ストーカーの定義とは?
俺には密かな野望がある。世の中の男子諸君も思い描いているであろう野望。
そう、相思相愛の彼女とキャッキャウフフしたい! 誰がこの野望をバカにする事ができるというのか。否……誰にもできない。自分の欲望に忠実に生きてこそ輝けるのだ!
「……ねぇ……ねぇってば……ねぇっ!」
バチンッ!
「っ!?」
強烈な後頭部への衝撃で目覚めた俺は、一瞬何が起きたか分からなかった。
「如月? えっと……ど、どうかした?」
なるべく平常心を保ちながら言葉を発したと思う。しかし声は心とは裏腹に上ずり、テンパっていた。
「……ちょっとワタシと付き合ってよ」
「……えっ?」
そんな事を言い出したのだ。状況が理解できないまま、周りをキョロキョロしてると。教室には俺と如月しかおらず、校庭からは運動部の声や、校舎内では吹奏楽部やコーラス部の声が聞こえてきた。
「えーと……どこに?」
バチンッ!
「いってぇぇぇ!」
また殴りやがった。今度はビンタを左頬にダイレクト。正直……世界を狙えると思った。
「あの……如月さん……」
「ワタシが言ってるのは付き合ってって事!」
「いや……だから……どこ……にぃぃぃ」
今度は正拳突きよろしくグーできたので、流石に交わす選択をした。
「あっぶねぇ……どういうつもりだよ! 怪我すんだろ!」
「あんたが鈍感だからよ!」
「じゃあどうゆう……」
「だから……結婚を前提に付き合いなさいって言ってるのぉぉ」
言ってるのぉぉ
るのぉぉ
のぉぉ
その言葉だけエコーがかかったみたいに聞こえてきた。
「………はい?」
そりゃそうなりますよね。
意味わかんないですもん。
俺だって意味わからないもん。
「いやいやいやいや……落ち着けな?早まるな。ロシアンジョークか? そうだろう? ハハハッ……最近のジョークはぶっ飛んでるなぁ心臓が飛び出るかと思ったぜ。なぁ如月?」
「冗談じゃない……」
「は?」
「冗談なんかじゃない! ワタシのこの想いはホンモノよ!」
そう言って彼女は俺の両頬を掴んできた。
「えっ? 如月さん……あの……きさら……んぐっ!」
彼女の顔が目の前に迫ったかと思うと、俺の言葉を遮るモノがそこにはあった。口を物理的に塞がれた。
そう、彼女の口で強引に塞がれたのだ。
「んーっ!!」
バシバシバシッ
衝撃的な状況で身動き1つとれない。随分長い間口を塞がれて窒息しそうになって意識が朦朧とした。やっとの思いで彼女の背中を叩きギブアップの意思表示を示す。
「ぜぇーぜぇー……おおおおお、おま……何してんだよ?」
「何ってキスだけど?」
「そうじゃねぇよ! いやキスなんだけど、なんでキスしてんの?」
「これで信じてくれた? ワタシが本気って事!」
「怖ぇよ! めちゃくちゃじゃねぇか! いきなり舌入れて来やがって!」
わなわなと震えだす俺を見て如月はコテンッと首をかしげている。
「お、お……俺の」
「ん?」
「……俺のファーストキスがぁぁぁぁ」
ファーストキスを奪われた事実と如月ソフィアに迫られた現実が、俺のキャパを超え、そして絶叫した。
「ワタシも初めてだったんだからいいじゃない!」
「良くねぇよ! むしろお前の方が良くねぇだろ。何考えてんだこのストーカー女!」
「……なっ! ワタシはストーカーじゃない」
「どの口が言ってんだ!」
「あなたとキスしたこの口よ……ポッ」
「ポッじゃねーよ! なにかわい子ぶってんだよ! どう考えてもこの1ヶ月お前、俺の事ストーキングしてたじゃねぇか!」
ここぞとばかりに、今までのストーキング行動を羅列して行く。
校舎内、男子トイレ前、更衣室、下駄箱、帰り道、バイト先、公園etc……
「如月よ……なにか言いたいことはあるかね」
流石に叫び疲れた俺は、だいぶ落ち着いてきた事で冷静になれていた。
「ストーカーというのは、一種の恨みや怨嗟はたまた性的興奮で相手の事をつけ回して苦しめる事だと思うのよ!」
確かに一理ある。
「んで、ワタシのはそれに該当しないワケ!」
この先の言葉を聞くのが怖ぇ。
「こ、根拠は?」
「あなたを愛しているから」
「ストーカーの定義とは!?」
一体彼女はなんなんだ。
「フフッ! ……正確には違うんだけどねぇ」
「何が違うんだよ?」
「ワタシはあなたの体が目当てなのよ」
彼女はそう言って俺の首筋に噛み付いてきた。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!」
咄嗟の事で反応が遅れたが、何とか彼女を引き剥がす事に成功しそのまま俺は……
逃げた!
もう全速力で逃げた!
陸上選手もひっくり返るくらい全速力で逃げた!
「ぜぇ……ぜぇ……アイツ……やっぱり……ストーカーじゃねぇかぁぁぁぁ!」
春の風が心地よく、オレンジ色の世界が辺り一面を照らし出す今日。
俺はファーストキスを奪われた。