ヴィーとお出かけ③
……気まずい。
おれ、リオは公爵様とふたり、重々しい沈黙の横たわる談話室にいた。
ヴィーとねえさまは急遽お出かけに行ってしまった。
おれもねえさまとお出かけしたかった……じゃなくて。
「僕はヴィーと違って屋敷中を把握したりしてないから、今日は僕の目の届くところにいるように」
公爵様がそう言うので、おれは公爵様と一緒に談話室にいる。
公爵様は窓の外を見ながら紅茶を飲んで、おれは本を読んでいる。
それはいいんだけど……。
「なに?」
「な、なんでもないです」
おれの視線に気づいた公爵様が尋ねる。おれは慌てて首を振った。
公爵様と二人はまだ慣れない。
ねえさまがいる時はそうでもないけど、それ以外では公爵様はちょっと怖い。
冷たいというか、壁があるというか……。そんな公爵様にいつもいつも突進していくねえさまはすごいと思う。
ねえさま、公爵様が不機嫌そうな時でもぐいぐい行くからなぁ。
あれが許されるのはねえさまだけだ。こっちは見ていてはらはらする。
「腹が減ったの?」
「あ……う、うん」
「それなら早く言いなよ」
そう言うと、公爵様はティーカップを置いてソファから立ち上がり、部屋を出て行った。
「…………」
公爵様、行ってしまった……。
はぁ、どうしよう。
緊張してしまってよく分からないまま頷いてしまった。
いや、おれからすれば公爵様はライバルだし。別に気を使わなくてもいいんだけど。
そう思っていたら、公爵様はすぐに戻って来た。
両手にサンドイッチを乗せた皿を持ち、なんかもぐもぐしている。もうつまみ食いしたらしい。
「お昼にしよっか」
「は、はい」
そうしておれと公爵様のお昼ご飯が始まった。
二人とも無言で、ひたすらサンドイッチをかじる。
なんだろうこの時間……。
公爵様はテーブルの上に難しそうな書類を開き、それをパラパラめくりながら食事を進める。
ながら食べだ。
公爵様、おれと二人で退屈しているんじゃないかな。おれはねえさまみたいにお喋りしたりできないし。
「……その」
「ん?」
「おれ、今日は部屋で大人しくしています。だから、公爵様も好きに過ごして……その、大丈夫です、よ?」
「……?」
きっとおれの面倒を見ていないといけないから、執務室にも行けず、お仕事も進まないんだろう。
そう思って言ったのに公爵様は得心いかないようだった。
「僕は好きに過ごしてるけど?」
……まぁ、さっきから好きに紅茶を飲んだり、書類を見たり、言われてみれば公爵様は好きにしてるけど。
おれが言ったのはそう言う意味じゃない……。
「その、おれはねえさまみたいに、面白いお話とかできないし、おれといても……」
「そりゃあ、サスリカはいつも愉快だけど。何? さっきから何が言いたいの?」
「だっ、だから」
おれは勇気を振り絞って言う。
「無理して……おれと一緒にいてくれなくていいって、そう、言いたくて」
「別に無理してない」
そう言うと、公爵様は資料に視線を戻してしまった。
えぇ……。
その後も、おれたちは無言で食事を続けた。
*
あれからすっかり時間はすぎ、夕方。
窓の外では赤々とした夕日も引っ込んで、そろそろ本格的に暗くなる頃合いだ。
「ねえさまたち、遅いですね……夕飯には戻るって言ってたのに……」
「ヴィーが一緒なんだから大丈夫でしょ」
公爵様はあっけらかんと言う。なんでそんなに適当でいられるんだろう。
ねえさまが心配じゃないの?
