問だ。仮にも一人娘を俺に預けるというのだ、後継者問題があるだろう。
「なるほどな! 心配してくれてありがとう。だが、そこは問題ないぞ。件の話に出てきた空手のチャンピオンの女性が居るだろう? 彼女が『 道場を畳むなら後を継ぎたい 』と言ってくれてな。彼女はワシの弟子だからな! カカッ!」
「なんとご都合主義な!」
目からウロコだ。
どこかで繋がっていた訳か。
「それにな……葉月には跡継ぎなんて気にしないで自由恋愛をして欲しいというのが、妻とワシの見解なんじゃよ!」
「そうなんですか? 失礼だと思うのですが、なんか意外ですねぇ」
「恥ずかし話、ワシと妻は駆け落ちでな……」
「ワオ!」
ソフィアが目を見開いている。
ホホホッと笑う玄吉さんはどこか恥ずかしそうで、月美さんは少し頬を染めている。
「まぁそれにワシと妻は一緒に料亭を開きたいと昔からの夢もあるのじゃ! 葉月が安心して暮らせるなら良い機会じゃよ!」
そう言って二人は手を握り合っている。
仲良しな夫婦だなと実感させられる。
確かにこの武家屋敷のような作りは料亭にはうってつけかもしれない。
「そんな訳で神月くん……いや婿殿! 改めて娘をよろしく頼む!」
「任せて下さい!」
この後、白咲家で夕食をご馳走になり思い出話に花を咲かせながらこれからの事を考えるのだった。