喧騒と原因と協力者〜決戦前日〜
人の噂も七十五日
この言葉は時間が解決してくれるという諺だ。それは裏を返せば忘れ去られたと言えるのかもしれない。
しかし、消えそうな火に少しの風と薪をくべれば、たちまち火は大きな炎へと変わる。
如月ソフィアの噂も同じだ。
消える寸前の火に、悪意ある者が風と薪をいれて炎に変えたのだ。そう彼女を蝕む業火へと。
時刻は午前11時
授業中のクラスは静まり返っていた。クラスの連中も教師も誰もかも。
原因はひとつ。教室の入口に腕を組んで立つ俺達に注目しているからだ。
ピシリとした七三分が目立つ、40代後半の数学教師。真面目一辺倒で生徒からは、融通が聞かないとの理由であまり評判が良くない。だが俺は知っている。彼が愛妻家で娘にデレデレなのを
「神月くん、如月さん遅刻ですね。理由は何ですか?」
きた! 待ってた質問だ。
俺はその質問に彼女の肩を抱き寄せながら答えた。
「いや〜実は彼女と朝までフィーバーしてたら寝坊しちゃいましたよ。はははっすみません!」
「えっ?」
「はっ?」
クラスの皆は当然そう反応するだろう。
「フィーバーって?」
「あいつら付き合ってんの?」
「嘘でしょ? あの女が」
「ソフィアた〜ん」
それぞれ周りの連中と話しながらざわざわし始める。
「ゴホンッ、静かに! 遅刻の理由は……聞かなかった事にしときます。早く席に着くように」
「「はーい」」
返事をして自分の席に着く。また後でなと俺はソフィアに耳元でそう言った。
授業はその後も特に何かある訳でもないが、どこかそわそわした感じで進んで行き、チャイムが昼休みの訪れを知らせる。
「どーゆうことだよ神月!」
「説明しろ!」
クラスの男子に迫られる俺。
予想通りの展開だ。だから俺は平静を装いながら軽く答える。
「さっきの聞いてただろ? わかれよ?」
挑戦的な口調で言ったが、それでも口撃は終わらない。
「いや分かんねぇよ!」
そして、噂の原因の一人を見つけた。
「なんで如月なんかと! あいつはどうせ誰にでも股を……なっ」
このクラスの自称リーダーみたいなヤツ。所謂いわゆる長身イケメン。自分の容姿に絶対の自信があり、自分が言い寄れば確実に落とせると思っている勘違い野郎だ。
コイツは去年ソフィアに告白して振られているらしい。今朝、ソフィアから聞いた噂の原因の1人だ。
「……おい」
俺は男子の頭を掴んでいた。正確にはアイアンクロー。
「い……いだだだだだっ」
咄嗟のことで訳が分からなくなるイケメンと周りの連中。
「てめぇ……俺の彼女の事悪く言うんじゃねぇぞ? 潰すぞ?」
至近距離まで相手の顔を引き寄せ、指の隙間から目を覗き込んで凄む。クラスの全員がその光景に息を飲む。一部の女子に至っては尻もちを着いて震えていた。
そりゃそうだろう。普段は怒った所も見せないようなぽっちゃり体型だ。
クラス内での印象は体型を弄られて、自分で作ったお菓子を爆食いしてるイメージしかないのだろう。
普段怒らないやつが怒ったら怖い。いわゆるギャップ萌だ。
萌ではないが心は燃えてるな。
「わかったか?」
コクコクと涙目を浮かべて頷く相手。それでも力を緩めない俺。
あぁ俺は思ったよりもソフィの事で怒ってたんだな。
この時少し冷静に自分の気持ちを理解する事ができた。さらに力を込めようとした時に邪魔(この場合は救いの手)が入る。
「翔馬そこまでだ! それ以上は……シャレにならない」
俺の親友春樹である。彼は俺がこの状態になった時を知る数少ない人物だ。だからこそこのタイミングで割って入ってこれた。
「チッ!」
俺は盛大な舌打ちをし渋々手を離した。ガタンと床に尻もちを着いたイケメンの下半身は……濡れていた。所詮は口だけだったと言う事だ。
こんな奴等のせいでソフィアは。
手を出したい気持ちをグッと我慢しその場を立ち去る。
「春樹助かった。それと……話がある」
「おう」
そしてソフィアの元へ行き場所を変えようと言って3人で教室を後にした。
俺の所属する料理同好会の部室、調理室の中に俺、ソフィア、春樹、そして春樹の彼女の愛の4人が座っていた。
正確には3人か。
「春樹、愛、助けてほしい協力してくれ!このとおり」
俺はふたりに向かって真心込めて土下座をしていた。隣では呆気にとられて固まり目を丸くするソフィア。
対してふたりはというと。
「わかったぜ!」
「任せなさい!」
内容も聞かぬまま秒で返事が返ってきた。
「いや俺まだ何も……」
流石の俺もビックリした。
「翔馬の頼みなら断らねぇ!」
「そうよ、翔馬くんの頼みなら2つ返事よ」
「あ、あはは……」
から笑しか出ない。もうちょっと疑おうよ君たち。
「で? 何すりゃいい?」
少し笑顔で聞いてきた春樹に対して、俺はチラリとソフィアを見た。彼女も俺の意図が分かっていたのかコクリと頷く。
俺はソフィアについてイジメの詳細は避けつつ大まかな内容を伝えた。
話終わると何故か愛が泣いていた。そして、ソフィアの元に行きそっと優しく抱きしめた。
「!?」
突然の事でビックリした様子のソフィアだったが、どうやら嫌ではなかったみたいだ。
「ひっぐ……よぐ……ぐすん……がんばっだねっ」
号泣じゃねぇか。
それを聞いて、かすかに目元を潤ませるソフィアの横顔はひとつ憑き物が落ちた様だった。