「でも、何かあったかも」
あの日もそうだった。おれはずっと幸せな日々が続くと思ってた。
けれど、とうさまとかあさまはあっさり遠いところへ行ってしまった。
「お、おれ、さがしに……」
おれがそう言って立ち上がると、公爵様は大きなため息をついた。
「おいで」
公爵様は読んでいた本を傍に置き、自分の膝をぽんと叩いて言う。
「え……?」
「良いからここに来なってば」
公爵様に呼ばれて近づいていくと、ぐいっと抱き上げられてその膝の上に乗せられる。
「えぇっ? こ、公爵様」
「いいから」
公爵様の冷たい手がゆっくりとおれの髪に指を通し、頭を撫でる。
「サスリカはちゃんと帰ってくるよ。僕の娘だもの」
「公爵様……」
「だから安心しなさい」
「う、うん」
公爵様の手のひらのゆっくりとしたリズムに、高鳴っていた心臓が落ち着いていくのを感じる。
「その……、なんで、あたま」
「?」
公爵様はきょとんと首を傾げた。
「子供はこうされるのが好きなんじゃないの? サスリカなんて、膝に乗せてやるとしばらく喜んでるけど」
「ねえさまは……」
公爵様のことが大好きだから。きっとなにをされても嬉しいだろう。
……まるで、むかしに戻ったみたいだ。
おれのとうさまも、おれが怖い夢を見て飛び起きた時、おれが落ち着くまでずっと背中を撫でてくれた。
「とうさま……」
「ん?」
「あ、あの、えっと」
思わずむかしに戻った気分で呟いてしまった。公爵様が不思議そうにこっちを見る。
……よかった、気づかれてはないみたいだ。
だんだん頭が落ち着いて来た。
考えてみれば、おれが一人で屋敷を出たところでねえさまたちを迎えに行けるわけでもなし、ただ面倒を増やすだけだ。
「あの、おれ、もう大丈夫……」
公爵様はおれの言葉に構わず、さっきまで読んでいた本を開いた。
えっ。
このまま読書続行?
公爵様はおれの頭を撫でながらも、視線はすっかり本に向いている。
そのリズムに揺られて、おれは……。
*
「たっだいまー!」
「ただいま戻りました」
屋敷に戻ったぼくたちが談話室に向かうと、そこには珍しい光景があった。
「おかえり、遅かったね」
談話室のソファに腰掛けたお父様と、その膝の上でお父様に体重を預けて眠っているリオ。
(わ〜っ、かわいいっ!)
(ぐっすりお休みですね)
ぼくとヴィーが小声で盛り上がる。安心しきって眠るリオの寝顔は天使のように可愛い。
「お父様、リオと仲良くしてたんだね」
「まぁね」
お父様はちょっと得意そうにした。これはあんまり信じない方がいいやつだな?
あとでリオにも聞いてみよう。
「ん……ねえさま……?」
ぼくたちのお喋りがうるさかったのか、リオが目を覚ました。
「リオ、おはよっ」
「ねえさま……! おかえりなさい」
リオがぼくのほほに優しくキスをする。
「ぼくもっ! ただいまのちゅー」
「えへへ……よかった、ねえさま帰ってきて」
「帰るのが遅くなっちゃったから心配してくれたの? ごめんねぇ」
ぼくが最後に寄り道したいって言ったから、帰りの時間に少し過ぎてしまった。
「あのね、リオにプレゼントがあるの!」
「なぁに?」
ヴィーがラッピングされた小袋をリオに手渡す。
「これ……」
それを開けてリオは目を丸くした。
それは、前にぼくたちがお揃いで買った水晶のペンダントだ。
透明な水晶の中にお花が閉じ込められてる、可愛いやつ。家内安全の効力があるらしい。
「ネックレスなの。ぼくとヴィーとお父様は前におそろいで買ったんだ。リオにも持ってて欲しくて」
「おそろい……」
「かぞくのお守りだからね」
「……!」
リオはこくこくと何度も頷いた。
「うん、おれ、大切にする」
「後でぼくのペンダントも見せてあげる! お部屋で宝箱にしまってあるんだー」
「うん、見ます……」
リオはあんまり嬉しいのか、ぼくにくっついてすりすりと頬擦りしてくる。なんか猫の子みたい。かわいい。
「すぐに夕飯の支度をいたします。少々お待ちください」
そう言ってヴィーが談話室を出て行く。
ぼくはお父様とリオと集まって、今日のヴィーの活躍を話しながらお夕飯を待ったのだった。
リオ「これこれこういうことがあって……公爵様、どういうつもりであんな風に……」
サスリカ「そういう時のお父様、特に何も考えてないと思うよ」




