Chapter:02 打ち上げ花火はどう見たって一緒
よそのユーザーさんのブログで「日曜日に投稿予定ですが間に合いそうにありましぇん」とか抜かしてましたが、意外と間に合った件です、Chapter:02をどうぞ。
昼食を食べ終え、もう数時間遊んだところで、時刻は16時頃。
日が暮れるにはまだ時間に余裕があるものの、駿河の立てているプランニングでは、この時間帯でビーチから撤収すると決めている。
この後は一旦旅館に戻り、少し早めに夕食を食べ終えてから、旅館から少し離れた所に位置する、夏祭りが開かれる神社へ向かうのだ。
夕食後、手荷物を手早く整えた男子三人はロビーで待っている一方、女子三人は少しばかり時間が掛かっていた。
夏祭りへ向かうにあたって、浴衣に着替えているのだ。
その彼女達はと言うと。
「あのね、ヒナちゃん」
「ん?どこか苦しいところとかある?」
美姫の着付けを手伝っている雛菊は、作業片手間に反応する。
ちなみに、着付けに慣れていたために一人で真っ先に着付けを終えた静香は、手持ち無沙汰にスマートフォンを見ながら待っている。
「んとね、ヒナちゃんさ、芝山くんと付き合ってるって、ホントな……ぅえッ」
美姫は「芝山くんと付き合ってるってホントなの?」と訊こうとしたようだが、言い終える寸前に雛菊の手によって腰帯を必要以上にキツく締め上げられた。
「どこでそんなことを聞いたの?誰からとは聞かないけど。誰からとは」
口調はそのまま、「誰からとは」と強調しつつ、ギチギチギチギチと腰帯を引きちぎらん勢いで美姫のウェストを圧迫していく。
「ひっ、ヒナちゃ、ごめ、ごめんなさいっ、ゆ、許して、あうぅっ、そんなぎゅうぎゅうしたら、ち、血が、止まっちゃうぅっ……」
弱々しく謝る美姫を見て、雛菊はパッと腕の力を抜いて腰帯の位置を正しつつ、静香の方を睨む。
その静香は、雛菊からの睨みなど知らん顔するのみ。しかも、わざとらしく口笛まで吹いている。
「全く……どうせ静香から吹き込まれたんでしょう。「もしかしたら」ってだけで鵜呑みにしないの」
これでよし、とポンと軽く美姫の浴衣の腰帯を押す。
「え、学園祭の時に芝山くんと二人で一緒に回ってたんでしょ?確かあの日の芝山くん、妹ちゃんに付いてあげないとって言ってたのに……」
「その芝山くんの妹さんは、途中で帰ったのよ。私と芝山くんが付き合ってるって、か・ん・ち・が・い、した上でね」
勘違いであると言うことをこれでもかと強調する雛菊。
「そ、そうなの?じゃぁ、まだ付き合ってないけど、ヒナちゃん自身は芝山くんのことが、す、好きだったり……するの?」
「……嫌いではないわよ。恋愛感情に発展するかどうかは別だけどね」
だから余計な口を挟まないで、と雛菊は先んじて視線で静香を牽制する。
「さ、男子達も待ってるし、早く行きましょう」
雛菊の言葉に、美姫も慌てて手荷物を整え、静香もスマートフォンを鞄に放り込んで立ち上がる。
時刻は19時頃。
夏の陽光も弱まり、夜の帳が降りてくる頃合いだ。
女子三人の浴衣姿に駿河が感動し、その彼に鞍馬がツッコミを入れ、美姫は蓮に似合うかどうかと上目遣いで訊き、その蓮は照れながらも頷く、と言う昼間の海遊びと同じようなやり取りを終えて、六人は神社へ向かう。
その途中で、蓮と駿河が雑談を交わすのを尻目に、美姫は雛菊に小声で話し掛ける。
「ねね、ヒナちゃん」
「ん、どうしたの?」
雛菊も同様に小声で応じる。
「あ、あとそれと、静香ちゃんも……」
さらには静香も巻き込んで、女子三人が固まって話し合う。
蓮と駿河はそれに気付かずに雑談を続け、鞍馬だけは振り向くこともなく感覚で三人固まっていることを察し取り、「(また何か企んでるのか?)」と声に出さずに呟く。
