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Chapter:03 星屑シンフォニー

 打ち上げ花火も全弾打ち終わり、屋台も次々に店仕舞いを始め、祭りに訪れていた住民達も次第に神社を後にしていく最中に、蓮達六人も少しだけの"寄り道"をしてから旅館への帰路を辿る。


 旅館に帰ってきて、あとは入浴を済ませて就寝するだけだ。


 女子三人が長風呂に浸かっている間に、一足先に浴場から上がった男子三人は、突如として現れた"侵入者"に慌ただしくなっていた。


「蚊だっ、蚊がいるぞ!」


 目の前に黒い点が不規則な軌道を描いて飛行しているのを見た駿河は、即座にその正体の名を口にした。

 どうやら、誰かが外から連れてきてしまったらしい。


「チッ、寝る前に気付けただけ幸いか……ッ!」


 鞍馬は瞬時に壁を背にし、視力を駆使して蚊の捕捉を急ぐ。

 もしもここで気付いていなければ、寝ている間に三人の血液はスペシャルフルコース料理としていただかれていただろう。


「だ、大丈夫だっ。俺、蚊取り線香持ってきてるから……!」


 蓮は急いで自分の鞄の中身を開け、ニワトリ柄のパッケージから緑色の渦巻を取り出し、部屋の灰皿にスタンドを立ててライターで着火する。

 ゆらゆらと線香の煙が室内に漂い、ようやく三人は落ち着く。


「蚊取り線香なんてよく持ってきてたな、蓮」


 相変わらず用意周到な奴だ、と鞍馬は感心する。


「昔、サッカー部の合宿でヤられたことがあってさ。それ以来、夏の泊まり込みには常備してるよ」


 蓮は懐かしそうに軽い思い出を話す。

 蚊と言う生物は、サッカーソックスの固く分厚い生地の上からでもしっかり血を吸っている上に、特に強力な個体は蚊取り線香の領域内ですら飛び回り、死なばもろともと言わんばかりに吸うだけ吸って力尽きるのだ、と。

 ともかくこれで虫害の心配は無くなったので、さてあとは寝るだけである。


「よっしゃ!トランプやろうぜトランプ!ポーカーでもブラックジャックでも大富豪でもスピードでもババ抜きでも七並べでも神経衰弱でもトランプタワーでも……」


 しかし意気揚々とトランプを取り出してみせる駿河だが、


「あー………ごめん駿河、俺もう眠いからパスしていいか?」


 眠そうに欠伸を漏らす蓮。


「僕もさすがにね……今日は疲れたし」


 鞍馬も同様で、早速布団に入り込んで横になっている。


「なんだよー、夜はこれからだってのに……ま、しゃぁねぇか」


 俺も寝るか、と駿河は取り出したばかりのトランプを引っ込めると、エアコンの冷房のタイマーセットをしてから消灯した。


 おやすみなさい。




 一方の、長風呂を終えてきた女子三人。

 こちらは男子サイドとは異なり、まだ眠るつもりはない。

 何故ならば、彼女らには『パジャマパーティー』があるのだから。

 パジャマパーティー、と称しているものの、着ているのはここの旅館で貸し出されている浴衣だが。


「さぁさぁさぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい、我ら三人衆による、パジャマパーティーの始まり始まりィ!」


