初めての外の世界(2)
しばらく黙って歩き続けた二人は長い露店の並ぶ賑やかな道を抜け整った
石造りの商店や住宅が並ぶ大きな道に出た。
「母さん、もうすぐメロの店だよ」
テフの肩で先程買った筒を楽しそうに見ていたオリーヴの顔が曇る。
オリーヴは重たそうに口を開くと呟いた。
「もう何年会ってないのかしら…」
そう言ってテフの肩に顔を伏せた。
「前に会いに来てくれた時にはずいぶん老け込んでしまって、腰も曲がって
杖をついていたわ」
「……メロったらまるで物語の中の魔法使いみたいだったのよ」
そんなオリーヴの小さな背中をテフの大きな手がポンポンと優しく撫でる。
メロはオリーヴの父親の幼馴染の孫だ。
赤ん坊のころから知っているメロはオリーヴにとって弟のようであり
古い友人でもあった。
メロの家は祖父の代からこの町で雑貨店を営んでいる。
オリーヴの父親が生きていたころからメロの祖父は幼かったメロの父を
連れ、メロの父もまた幼いメロを連れ、しばしばオリーヴの元を訪れた。
それがオリーヴが唯一知っている父親以外の人間だった。
オリーヴの父親が年老いて町まで来られなくなるとメロたち親子は年に
何度かオリーヴに生活に必要な雑貨などを届けに森を訪れてくれていた。
そしてメロはテフにとっては父親のような存在だった。
盗賊におそわれ傷を負い森に逃げ込んだ女性がテフを抱いたまま死んでいる
のをオリーヴが見つけ保護するも当然育児などわかるはずもなく、悪戦苦闘
していたところへ偶然訪ねてきたメロが助けテフは無事育つことが出来た。
そして森でオリーヴと二人で暮らしていたテフが森の外に興味を持ち森を
出たがった時、オリーヴを説得し町の学校に通わせてくれたのもメロだった。
学校を卒業したあと1人気ままに旅に出たテフは10年帰ることはなかっ
たが、その間もメロは変わらずオリーヴに会いに来てくれてると思って
いた。ずっと変わらないオリーヴの様にメロも変わらず元気だと疑わず
そのうち帰ればまたいつも通り出迎えてくれると思っていた。
メロの店に入るとテフは近くにいた店員に声をかけ数言交わすと店員は
店の奥の階段を指さした。テフはそのまま無言で階段を上がって行く。その
間、オリーヴは被っていたフードをいっそう深く被り隠れるようにテフの
肩にしがみついていた。
店の建物はこの小さな町では大きく3階建てで1階は店舗2階は事務所
3階はメロの自宅になっている。老いて仕事を引退した今は店で長年働く
男を養子にして店を譲り店の上の自宅でのんびりと暮らしていた。
2階を過ぎ、3階に上がる階段の手前でオリーヴを下ろすテフ。不安そうに
オリーヴがテフの手を握る。その手を引きテフはゆっくりと階段を上がる。
1階の賑やかな声も遠く、階段の軋む音だけが響いている。階段を上り
右に曲がった廊下をまっすぐ奥まで進むと二人は一番奥の扉の前で立ち
止まった。
オリーブはギュッとテフの手を握ったまま動かない。テフはその
様子を静かに見守っている。オリーヴが顔を上げ1度大きく深呼吸を
すると扉をノックした。
コンコンッと軽い乾いた音が響く。
部屋の中からは待っていたかのようにすぐに低く老いた声で「どうぞ」
と聞こえた。テフがゆっくりと扉を引きあける。
小さな部屋の中にはゆったりとしたベッドとその脇に小さなテーブルが
1つ、部屋の端に椅子が2つ置かれている。大きく開けた窓は見晴らしが
よく青空が見えていた。明るい室内のベッドには痩せた白髪の老人が
上半身を起こしニコニコと笑顔をうかべ二人を出迎えた。
「やぁ久しぶりだね、オリーヴ。元気だったかい。テフもよく来たね。
10年も帰ってこないとは思わなかったぞ」
「メロおじさんも元気そうで良かった。ずっと帰らなくてごめん」
優しく笑うメロとばつの悪い顔して謝るテフ。
「今日は特に調子が良いんだ。君たちが来るって知らせを貰って
楽しみだったんだ。君たちに会えてますます元気が出たよ」
挨拶を交わすメロとテフの間でオリーヴは少し俯いて黙ったまま
ぎゅっとスカートを掴んでいた。
そんなオリーヴにメロは出来るだけ優しい声で言う。
「オリーヴ、こっちへ来てくれないか。ほら、ベッドの上に座って」
それでも動かないオリーヴをテフは黙って抱き上げメロのそばに
座らせる。
オリーヴの綺麗なグリーンの瞳には大粒の涙が溜まっていた。
メロは黙って抱き寄せるように顔を近づけ、オリーヴの頭を撫でる。
「…君は半分精霊なのに本当に感情的で昔から変わらず可愛いな」
「……」
「君はきっと知らないと思うけど僕はね幼い頃から君にずっと恋をして
いたんだ。あっという間に先に大人になって、こんな年寄りになって
しまったけど。可愛いオリーヴ、あの頃と少しも変わらない笑顔を見せ
てくれないか」
そう言って笑いかけるメロ。
キラキラ光るオリーヴの瞳からぽろぽろと涙を落ちる。
「…メロはおじいさんになったわ。初めて会った時は小さな赤ちゃんで
ぷくぷくした顔でよく笑って本当に可愛くてとても嬉しかったのよ。
なのにすぐに大人になってしまって、こんな…。」
「だから人間なんて嫌いよ。みんなわたしを置いていくんだもの。
オルもコーテスも、お父さんだってみんないってしまったわ。
それからテフもいつか私をおいていってしまうわ。
そうしたらわたし、あの誰も入れない森でひとりぼっちよ。」
メロは黙って聞いてる。
「…メロ、だからわたしね。テフと旅に出ることにしたの。
それからテフがいなくなっても1人で旅をして生きていくの。
たまには家に帰ってくるかもしれないけど色んな街で暮らすわ」
オリーヴは精一杯の笑顔を作りメロに向ける。
痩せて骨ばったメロの手がオリーヴを抱きしめる。
オリーヴも小さな手をのばしメロを抱きしめる。
「最後に君に会う願いを叶えてくれてありがとう。
父さんたちの元へ行ったら君が森を出て僕に会いに来てくれ
たんだと自慢するよ。きっと父さんは凄く悔しがるから」
「あはは…そうね。わたしメロに会いたくてすごく頑張ったのよ。
初めて森をでて知らない人とすれ違うたびにとても怖かった。
わたしが人と違うって気づかれていないかすごく不安で今も……
たぶんこれからも、きっと慣れるにはまだまだ時間が必要ね」
目に涙をためたまま笑顔を向けるオリーヴ
「…メロ、ずっとありがとう。大好きよ。わたしのこの先の時間に
したらメロと過ごした時間はほんの一瞬かもしれないけど、赤ん坊だった
あなたのおむつを替えたことも一生忘れないわ」
「……後生だからそれは忘れておくれ、オリーヴ」
困り顔のメロにいたずらっぽくオリーヴは笑う。
挿絵も描いて足していきたいです。頑張ります。