大公様と一緒④
「庭園楽しかったね! あんなに綺麗な薔薇、初めて見たよ!」
「それなら良かった」
庭園の先客、二人の王子たちは、お父様に挨拶をするとお庭からいなくなってしまった。
「気難しい子達でね〜僕も困ってるんだよ〜」
とは大公様の言だ。
ぼくとリオはお庭を存分に楽しみ、薔薇の木の周りを駆け回り、かくれんぼをしたりした。
「そういえば、お父様は大公様となにかお話ししてたよね? なんのお話してたの?」
「え? 別に、どうでもいいことだよ」
お父様はにっこり微笑んで答えた。
「今日は来てくれてありがとー! 絶対また来てねっ」
ぼくたちの帰り際、大公様は謁見の間からはしゃいで見送ってくれた。
「はぁ、もうしばらくは来なくて良いね」
「なんでそんなこと言うのー、せっかくのお友達なのに」
「だからあいつは友達じゃないって」
またそんなこと言って。
「……あ!」
そうだ、大公様に言いたいことがあったんだった。
ぼくはお父様から離れて、大公様のもとに近寄る。
「大公様?」
「んー? 忘れ物?」
大公様は長いお耳をぴょこぴょこと揺らす。
「あのね、言い忘れたことがあって」
ぼくはお父様たちに聞こえないよう、大公様のお耳に口を寄せてこそっと話した。
「確かにお父様は不思議なところも多いけど、ぼくはお父様のこと、怖いなんて思わないよ」
「……それはどうして?」
「お父様は絶対にぼくの味方だもの」
お父様はちょっと変わってるけど、その心の内側はとっても優しくてぼくたちのことが大好きなんだって、ぼくは知っているからね。
えっへん。
ぼくはお父様の愛娘なので。
「あと、今度来た時は大公様の知ってるお父様のお話とか、教えてね」
大公様が返事をしない。
……ぬいぐるみが壊れた? ぼくは耳を掴んでぬいぐるみを振り回した。
「やめてやめて! 壊れてないよ!」
「なんだ、良かった」
「今壊れるところだったよ!」
大公様は自分でしわになった耳を直して、居住まいを正した。
「君のような子がメテオラスと出会ってくれて良かった」
「え?」
「君は……凍った心を溶かす、春のような女の子だね」
「えぇー?」
褒めすぎだよー!
「サスリカー? そんなのに構ってないで早く行くよ」
「はーい!」
お父様が呼んでる。行かなくちゃ。
「じゃあねー、大公様。またね!」
「うん、またねー!」
そういうわけで、今回のお城訪問は楽しく終わったのだった。
*
「お嬢様が学院に入学するとなれば、準備をしなくてはなりませんね」
王都から領地に帰る馬車の中、ヴィーが言った。
「準備?」
「領地のお屋敷から毎日学院に通うのは現実的ではありません。学院には寮がありますので、そこに入るのがよろしいでしょう」
「寮かぁ……」
なんかロマンスの香り!
全寮制の学校なんて素敵だな。今からワクワクしちゃう。同室の子と仲良くなれるかな?
向こうへ持っていくお気に入りのお洋服とか、荷物をまとめないとね。
「…………」
お父様は会話に参加せず、無言でぼくの頭を撫でている。
「お父様、もしかしてぼくが学院に行っちゃうの寂しい?」
「寂しい……?」
お父様が首を傾げる。
「寂しいかは分からないけど、お前がいなくなったら屋敷が静かになるなぁって、そう考えていたよ」
「なにそれー」
まるでぼくがいつも煩いみたいじゃない。
「何も変わらないさ。お前が僕の部屋に侵入してくる前の日々に戻るだけだもの」
「…………」
そう言うお父様の横顔は凪いでいた。
まったく、世話のかかるお父様なんだから。
「ぼくが学院に行く日まで、ずーっと一緒に寝ようね!」
「はいはい」
「ねえさま、おれも……」
「リオは一緒に王都へ行くんでしょー?」
「お嬢様、私も」
「賑やかで楽しいね!」
学院への入学まであと少し!
*
「すぅ、すぅ……」
「ねえさま、寝ちゃいました」
「遊び疲れたんだろうね」
父さんは優しい手つきでねえさまの額にかかる前髪をよける。
ねえさまは楽しい夢を見ているのか、嬉しそうな表情をしていた。
「父さん、庭園での大公様とのお話はなんだったんですか?」
「そんなに気になる?」
「だって、『結婚』とか聞こえたから……」
お城の庭園、ねえさまとかくれんぼをしながら漏れ聞いたお二人のお話。
ねえさまの結婚がどうとかっていう話……。
「あいつに言われたんだよ。サスリカを王子どっちかの妻にくれないかって」
「えぇっ!」
おれたちの家、ズィマレスター公爵家は三大公爵家に数えられる歴史ある家柄だ。大公家の許嫁となっても何ら不思議はない。
いずれそんなことがあるんじゃないかと思っていたけど……。
「ねえさまが婚約……そんなの……」
「何言ってるの、断ったよ」
「へ……?」
断った?
大公家からの打診を?
「そ、そんなことできるんですか。ていうか、ねえさまに言わないんですか……」
「なんで? 言う必要ないでしょ。僕の娘が大公家に嫁入りなんて、ありえないもの」
暗く沈んだ窓の外に目をやり、父さんは呟く。
「少なくとも、約束が果たされるまではね……」
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