 もう夜も遅くなると言うのにテンションを上げる静香。


「寄ってらっしゃい見てらっしゃいって……私達以外誰もいないけど」


 その静香とは対象的に、「眠いのを我慢しています」と言わんばかりに目を細めている美姫。むしろこの三人以外に他人がいたら大問題である。


「細かいことはいいのよ、こう言うのはその場のノリと雰囲気と深夜テンションに任せればいいんだから」


 先程の"寄り道"で甘酒と紙コップを買っていた静香は早速蓋を開けて紙コップ三つに甘酒を注いでいく。


「あまり大声はダメよ、隣の部屋の迷惑になるし」


 時刻を確かめながらも雛菊は注がれた甘酒を一口啜る。

 現在時刻は23時が少し過ぎた辺り。日付が変わればお開きになるだろう。


 さて、今宵の話題は何かと言うと……


「ここはやっぱり、恋バナよね!」


 早速、静香の視線が美姫に向けられる。


「さぁ美姫さん、九重くんと本当のお付き合いを始めてから二ヶ月が経ったわけですが……どうでしょうっ?」


「ど、どうでしょうって言われても……うーんと……蓮くんは、私のことをちゃんと優しくしてくれるし、私も「大切にされてるんだなぁ」って実感してるし……」


 美姫は顔を薄赤くしながらも「どう」かを答える。

 少なくとも嘘ではないし、例え蓮に同じことを訊いたとしても「優しくしてるつもりだし、大切な恋人だと思ってる」と答えるはず、と。


「それはもう知ってる。だからさ、あたしが聞きたいのはそっちじゃなくて……キスとか、"それより先のコト"ね」


 今求めているのは甘酸っぱさではなく、もっとディープなソレだと静香は言う。


「きっ、キス……ッ」


 ポンッ、と美姫の顔が一気に熱を帯びる。

 それを見てか、雛菊が割って入る。


「静香、キスをしたかどうかを訊いても意味は無いと思うわ。美姫のことだから、まだ手を繋ぐのが精一杯とかってレベルだろうし……」


「あーまぁ……そうよねぇ。付き合っている期間そのものは四ヶ月だけど、その間の二ヶ月間じゃ何もなかったし……」


 やはりそうか、と静香の中で諦念が過る。

 しかし、いつまでも二人が思うような『朝霧美姫』ではなかったのだ。


「したこと……あるよ?」


 美姫は思わず呟いてしまった。


「「……え?」」


 ………………


 …………


 ……


「うそぉっ!?ホント!?ホントに九重くんとキスしちゃったの!?いつ!?どこで!?どのくらい!?レモンの味した!?」


 身を乗り出して喰入るように近付く静香。よほど予想外だったようだ。


「うぇっ、し、静香ちゃ、落ち着いて……」


 両手を前に突き出して静香を押し止める美姫。

 鼻息を荒くしそうな勢いを抑えつつ、静香はその場で正座して美姫の独白を待つ。


「えっとね、蓮くんと付き合い直し始めた、その日の帰りに……キス、されちゃったの」


 あの日の、蓮とのファーストキスを脳裏を浮かべて、恥ずかしそうに口元を手で隠す美姫。

 二ヶ月経った今でも鮮明に思い出せるのだ。


 ――今日はここまでと思ったらいきなり後ろから抱き締められ、互いに向き直れば彼が何を求めているかを一瞬で理解し、それでもゆっくりとそっと口づけをしてくれた、あの夕暮れ時――


「うんうんうんっ、しかもちゃんと九重くんの方からキスしたんだ!くぅ〜ッ、青いッ、アオハルッ!」


 いいないいな羨ましいなー、と何度も頷く静香はぐびぐびと甘酒を飲み干しては注ぎ直す。どう見ても酒癖の悪いおっさんである。


「……確かに驚いたけど。ファーストキスおめでとう、美姫」


 自己主張が控えめで、異性が苦手だった親友の歴史的一歩に、雛菊は小さく拍手する。


「え、えへへ……ありがと、ヒナちゃん」


 恥ずかしいやらくすぐったいやら、ファーストキスひとつでここまで褒められるようなことなのかと思う美姫だが、気分の悪いことではないので素直に称賛を受ける。


「でさでさっ、キスはもう乗り越えたわけだからっ、"次"は……ねぇ?」


 むふふふ、と意味ありげな笑みを浮かべる静香を見て、美姫は一瞬で背筋を強張らせた。

 あの意味ありげな笑みは、間違いなく"良くないこと"を考えている顔だ、と。


「つ、"次"って……?」


 恐る恐るその"次"とは何かと訊ねる美姫だが、雛菊は顔を真っ赤にしながら慌てて制した。


「美姫ッ、この悪魔の囁きは聞いてはいけないわ!いい?美姫は今のままでいいのよ、大人の階段は無理をして登るものではないの!」


「え、お、大人の階段……?」


 なに、なんのこと、と美姫の脳がぐるぐると渦巻く。


「今だからよ、ヒナ。九重くんだって健全な男……言ってしまったらオス。いつ美姫を衝動のままに押し倒して、あーんなことやこーんなことをしてしまうか!」


「お、押し倒……ッ!?ダメよ静香ッ、そう言うのは絶ッッッ対にダメ!!」


「あ、あのあの、えっとえとえと……」


 静香と言う名の悪魔と、雛菊と言う名の天使が拮抗し、その間でオロオロと右往左往する美姫と言う名の人間。


「そうっ、いざって時に"間違い"が起きてからじゃ遅いの!だから、今の内に慣らしておく!」


「その慣らしの段階で"間違い"が起こるのが問題なの!下手したら停学では済まなくなるのよ!?」


「や、ふ、二人とも、落ち着いて……」


 エスカレートしていく静香と雛菊に、美姫は止めさせようとするが彼女の小さな声では聞こえるものも聞こえない。

 そう言えば甘酒は全くのノンアルコールではなく、ごく僅かながらアルコールが含まれているような、そんなことを聞いた覚えがある美姫だが、「まさか二人とも酔っているのではないか」とさえ思い始める。

