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お父様と一緒①

「おはようございます、サスリカお嬢様」

「ヴィー、おはよー……」


 ヴィーが部屋のカーテンを開けると、ベッドには眩しい朝日が差し込んだ。


 壁にかけられた女の人の絵も眩しく照らし出される。あれ、この絵、前は風景画じゃなかったっけ……?

 気のせいかな……?


「ほら、もう起きなくてはなりませんよ。朝食をお持ちしましたからね」

「うん、食べる……」

「パンですよ。あーんしてください」

「あーん……」


 頭が半覚醒のままヴィーにお世話をしてもらう。

 極楽気分だー……って、


「おかしくない!?」

「何がですか?」

「前はぼく、食べさせてもらったりしてなかったよ! 最近のヴィーなんかおかしくない!?」

「おかしくありませんよ。ほら、お着替えしましょうね。ばんざーい」

「ばんざーい……ってだからおかしいよ!」


 たしかに今のぼくは子供だけど、5歳児だけど、前のヴィーはこんなんじゃなかった……。


「はぁ。今日は書庫で絵本を読むから。お昼になったら呼んでね」

「かしこまりました。では……」


 よいしょ、とヴィーがぼくを抱き上げる。


「このままお運びしましょうね」

「ありがとー……ってだからおかしいよ!」


 ヴィーは「?」と首を傾げて何がおかしいのか分からないような顔をしていた。


「もー、一体どうしたの? 具合が悪いの?」


 抱っこされた状態なので、ヴィーの顔が近い。ぼくはヴィーのおでこに手を当てた。


「熱はない……というか、冷たすぎてよく分かんない……」


 ヴィーはおでこも冷たかった。


「♪」

「……なんか、機嫌が良さそう?」


 最近ずっと一緒にいるようになって、無表情なヴィーの機嫌が読めるようになってきた。これは機嫌が良い時のヴィーだ。


「さ、書庫へ向かいましょうね」

「このままー? ぼく、赤ちゃんみたい……」


 ヴィーに運搬され、ぼくは書庫へ向かった。



 書庫へ来たのは、絵本を読むためだ。


 この屋敷には本当に子供が好むような娯楽がない。だから、せめて普通の本よりは難しくない絵本を楽しもうと思った。いつまでもヴィーの邪魔をするわけにいかないしね。

 絵本を読んでたくさん言葉を覚えたら、お部屋の本も読めるようになるし。一石二鳥。がんばるぞ。


 この前調べて、書庫にはほんの少しだけ絵本があることを確認している。その大半が外国語(今のぼくにとっての外国語。サスリカが済むこの国の外の国だ)なので、おそらく子供用ではなく学術的な資料用なんだろう。それでもありがたい。


「はなのめがみ、と……ふぶきの、かいぶつ」


 絵本のタイトルを読み上げる。

 さ、読むぞー!



 ……と息巻いたものの、1時間もすればぼくはすっかり飽きてしまっていた。子供の集中力なんてこんなものだ。


「うーん、お庭に出て気分転換でもしようかなー……」


 足をぶらぶらさせながら考える。書庫の椅子は大人用で、背が高いので、座ると足が浮いてしまうのだ。


 今日のドレスはヴィーが選んでくれたもので、リボンがたくさんついた可愛いデザイン。きっと庭でくるくる回ったら広がってさらに可愛くなる。

 うん、がぜんお庭で遊びたくなっちゃった。


「サスリカお嬢様、お紅茶をお持ちしました」

「ヴィー! ありがとう」


 ヴィーがティーセットの乗ったワゴンを押しながら書庫へやって来た。


「ねぇヴィー、そろそろお庭に行きたいなって思ってたの。お庭でお茶にしない?」

「それは良いお考えですね」

「ごめんね、書庫まで運んでもらったのに」

「いいえ、問題ありません」


 ぼくはヴィーと並んで庭へ向かう。歩きながらヴィーの隣でくるりと回ってみせると、ヴィーはぼくの意図に気付いて「よくお似合いですよ」とドレスを褒めてくれた。


 ふと、気付いたことを口にする。


「ねぇヴィー。このドレスって新品だよね?」

「そうですね」

「ぼく、まだ一度も同じドレスを着たことがないんだけど、一体このお屋敷にドレスは何着あるの……?」

「あぁ」


 ヴィーはひとつ頷いた。


「それは、毎月新しいドレスが屋敷に届くからですね」

「毎月!?」

「はい。お嬢様は育ち盛りでいらっしゃいます。日々お身体が成長していらっしゃるでしょう? だから、ドレスが足りなくならないように、毎月仕立て屋に作らせているのですよ」

「で、でも採寸とか、ぼくしたことないよ?」

「それは、朝のお着替えの時に私が」

「朝の着替えの時に!? 毎日測ってるってこと!?」

「そうですね」

「なんでそんなこと……そんなにいっぱいドレスいらないよ。外に出るわけでもないんだし」

「旦那様のご命令ですので」

「お父様の?」


 まだ会ったことがないお父様。

 同じ屋敷に住んでいるはずなのに、顔を見たことも、声を聞いたこともない。ここまで会わないと言うことは意図的に避けられているのだと鈍いぼくでも分かる。


「お嬢様がお困りになることがないよう、そして生活に飽きがないよう取り計らえと、旦那様からご命令を受けております」

「あれ、じゃあもしかして……」


 部屋の絵がたまにかけ変わってるのも、壁紙や絨毯が定期的に変わるのも、本棚の本が入れ替わるのも、全部……


「旦那様のご命令です。お嬢様が退屈なさらないようにと」

「お父様がそんなこと……」


 お父様は謎すぎて、最近あんまり不思議に思わなくなっていた。

 きっとぼくのことが嫌いなんだろうと思っていたお父様が、まさかそんなにぼくのことを考えてくれていたなんて。


「……なんでそこまでしてくれるのに会ってはくれないんだ!?」

「それは、その、お忙しいので」

「ふーん……」


 この屋敷は大きくふたつに分かれている。


 お父様が暮らす本館と、ぼくが暮らす別館だ。ふたつの建物は渡り廊下でつながっているから隔てられているって感覚はないけど、実質別の家みたいなものだ。


「本館にお父様はいるんだよね?」

「はい、登城のご予定がない日は、本館の執務室にいらっしゃいます」

「ぼく、お父様にお礼が言いたい。たくさんドレスを買ってくれたり、お屋敷の模様替えをしてくれたり、ぼくのために色々してくれてるなんて知らなかったよ」

「ですが、旦那様は……」

「ぼくに会いたくないんでしょ? 任せて!」


 会いたくないのなら、会いたいと思わせるまでだ。


「ぼくに会いたいって言わせてみせるよ!」

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