「私は蓮くんと一緒にいるし、ヒナちゃんは芝山くんと一緒に回ったらどうかな?」
「美姫……その話、まだ続けるの?」
静香だけでなく、美姫までそんなことを言い始めるので、雛菊は露骨に顔を顰める。
「その、ね、ヒナちゃんと芝山くんって、お似合いだと思うの。だから……」
「……もう、分かったわよ。芝山くんと二人でいればいいのね?」
そろそろ雛菊も諦めがついてきた。
しかし、それを聞いて静香は何故か小首を傾げた。
「(ん?ちょっと待って?美姫は九重くんと、ヒナが芝山くんと、ってことは……)」
そこまで思い至って、静香は自分の背筋に嫌な汗が垂れるのを自覚した。
「(や、ヤバい……このままじゃあたし、有明くんと二人きりにされるっ!?)」
これはまずい、と戦慄する静香。
いくら静香が鞍馬に対して苦手意識があるとは言え、二人だけになった瞬間に鞍馬が静香に危害を加えるわけがない。
静香が何か"やらかし"でもしない限り、だが。
例え鞍馬が何の行動に出ることも無いと分かっていても、静香からすれば、とてつもなく気まずいのだ。
危機感を覚えた静香は慌てて意見を挙げる。
「いや、そのさ、せっかくの夏祭りなんだし、バラバラで行動するよりは、六人一緒に回らない?」
それを聞いて、美姫と雛菊は揃って静香に対する目を変えた。
美姫は「どうして?」と、雛菊は「突然何を?」と。
「えーーーーー、っと……ほら、海の時は荷物番とかもあって六人一緒って無かったじゃない?だから、さ」
これを言ったのが美姫ならばまだ話が分かるのだが、今日の朝から頻りに雛菊と駿河を二人きりにさせようとしている静香では、発言が二転三転しているのだ、あまりにも不自然極まりない。
「?……まぁ、別に六人一緒でもいいけど」
静香の急変ぶりを訝しみながらも、雛菊は六人一緒行動を肯定する。
尤も、美姫は「(私は蓮くんと二人きりの方が良かったけど……)」と声にせず呟いていたが、まぁいいかと割り切った。
神社に到着すれば、境内では所狭しと露店が立ち並び、その隙間を縫うように住民達が賑わう。
ソースや香辛料が焼き焦げる匂いが立ち込める中、六人は石段を歩む。
「あ、私かき氷食べたいから、買ってくるね」
かき氷の屋台を見掛けた美姫は、一言断ってから足をそちらへ向ける。
「じゃ、俺も」
美姫に便乗するように蓮も続く。
「かき氷か……」
屋台でシロップを何味にしようかと見ている二人の背を見ながら、ふと雛菊は学園祭のことを思い出した。
あの時、迷子になっていた子どもの警戒を解かせたのは、駿河だった。
そのためにわざわざかき氷を買ってきた挙げ句、そのままその子にあげてしまった。
(駿河にそんなつもりは無いだろうが)謂わば、貸しをひとつ作ったことになるのだ。
「(……ちょうどいい機会ね)」
雛菊は駿河の方に向き直った。
「芝山くん、かき氷は何味が好き?」
「ん?そりゃぁもちろんブルーハワイだな。かき氷はブルーハワイのためにあるようなもんだ」
そこまで豪語するほどのことだろうかと思いつつも、雛菊は「ブルーハワイね、分かった」と頷いて、屋台へ向かう。
蓮がみぞれ味、美姫がメロン味のかき氷を手にするの見送ってから、ブルーハワイ味を注文する雛菊。
発泡スチロールの容器に山盛りの細氷が詰め込まれ、鮮やかな蒼色に彩り滴る。
戻って来た雛菊は、手にしたそれを駿河に差し出した。
「はい」
「へ?」
雛菊にいきなりかき氷を差し出されて、駿河はキョトンとした顔になる。
「前の学園祭のお礼。迷子だったあの子にあげちゃったかき氷は、これで返したからね」
「ん?迷子……あぁ、あの時のか!」
合点が入ったようで、駿河はポンと手を鳴らす。
「え?いやでもよ、いいんか?」