 そして最初に地雷を踏み抜いたのは、雛菊であった。


「が、"学生出産"なんてッ、そんなの親御さんが認めてくれるわけないでしょうッ!」


 ………………


 …………


 ……


 暫しの沈黙。

 さて、雛菊は今、とんでもないことを口走ってしまったわけだが。

 その意味を解した美姫は……


「ひ」


「「ひ?」」




「ヒナちゃんのえっちぃぃぃぃぃーーーーーッッッッッ!!!!!」




 ビリビリビリビリと女子部屋に美姫の悲鳴とも怒号とも取れる怪音波が響き渡る。

 この後、夜勤の従業員がやって来ては注意を言いつけられ、その流れでもう三人とも寝ることにした。




 日付も変わり、丑三つ時も近い深夜。

 不意に意識が目覚めた駿河はむくりと布団から起き上がった。


「(暗いな……今何時だ?)」


 枕元近くのコンセントで充電させているスマートフォンを起動させ――まだ一時が過ぎたばかりの時刻だった。


「(まだ一時……でも、全然眠くねぇな)」


 睡眠時間はおよそ二時間ほどだが、不思議なことに眠気は無い。かなり深く眠っていたようだが、起きる時は一瞬だ。

 もう一度横になって寝返りを繰り返すものの、なかなか寝付けれないので十五分が過ぎた辺りで眠ることを諦めた。

 適当に館内でもブラつくか、と駿河は財布だけ懐に忍ばせて部屋を出た。


 一階のエントランスロビーまで降りて、とりあえず飲み物でも買うかと自販機コーナーでお茶を購入する。

 ゴトン、と音を立てて受け取り口に落ちてきたペットボトルを手に取り、キャップを回し開けようとしたところで、


「……芝山くん?」


「へ?」


 不意に名字を呼ばれた。

 キャップを握っていた手を止めて振り向いてみれば、自分と同じようにペットボトルのお茶を手にした雛菊がいた。


「おぉ、早咲さんか。こんな夜中にどうした?」


「芝山くんこそ……私は単に寝付けなかったから、眠くなるまでどうしようかって思ってたところ」


「そっか、俺も同じだ」


 まぁ俺の場合は一回寝て起きた後だけどな、と付け足す駿河。

 とは言え、寝付けずにアテも無くブラブラしていたのはお互い同じのようだが。


「ま、何もすることねぇってんなら、とりあえず座ろうぜ」


 駿河は、エントランスロビーのTVモニター前のソファを指した。

 特に異を唱えることもなく、雛菊は駿河と隣合って座る。


「………………」


「…………」


「「……」」


 沈黙だけが二人の間に存在する。


「(早咲さんと二人、なんだよな……?や、やべぇっ、なんか緊張してきたぞっ……?)」


 否、これもお近付きになるチャンスか、と駿河は声に出さないように、雛菊と何を話すべきかと思考をフル駆動させる。

 しかし、自分から話題を振ろうとするはずが、雛菊の方から先んじて話題を持って来られてしまった。


「芝山く……」


「へ、ヘイッ!?なんでごぜぇやしょうッ!?」


 思考を回している最中にいきなり話し掛けられて、駿河は声を裏返しながら背伸びして反応する。


「……何故江戸っ子風?」


「あ、いやー……なんとなく?」


 微妙に怪訝そうな顔をする雛菊に、駿河はばつの悪そうに目を逸らす。

 完全に失敗した。

 仕切り直しとばかりお茶を一口煽り、気持ちを腹の底へ落とし込むイメージをしながら飲み込む。


「……すまん。それで、なんだって?」


 駿河が落ち着いたのを見計らってから、雛菊は話の腰を元に戻す。


「今回の旅行のこと。誘ってくれてありがとうね」


「おぉ、そのことな。俺はただ誘っただけだから、礼を言われるほどのことはしてねぇけど」


「誘ってくれたのは芝山くんよ。海は気持ちよかったし、お祭りの花火もキレイだったし……楽しかった」


