執事と一緒③
ヴィー視点。
この頃、お嬢様のご様子が変わられました。
以前は常に暗い面持ちで、無口で、部屋に篭りきりだったお嬢様が、一週間前に悪夢を見て飛び起きて以来、まるで別人のようなのです。
以前とは打って変わってよく笑うようになり、お喋りで、活発に屋敷を走り回っています。
そして何故か自分のことを「ぼく」と言います。
以前は私の名前を呼ぶことすらなかったと言うのに、今では毎日「ヴィー、ヴィー」と私を見つけては近寄ってきます。
その様子を見ていると、私は胸の内がなんだか……うまく言い表せないような、どこかそわそわとした心持ちになるのです。
以前のお嬢様に対して、特に思うところはありません。
私はあくまで旦那様にお仕えし、その長い退屈にお付き合いするだけの存在。お嬢様のお世話もお屋敷の管理も、言ってしまえばそのついでに他なりません。
私には嬉しいことも悲しいことも、なにもありません。
ただ淡々と冷たい屋敷を管理するだけ。
ただの旦那様の僕。お嬢様は、旦那様の娘というだけの存在。
……ただそれだけ、のはずでした。
「ヴィー、何やってるの?」
「っ、旦那様……」
月が空の真上に輝く夜更けのこと。
執務室で旦那様のお仕事のお手伝いをしていた私ですが、ふとお嬢様のことを考えてしまっておりました。
「なにそれ? 紙で作った……ごみ?」
「サスリカお嬢様から頂いたものです。花を模して作ってくださったようですよ」
「花? へぇ……」
この冷たく凍る国には、春は来ません。
一年の大半が吹雪に閉ざされ、ほんの一時、日が差す時期があるだけです。
「……花の咲かないこの土地で、こんな私に花を贈ってくださる方が居ようとは、思いもしませんでした」
「…………」
ただ旦那様の命令に従うだけの下僕。そんな私に感謝をお示しになり、こんな贈り物をくださる。
お嬢様の花のような笑顔を頭に思い描き、胸の内があたたかくなるのを感じます。
「……随分仲良くなったようじゃないか」
「仲良く……?」
仲良くはありません。主人の娘と使用人が仲良くなど、あり得ません。
「きっとお父様とお会いになれず、お寂しいのでしょう。それで私にお構いになるのです」
「…………」
「本当にお嬢様にお会いになる気はないのですか?」
「ないよ」
旦那様は、お嬢様とそっくりの銀髪と夜色の瞳を輝かせ、冷たくそう言い捨てました。