学園祭の事は思い出せた駿河だが、雛菊に貸しを作ったとは思っていなかったのだ。故に無料で貰っていいのかと戸惑う。
「いいのよ、素直に貰ってくれると助かるから」
「お、おぅ。んじゃ、遠慮なく……」
遠慮なく、と言いながらも駿河は申し訳なさそうに雛菊からかき氷を受け取る。
その二人の様子を見つつ、静香と美姫は小声で耳を寄せ合っていた。
「いいねいいね、ヒナの方から歩み寄ってる感じっ」
「うんうん、芝山くんもやっぱりヒナちゃんのこと気にしてるよね」
美姫と静香が何を話しているのかは分からない蓮だが、二人の視線の先に駿河と雛菊がいるのを見て……鞍馬に小声で話し掛けた。
「なぁ鞍馬、駿河ってやっぱり……」
その先を言うよりも前に、鞍馬は制した。
「駿河本人の自覚はまだ無いみたいだけどな」
まだしばらくは見守るだけにしておこう、と男二人の間で沈黙が交わされる。
櫓の上に立つ和太鼓が打ち鳴らされ、その周囲を盆踊る様子を、少し遠くのベンチから座って眺める六人。
休憩、と言うよりは蓮、美姫、駿河の三人がかき氷を食べるための時間取り。
それと、打ち上げ花火を見るための場所取りも兼ねている。
かき氷を食べ進める中、不意に駿河は食べる手を止めた。
「ふー……」
「芝山くん、どうしたの?」
少し疲れたように息をつく駿河を見て、雛菊はどうしたのかと声を掛ける。
「いやさっき、晩飯結構食ったからな、腹一杯になっちまってさ」
あぁそうだ、と何か思いついたらしい駿河は、半分くらいにまで減ったかき氷にプラスプーンを突き刺して、それを雛菊に差し出した。
「残りちょうど半分くらいだし、あとは早咲さんが食っちゃってくれ」
「……えっ!?」
一拍の間を置いて、雛菊は驚く。
その雛菊の驚く顔を見て、瞬時に静香は声に出さずに反応した。
「(おぉっ、これはもしや間接キスフラグ!?芝山くんやるぅ!)」
さらに言うと、声を出さずに反応したのは静香だけではない。
「(そ、そんな堂々と間接キスさせるのか!?……やるな、駿河)」
蓮は駿河の勇気(?)に敬意を表し、
「(芝山くんも大胆だけど……そこですぐ拒否しないヒナちゃんもヒナちゃんだよね……)」
やはり脈アリ、と美姫は緊張しながら様子を見守り、
「(……こいつ、間違いなく天然でやってるな。ある意味で蓮以上のニブチンか)」
鞍馬は内心で呆れる。
肝心の駿河は間接キスのことなど頭の片隅にも無いらしく、しどろもどろな雛菊を見ても「遠慮しているだけ」としか捉えられなかった。
「あ、早咲さんも腹一杯とか?」
「い、いえ、そう言うわけじゃ、ないんだけど……」
「元はそっちの金で買ったもんなんだ、気にすんなって」
ほれ、となんの気無しにかき氷容器を差し出し直す駿河。
この瞬間、雛菊の中で高速で脳が回転される。
「〜〜〜〜〜っ……(芝山くんは間接キスを狙ってるとかそんなことは考えていないのだし純粋な善意で渡してるだけで間接キスなんて考えてないしあぁでもここで断っても不自然だし食べたら食べたで静香が間接キスってうるさいし美姫も黙っていないだろうしって言うかどうして私は間接キスを断ろうとしないのよ間接キスが嫌なら嫌って言えばいいのに何で間接キスしても別にいいかとか思ってるのいいえむしろ別に間接キスしてもいいかと思うってことは私自身芝山くんのことはそこまで意識してないってことになるわけで間接キスなんか気にしてないってことにもなるわけでちょっと待ってだったら何で間接キスくらいで驚いてるし間接キスくらいで緊張もするし間接キスなんかでドキドキもしてるのよおかしいじゃない矛盾してるわそんなの私らしくないし間接キスなんて私らしくないし間接キス間接キス間接キス間接キス間接キスかんせつキスキスキスキスキスキス……)わ、分かったっ、食べればいいんでしょっ」