「そ、そりゃぁ……誘った甲斐があったってもんだ」


「……」


「……」


 だが、すぐに会話が途切れてしまった。

 駿河は再び思考を高速回転させ始める。


「(おおおおお落ち着け俺、何か話題、話題……そ、そうだっ、こんな時、蓮ならどうするか……)」


 もしも自分が蓮で、雛菊が美姫だとしたら、彼はどう行動するかをシミュレートしてみる。


 1…そっと抱きよせてあげる。


 2…キスする。


 3…それ以上。


 恋人同士でもないのにコレは全部アウトである。一番目はともかく、三番目に至ってはもはや論外だ。

 何故こんな選択肢しか思い浮かばなかったのか、駿河は自分の真っピンク色をした頭脳を殴りたくなる。

 見てみれば、雛菊も話題に困っているのか、少し困っているような顔をしているではないか。


「(や、やべぇっ、このままじゃ何事もなく終わっちまう……ッ)」


 いつ雛菊の口から「じゃぁそろそろ戻る?」と言われてしまうか。

 どうする、どうする、と心の中で慌てふためく駿河だが、ふと思い出すものがあった。


「あ、そうだっ……なぁ早咲さん」


「ん、何?」


「ちょっと、場所変えねぇか?」


「場所を変えるって、どこに?」




 エレベーターを利用して最上階にまで上がり、旅館の角地にまで移動する。

 駿河の一歩後ろをついて歩く雛菊は、ふともう一歩だけ距離を置いた。


「……その、芝山くん?人気の無い場所で私を襲おうとか、そんなこと考えたりしてる?」


「なっ、ばっ、そっ、そんなこと考えてねぇよっ!?」


 邪なことを考えているのかと勘繰られて、駿河は慌てて両手を挙げながら振り返る。


「そ、それに……もし俺が早咲さんを襲ったとしても、本気で抵抗されたら、絶対周りに気付かれるだろ」


 夜勤の人だっているんだからよ、と言い訳がましく反論する駿河。 


「そう、よね。うん、ごめんなさい。ちょっと疑い過ぎたわ」


 ……先程のパジャマパーティーで"あんなこと"を話したからだろう、とは思いつつも口にはしない雛菊。

 確かに周囲の部屋からは離れているし、ここまで従業員の一人とも擦れ違っていないが……さすがに今ここで雛菊と一線を越えるつもりも勇気も駿河には無い。

 それはともかくとして。


 何となく気まずくなりながらも、駿河は目的の場所へ到着するなり、ドアノブに手を掛ける。


「修理されてなけりゃ多分……よっ、と。よしっ」


 ガッヂャンッ、と少し荒い音を立ててドアを強引に開けた。


「ちょっ、芝山くんっ?今、無理矢理開けなかった?」


 まさか壊したのかと雛菊は咎めるが、駿河は事もなげに答える。


「ここの鍵、前から壊れてんだよ。壊れてるって知ったのは五年くらい前だけどな」


 内緒だからな、と駿河は人差し指を口元に添えて、ドアを(強引に)開けた。




 真っ先に見えたのは、一面の星空だった。




「ぁ……」


 唐突に視界に飛び込んできたそれを目の当たりにして、雛菊は一瞬、全てを忘れた。


 青藍のパレットに、月星が無造作に散りばめられているだけ。

 だが、たったそれだけでも彼女の心を奪うには十分過ぎた。


「どうだ?ここの鍵が壊れてるって知ってる人しか知らねぇ、特等席だ」


 ちょいとズルを伴うけどな、と駿河が開けたのは旅館のバルコニーに繋がるドアだった。

 勝手に開けられていることを気付かれないために、雛菊をバルコニー内に入れて、すぐにドアを閉める。


「綺麗……」


 雛菊は惚けたようにその言葉を呟き、夜空を見上げている。

 しばらく見上げてから、駿河が「この辺に座るか」と促して、二人隣合って座る。


挿絵(By みてみん)


「花火みてぇな派手なのもいいけど、たまにはこう言うのもいいと思ってよ。思い出せて良かったぜ」


「うん……」


 もう数分、二人は静かに星月夜を眺め通す。

 ふと、雛菊は駿河に話し掛ける。


「ねぇ、芝山くん」


「ん?」


「ひとつ訊きたいことがあるんだけど、いい?」


「お、なんだなんだ。無理じゃなきゃなんだって答えるぞ」


 まぁ彼女のことならば変なことは訊くまい、と駿河は軽い気持ちで構える。


「芝山くんと、九重くん、有明くん……三人はいつ知り合ったの?」


 雛菊が訊ねたのは、男子三人の出会いについてだった。


「あぁ、あいつらとか。んーとな……」


 駿河は過去にある一年前の記憶を掘り返す。




 ――俺と鞍馬、それと蓮と出会ったのは、そもそも去年も俺ら三人とも同じクラスだったんだよ。

 鞍馬はその時から既に彼女持ちで、そこはいけ好かねぇとか思ってたけど、話してみりゃぁ気の良い奴でさ。

 鞍馬とつるむようになってすぐだったっけな……放課後の教室で、なんか一人でボーッとしてるのがいてよ。まぁ、そいつがその時の蓮なんだけど。

 俺の最初の蓮に対する第一印象……自己紹介の時に思ったのは、「目付きが悪くて暗い奴」だった。

 なんかいつもカリカリしててささくれたっててよ、背も高えから近寄り難い雰囲気があった。

 そんで、ここは思い切って「どうしたんだ」って訊いてみたんだよ。

 その時の蓮は、ぶっきらぼうに「何でもない」って言ってたけど、なんにもねぇなら誰もいない放課後に一人でボーッとしてるわけねぇだろってな。

 で、ちょっと強引に遊びに誘って……意外と付き合いのいい奴で、それから何度かつるんでは遊んでいる内に、友達同士になってさ。

 球技大会でサッカーやることになって、帰宅部のくせに現役のサッカー部連中を一人で総ナメにするとか言うとんでもねぇ実力を持ってやがったんだ。

 なのになんでサッカー部に入らねぇのかって訊いたらあいつ、「サッカーは好きじゃないんだ」って言ったんだよ。

 そしたら、一年でレギュラー入りしてたエース級の奴と大喧嘩になっちまってなぁ……

 後で知ったんだけど、蓮は中学時代はサッカー部に入ってて、上手くいかねぇわ、一緒に入った友達はみんな辞めちまうわで、無駄に三年間過ごしてきたってよ。

 蓮が行ってた中学、よっぽどの強豪校だったんだなぁって思ったわ。

 それから、蓮と一緒にいる時は出来るだけサッカーの話題は避けようって鞍馬と気を付け合って、なんだかんだ言ってる内に一年経って、蓮が朝霧さんにコクられて――。




「……ってな」


 長々と思い出し語りをしたため、一度お茶を口にして喉を潤す駿河。


「そう言う早咲さんは、朝霧さんや松前さんとはどんな感じで友達になったんだ?」


 自分達のことを話したので、今度は彼女達三人について訊ねる。


「私達の方も大体同じよ。一年生の時に同じクラスになって、いつの間にか友達になってたって感じね」


「へぇ。……やっぱ友達ってのは、気が付いたらそうなってるもんなんだよなぁ」


 駿河自身、鞍馬や蓮に対して「友達になる、なりたい」と言う考えの元に接していたわけではない。

 同じ時間を過ごしてみて、気が合うからまた一緒に遊びたくなって……そうしていく内にいつの間にか友達になっている。


「……くしゅっ」


 不意に、雛菊は浴衣の袖で口元を押さえて小さくくしゃみをした。


「……ごめんなさい、ちょっと風で身体が冷えたみたいで」


「あぁ、悪い。俺にはちょうどよく涼しいくらいだったから、気付かなかったな」


 駿河は勢いをつけて跳ねるように立ち上がる。


「そろそろ部屋に戻るか」


 彼としては、もう少し雛菊と話していたかったが、彼女に無理をさせるつもりはない。


「うん、そうね」


 雛菊もペットボトルのお茶を拾って立ち上がる。

 駿河はバルコニーの出入り口付近をガラス越しに睨み、誰もいないことを確認してから、やはり強引に鍵を押し開ける。




 自分達の部屋の前にまで戻って来て、互いに別れる。


「んじゃ早咲さん、おやすみ」


「芝山くんも、おやすみなさい」


 駿河が玄関を潜るのを見てから、雛菊もドアを開けて入室する。

 ふと、襖の隙間から明かりが洩れていることに気付く。

 静香と美姫が先ほどの甘酒でも飲み直しながら女子トークでもしているのかと思い、なんの気無しに襖を開けた。

 すると……


「おかえりヒナッ。でっ、どうだった!?」


 真っ先に静香が楽しみにしていたかのように目をキラキラさせてくる。