400文字近く葛藤した末に、雛菊は駿河からかき氷容器を奪い取り――半ばやけくそになってかっ食らう。
「お、おいおい、そんな慌てねぇでも……」
駿河は、ある生理現象を懸念した。
かき氷を食べたことのある者なら誰でも一度は体感したことがあるだろう。
「ッッッッッ…………」
途端、雛菊はこめかみの辺りに手を当てて力無く俯く。
通称、『頭キーン』である。
「あちゃぁ……そりゃそうなるわな、大丈夫かよ?」
空になったかき氷容器を雛菊から受け取る駿河。
その雛菊は俯くことで熱の入った頬を隠しながら「(誰のせいだと思ってるのよ……ッ)」と駿河を恨む。
「……よしっ」
すると何を思ったのか、蓮はプラスプーンで自分のかき氷を掬うと、それを美姫の口の前に差し出した。
「美姫、あーん」
「えぇっ!?れ、蓮くんっ……何もこんなみんなの前でしなくても!」
さすがに無理だよ、と美姫は顔を真っ赤にしながら慌てる。
「いや、俺も負けてられないなって」
蓮は、密かに駿河に対抗心を燃やしていた。
彼はあぁにも堂々と間接キスと言う行為をさせてみせたのだ。
ならば自分も……と思うのは蓮にとっては当然、けれど美姫からすれば恥ずかしすぎて冗談ではすまない。
「な、何に対抗心燃やしてるの……って蓮くんっ、待って待って待っ……ぁむっ!?」
待ってと連呼する美姫の口の開閉に合わせてタイミングよくスプーンを突入させた蓮。
スプーンを引き抜けば、盛られていたかき氷はしっかりと美姫の口の中に納められていた。
「……りぇ、りぇんくんのぃぇっち」
かき氷をモゴモゴさせながら「蓮くんのえっち」と睨む美姫。
惚けたようにその様子を見ていた他四人だが……
「あーあー!あたし、ちょっとお手洗いに行こっかなー!?」
不意に静香はわざとらしく声を上げながらその場から逃げるように立ち去る。
「……なんだ、急に気温が上がってきたな。僕も少し飲み物でも買ってくるよ」
一言断ってから、鞍馬は屋台の並ぶ境内の方へ向かう。
その場に取り残される、蓮と美姫、駿河と雛菊。
「……さすがにやり過ぎたか?」
人前で無理矢理に食べさせるのは拙かったか、と蓮は呟く。
「ん、く……もう蓮くんってば、びっくりしちゃったよ。喉が詰まったらどうするの」
かき氷を飲み込んでから、頬を膨らませる美姫。
「そりゃ蓮お前、俺らの前で堂々と『あーん』なんてしたら松前さんや鞍馬だって居たたまれねぇわな」
呆れたように笑う駿河だが、
「今の芝山くんが言えることじゃないでしょ……」
ようやく頭痛も治まったのか、雛菊は溜息をついた。
とりあえずは、静香と鞍馬が戻って来るのを待つことにした。
「(いやー、九重くんも芝山くんもやるねぇ……)」
先に申した通り、神社のお手洗いで用を済ませた静香は、顔が緩みそうになっているの押し隠していた。
(おそらく無自覚だろうが)駿河と雛菊の間接キスに、それに充てられて蓮が美姫に『あーん』を敢行(こちらももちろん間接キスである)。
既にお互い好き合っている蓮と美姫はともかく、駿河と雛菊の間接キスは大きな進展だ。
特に、あそこまで慌てている雛菊を見るのは新鮮で面白……基、珍しい。
このまましばらく皆とは別行動を取るのもいいかもしれない。
「(……って言うか、有明くんと二人でなければいいだけで、最初からこうしておけば良かったなかな?)」
先程は『鞍馬も二人にされる』のを危惧したために慌てて六人行動の案を挙げたものの、このように自分が単独でいれば問題は無い。
とは言え、「お手洗いに行ってくる」と言った以上はあまり長時間一人でいると心配されるだろう。
「(よし、今からざっと十五分くらいは一人で見て回ろうかな。遅かった理由を訊かれたら、ナンパされたとか何とか言って……)」