 美姫もその一歩後ろで、緊張しながら待ってくれていた。


「……ただいま。どうだったって、何が?」


 まさか、と雛菊は背筋に嫌な汗が一滴流れるのを感じた。


「ヒナさ、さっきまで芝山くんと会ってたんでしょっ?」


「…………会ってたというか、偶然よ?」


 少なくとも嘘ではない。

 別に駿河とは時間を決めて落ち合う予定ではなく、たまたま二人とも眠れなかっただけだ。

 しかし、静香は自分にとって面白いように誤解したいらしく、話をどんどんややこしくしていく。


「とか何とか言っちゃってぇ、実は逢い引きしてたんでしょっ!もうっ、恥ずかしいからって隠さなくてもいいのに!」


「逢い引きなんてしてません。恋バナのネタになるからって事実を捏造しないの」


 全くこれだから静香は、と雛菊は呆れてみせるものの、これだけでは済まなかった。


「で、でもヒナちゃん。それじゃぁ芝山くんとは、たまたま会ったってことでしょ?」


 今度は美姫の番だ。


「そうなるわね?」


「約束してたわけでもないのに、こんな時間にたまたま会えたなんて、運命だと思うの。やっぱりヒナちゃんと芝山くん、相性いいんだよっ」


 うんうん、と頷く美姫。


「相性がいい……かは分からないけどね」


 しかしそこで「ならこれは恋であり、私は彼が好きなのだろう」とは思わないのが雛菊である。


「もーっ、やっぱりヒナと芝山くんは付き合うべきだって!って言うか、なんで付き合わないの?明るくてムードメーカーだし、リーダーシップもある、ついでに面倒見だっていいと来てるんだし、ダメな理由とかむしろ無くない?」


 しつこく駿河と付き合うべきだと迫る静香。


「もう、そんなに言うなら静香が芝山くんと付き合えばいいでしょう。私はもう一回寝直すから、二人とも早く寝るのよ」


 雛菊は呆れながら布団に潜り込んで横になる。


「ぶーぶー、ヒナの反応がドライ過ぎてつまんなーい」


「ヒナちゃん、きっと照れてるんだよ。私達も、もう一回寝よっか」


 美姫に諭されて、渋々と布団で横になり直す静香。


 消灯して暗くなった部屋の中で、雛菊は改めて芝山駿河と言う人物を思い返してみる。


 最初は、お調子者で騒がしいだけの男子だった。

 その第一印象が変わったのは、ゴールデンウィーク前にチンピラを装って"シリアス"な雰囲気を作ろうとして大失敗した時か。

 友達のために進んで損な役を買って出る、友達想いな男子。

 意外と頼りになると思い始めたのは、学園祭の準備の時。

(邪な感情はあったものの)実行委員を引き受け、出し物をより良いものにしようと奔走し、自分だけでなく人も使ってみせる。

 そして、恐らく最も大きな変化があったのは、学園祭の二日目に迷子の面倒を見てあげていたことだ。

 日頃から「モテない」だの「彼女がほしい」だのと言っている彼だが、実はそうでもないのではないか。

 この旅行でも、何かと駿河と接する機会はあったが、彼の方から告白をしてくるわけでもないし、自分自身も彼に好意を告げようとは考えなかった。

 だが少なくとも、あのバルコニーでの出来事――だけでなく、この小さな夏の旅行全体で駿河への感情がまた変化したのは確かだった。


 ――眠れなかった反動が来たのか、眠気はすぐに雛菊の意識を沈み込めた。






 翌朝。

 朝食を終えたあとはすぐにチェックアウトする予定だ。


「そんじゃぁ叔父さん、今年はありがとな!めちゃ楽しかったよ!」


 代表として纏めて支払いを済ませた駿河がオーナーに礼を言って、一行は旅館から駅へと向かう。


 まだ午前中にも関わらず――否、午前中だからこそか、地中から顔を出して脱皮を終えた雄の蝉達が、繁殖を求めるべく一斉に鳴き声をがなり立てる。

 蝉の鳴き声を送迎にしながらも、六人は駅に到着する。




 悶え苦しむような夏の気温も、車内の冷房によって堪える必要が無くなる。

 電車が発射してすぐは、冷房の涼しさに生き返るような気分を味わうが、一度生き返ったあとは、最初に雛菊、次に静香、駿河、さらに美姫までもが眠りについてしまう。

 無理もない、雛菊と駿河は深夜の間も数時間だけとは言え起きていたし、美姫と静香も雛菊が部屋に戻ってくるまで起きて待っていたのだ。


 そんな中で、蓮と鞍馬だけがシャキッとして起きている。

 蓮は普段の習慣上、早寝早起きは徹底しているために眠りは深く、起きるのは一瞬だ。

 鞍馬はと言うと、曰く「彼女のために体調は常に万全にしておくものだ」とのことで、健康に関してはとても気を遣っているらしい。

 

「蓮も寝ていいんだぞ?」


 向かいの席にいる鞍馬は、蓮に一眠りするよう促すものの、彼は「いや、起きとくよ」と首を振る。

 その蓮の右肩には、心地好い重みが寄り掛かっているからだ。


「すぅー……くぅ……すぅー……くぅ……」


 まだ眠かったのだろう、美姫は自分の隣りにいるのが蓮であるのをいいことに、彼の肩に頭を預けている。

 疲れていたんだろうなぁ、と呟く蓮を尻目にしつつ、鞍馬は隣で堂々と寝息を立てている駿河の方に目を向ける。


「(さて、こいつは昨夜どこに行ってたのやら)」


 実は鞍馬は、真夜中に駿河が一度部屋を出て行ったことを知っている。

 何か物音が聞こえて、誰かが立ち上がってドアを開けて部屋を出たのを音だけで確認してから蓮か駿河、どちらが部屋を出たのかを見れば、駿河の姿が無かった。

 加えて同時に、懸念もひとつあった。

 私生活もきっちりしているはずの雛菊が、今ここで眠っているのも不自然だと感じている。

 考えられるとすれば、


「(逢い引き……とは思えないな。そうなると、本当にただ偶然お互い起きていただけ、か)」


 駿河は雛菊と密会していたのではないか、も勘繰る鞍馬だが、昨夜に眠る前後にそのような前触れは全く無かった。そうでなければ、夜も遅い時間にトランプをやろうとするはずがない。

 自分が知り得ないだけで、どこかで"ひと夏の経験"でもやらかしていたのでは、と不埒な考えも思い浮かぶが、さすがにそれはないかとも再考する。


「すぅ……んぅ、れんくぅん……」


「ッッッ……」


 寝言なのだろうか、美姫が蓮の耳元に甘々しい声で彼の名を呼び、不意打ち同然に耳元で囁やかれて蓮は顔を真っ赤にして、それでも美姫を起こすまいと必死に感情を抑える。


「……行きも帰りも、あそこだけ外より暑いな」


 早く帰って彼女と長電話でもしたいなぁ、とぼやきながら鞍馬は目の前の"外よりも暑い席"を眺めていた。




 乗り換えのタイミングになってから四人を起こし、蓮と鞍馬にせっつかれながら慌ただしく電車を乗り換え、最寄り駅へと到着する。

 改札を抜けて、邪魔にならない駅前の広場にまで移動してから、駿河は一度荷物を下ろす。


「んーーーーーよしっ!一泊二日だけの旅行だったけど、みんなお疲れさん!定番の決め台詞だけど、ちゃんと家に帰るまでが旅行だからな、気を付けて帰るんだぞー」


 それじゃ手短に解散!と駿河の号令により、各々解散となる。


「蓮くん、一緒に帰ろ?」


「ん、家まで送るよ」


 蓮と美姫は手を繋ぎ合って、美姫の自宅の方へと向かう。

 澱みなく美姫を自宅まで送っていく蓮の背中を見て、静香は瞬時に反応した。


「……ヒナヒナっ、ちょいちょいっ」


 小声で雛菊を呼び、どうしたのかと駿河と鞍馬もそちらへ意識を向ける。


「チャンスよチャンスっ……」


 静香は一体何のチャンスだと捉えたのか?