「ねぇそこの君。もしかして一人?」
静香がそう思ったのが前触れだったのか、見知らぬ青年が声を掛けてきた。
にこやかそうな雰囲気を醸し出し、「邪なことなんて考えてません」とでも言いたげな様子を見せているが、一人でいるのかと訊くところ、
「(あっちゃぁ……まさかホントにナンパされるとか無いわ)」
つまりはそう言うことだろう。
しかも、さりげ無くお手洗いの壁との間に挟み込むように位置取られている。
だが静香とてこの状況が初めてでも無い。
初めての時は、"もっと質の悪い相手"に詰め寄られたのだから。
「は?あたし、友達待たせてるんだけど」
素っ気ない態度を見せながら、「あんたなんて興味ありません」をアピールしつつ、青年の脇を通り抜けようとするが、擦れ違う寸前に腕を掴まれた。
「君さ、彼氏とかいなかったりする?せっかくのお祭りなんだし、俺で良かったら……」
「ちょっと……離してよ!」
振り払おうにも、思いの外強い力で掴まれているようで、静香一人では振り切れそうにない。
「それに君、この辺りじゃ見ない顔だし、エスコートするよ?」
口調こそ穏やかなそれだが、掴む力は弱めずに迫って来る。
「や、ちょっ……」
周囲に人気はなく、声を上げても他の誰かに聞かれるか分からない。
「(だ、誰か助けて……ッ!)」
声に出そうにも、迫られる恐怖に喉が渇き詰まってしまう。
怯える様子を見て御し易い相手だと思ったのか、青年はさらに距離を詰めて、もう片方の空いている手で彼女の浴衣をはだけさせようと伸ばすが、
不意に割り込まれた手にそれを振り払われた。
「コイツ、"オレ"のなんだけど?」
その割り込んだ相手とは、
「ぁ、あ、有明、くん……?」
もっと質の悪い相手――鞍馬だった。
「な、え……」
いきなり彼氏(?)が現れたことで、青年は途端に狼狽える。
「彼氏がいるかどうかも訊かずにナンパしたのかい?いい度胸してるねぇ、アンタ」
トーンを落とした声で青年を睨み付ける鞍馬。普段の彼とは思えないほど――それこそ、静香に真偽を問い質した時以上の怒気だ。
「しかもなんだ、そのナンパ相手がよりにもよって"オレ"の彼女ときた。……斬り落としてやろうか、その薄汚いブツ」
すると鞍馬はポケットに手を入れて――ナイフを抜いてみせ、青年の下腹部に切っ先を向けた。
「ひっ……すっ、スイマセンでしたぁっ!」
刃物を見た瞬間急に弱気になったか、青年は慌てて逃げて行った。
「全く……ナンパ師としては三流。男としてはド三下以下だな」
ナイフをポケットに戻し、声色も戻った鞍馬は背後で怯えている静香に向き直る。
「大丈夫か、松前さん」
「だ……だい、じょぶ、だけど……」
静香は恐る恐る鞍馬のポケットを指差す。
「有明くん……そんなの持ち歩いてるの……?」
「ん?あぁ、コレ?」
なんだそのことかと鞍馬はひょいとナイフを取り出すと、カシャカシャと刃を素手で触りながら上下させてみせる。
「手品によくあるだろ?」
どうやら玩具のナイフのようで、刃もゴムか何かで作られている。
だがそんなものでも、何も知らない相手を脅かすには十分だ。
「……そ、その、ありがと」
些か暴力的な手段だったとは言え、助けてもらったことに変わりはないため、素直に礼を言う静香。
「どう致しまして。しかしまぁいるんだよなぁ、こう言うお祭りの時に"ひと夏の経験"をしたがる輩が。松前さんが一人でお手洗いに行くって言うから、こっそり後を追ってみたらビンゴだったよ」
そうじゃなかったら僕はただのストーカーだな、と鞍馬は苦笑する。
「さて、用は済んでるみたいだし、みんなのところに戻るとしますか」
「う、うん」
鞍馬に促されて、静香は彼の隣に付く。
しばらく無言のままで歩く二人だが、ふと静香の方から話し掛けた。