 駅前広場から美姫の自宅は、徒歩で七、八分程度の距離。

 その美姫の自宅の近くで、蓮と美姫は少しだけ回り道をする。

 人目が付きにくいその場所まで来ると、互いに荷物を足元に置いた。


「……美姫」


 蓮は、緊張した面持ちと声で彼女と向き合う。


「う、うん、どうぞ……」


 美姫もまた緊張しながら、蓮からの行動を待つ。

 伸ばした両手を彼女の肩へ乗せ、優しくゆっくり歩み寄る。

 少しだけ屈んで、彼女の顔と自分の顔の高さを合せる。

 目の高さが平行になった時、彼女は静かに瞳を閉じて、少しだけ顎を上げる。


 そして――


挿絵(By みてみん)


「んっ、ゅっ……ふっ、んっ……ぇろっ、ふぁ、ぁんっ……ゅんっ……ッ」


 時間にしてみればほんの十秒か少し。

 距離が少しだけ離れると、二人の間を透明な糸が引かれ滴る。


 たった一日だけとは言え、二人は互いを強く意識し合い、それでも友人の手前、自重していた。

 しかし、その友人達とは少し前に解散になったので、もはや遠慮は不要とばかり、深く濃いキスを交わす。


「はぁ……なんか今のキス、すごく……えっちだった……」


「……ちょっと、口が疲れたな」


 チェリーの蔦を口の中で結べる人はキスが上手と言うのは、こういうことだろうかと蓮は認識し、




「ひえぇ……美姫ってば大人ぁ……っ」




 不意に、第三者の声が届く。


「「えぇっ!?」」 


 誰かいるとは思わなかったか、蓮と美姫は声を裏返しながら反射的にその方へ向く。

 そこでこっそりと見ていたのは、静香。

 ……だけではなく、


「す、すげぇ、海外ドラマみてぇな激しいキスだったな……」


 駿河に、


「見ているこっちが緊張したわね……」


 雛菊、


「……あぁ、僕らのことは気にしないで、続きをどうぞ」


 さらには鞍馬まで。


「な、な、な……なんでみんないるのぉぉぉぉぉっ!?」


「と言うか、思いっきり見られたよな、今の……」


 美姫は顔をさらに真っ赤にして慌て、蓮は口元を手で隠しながら俯く。


「さぁ美姫っ、九重くんっ。今のもう一回!」


 パンパンと手を鳴らしながらもう一度先ほどのキスをするように勧める静香。


「むむむ無理無理無理みんなの前でなんてそんなの私恥ずかし過ぎて死んじゃうよっ!?」


 あわあわと物凄い早口で拒否する美姫だが、悪ノリに走る静香はそう簡単には退きそうにない。

 駿河も雛菊ももう一度するのかと期待しているし、鞍馬も止めはしない。


「あ、あ、ど、どうしよ、蓮くんっ、し、しちゃう?もっかいしちゃうの……っ!?」


 しちゃう、と聞いて蓮の中で『キスよりも先のコト』を妄想しかけるが必死に振り払う。


「あー、あー、えー、と……美姫、回れ右」


「まわ、まわれみぎ?」


 蓮の言うとおり、踵を180度返す美姫。


「はい、ダッシュ!逃げるぞ!!」


 バッと美姫の手を取ると、そのまま走り出す。


「わわわっ、蓮くん……!?」


 彼に強引に手を引かれて、美姫も慌てて足を速める。


「あーっ、美姫と九重くんが逃げたー!」


「逃げるなんて男らしくねぇぞ蓮ー!」


「もう私帰っていいかしら……?」


「お熱いことで何よりだな……」


 四人の声が背中に突き刺さるが、構わず逃げる蓮と美姫。


「れ、蓮くんっ、逃げるのはいいけど、どこ行くの……!?」


「考えてない!」


 逃げると言いつつもどこへ逃げるかは考えていなかった蓮。


「そ、そんなの私置いてかれちゃうよ!?」


「大丈夫!」


 だが、自信満々で答えてみせる。




「どこまで行ったって、俺はこの手を離さないからな!」


「う、うんっ!絶対離さないでね!」




 あの日に心を通わせたのだ。

 恋愛初心者の自分達二人は、これから先も、二人で一緒に未来へと歩いていくと―――――。






 END

 と言うわけで、この続編たる『恋愛初心者の付き合いかた 〜Summer Blue〜』も、短いながら今回で完結になります。

 駿河と雛菊がだいぶイイ雰囲気になりましたが、それでも二人はまだ友達同士です。もう結婚しろよお前ら。

 そして、ロマンチックに終わると思ったらそうは問屋がおろさんと言わんばかりにドタバタオチです。


 これにて、『恋愛初心者の付き合いかた』は本当に完結になりますが、またどこかで彼ら六人の出番が来るかもしれません。


 ではこのサマフェスも、8月末まで開催しておりますので、興味関心がありましたら、こすもすさんどのみてみんのブログへどうぞ。

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