「あの、さ、有明くん」
「ん?さすがにさっきのことで恩を売るつもりはないけど?」
「そうじゃなくてさ……その、有明くんは普段は自分のこと「僕」って言ってるけど……さっきは「オレ」って言ってたよね?」
加えて言えば、あたかも静香を自分の彼女であるかのように振る舞っていた。
「どっちが素の自分なのかって質問なら、普段は「僕」だよ。……ただ、「僕」だと相手によっては侮られるからねぇ。チャラ臭い相手には「オレ」で通してるってだけさ」
「そ、そうなんだ……あ、あと、それと」
その理由を訊いて、静香はもうひとつ訊きたいことが増えた。
「さっき……どうして助けてくれたのって、訊いていい?」
静香は何故鞍馬が助けてくれたのが、少し気になっていた。
鞍馬からすれば、自分など一度痛い目に遭えば良いとさえ思っているだろうに。
それに対する鞍馬の答えは、至って単純だった。
「友達が危険な目に遭ってるなら、助けに行くのは当然だろ」
何を当たり前のことを、と鞍馬は呆れたような顔をする。
「と言うか、松前さんがそう言うことを僕に訊くってことは……随分と嫌われたもんだな」
ゴールデンウィークの時に脅かしたことを、相当恨まれているようだと鞍馬は読み取ったが、静香は慌てて首を横に振る。
「ち、違う違うっ、嫌ってるわけじゃなくて……なんて言うか、あたしと有明くんって、"友達"だったんだなーって。ずっと、『友達の彼氏の友達』みたいな感じだったから……」
「やけに遠回しな関係だな?そんな建前無しに普通の女友達だと思っていたんだけど……まぁ、松前さんからしたら、『けじめをつけさせるためにマネーをせびるような相手』を友達だと思いたくはないか」
「それはもう解決済みってことにしたじゃん?そりゃね、もう何とも思ってないわけじゃないけどさ……うぅん」
なんからしくない、と静香はぶんぶんと頭を振った。
「じゃ、今日からあたしと有明くんは友達になりましたってことにしよ!うんっ、それでよし!」
「(……無理矢理感はするけど、まぁいいか)」
あえてツッコむこともあるまい、と鞍馬は静香が納得したいようにすることにした。
元いたベンチにまで戻って来ると、四人ともそこで待ってくれており、駿河が手を振りながら呼んできた。
「おーい、二人とも早く来いよー!そろそろ花火が始まるぞー!」
駿河に促されて、ベンチに座る鞍馬と静香。
まるで二人が戻って来るのを待っていたかのように、彼方から光が打ち上がり――
ポン、と言う炸裂音と共に幻想的な光華が放たれ、暗蒼の夜空を極彩色に煌めかせる。
「おぉ……」
「わぁ……」
蓮と美姫が、感嘆の声を重ねた。
続いて二発、三発と打ち上げられ、ポポン、と色彩の異なる花火が並ぶ。
「祭りと言やぁ、やっぱ花火だろ」
「祭りの花火でも、夏じゃないと風情が無いものね」
駿河と雛菊が、花火への率直な感想を述べた。
次々に花火は打ち上げられ、一面の夜空を埋め尽くすかのように、七色の花々は閃光と共に咲き誇る。
「夏の思い出って言うのは、こうあるべきだな」
「……ま、友達同士でこう言うのも乙なものってヤツ?」
鞍馬と静香が、思い出について呟き合った。
最後に一際大きな花火が打ち上げられ、夏祭りは終わりを告げる。
この後は旅館に戻り、就寝を迎えるだけ。
だが、夜明けを迎えるまでにドラマがもうひとつ生まれることなど、この時の彼らには想像することは出来なかった――。
と言うわけでChapter:02でした。
無自覚に雛菊との間接キスを為す駿河、それを見て対抗心を燃やす蓮は美姫に強制『あーん』を敢行、そして久々登場、黒魔こと黒い鞍馬と、静香との和解(?)の3本でお送りしました。
一応、次でサマフェス小説は最終回になります。