弟と一緒④
「……さま」
「んー……?」
「ねえさま、ねえさま……」
「……リオ?」
「あ、ねえさま起きた」
リオの声が聞こえる……。
ぼくが眠い目を擦りながら体を起こすと、何故か枕元にリオがいた。
「どうしたの、リオ……?」
「ごめんなさい、ねえさま、眠いのに」
「怖い夢見たの……?」
一緒に寝たくて来たのかと思い、リオをベッドに引っ張り込む。
「ち、ちがいます、ねえさま。それもいいんだけど……」
「じゃあなに……」
だんだん頭が冴えて来た。
確かに、リオは今パジャマじゃなく、普段着のジャケットを着ている。
え、もう朝?
びっくりして窓の外を確認しようとする。しかし何故か、いつもの場所に窓がなかった。
「……ん?」
いや、正確には窓がないというか、窓があった部分が埋まってしまっていた。
太いいばらのツルによって。
「あのね、ねえさまは今日のこと、誰にも言わないって言ってくれました。ねえさまを信じてないわけじゃないの。ないんだけど……」
その時ぼくはリオの話をあんまり聞いていなかった。何故なら、もっとぼくの頭を占める大変な出来事がぼくの目の前に起こっていたからだ。
ぼくの部屋が大変なことになっている。
大人の胴回りよりぶっといいばらのツルが部屋を占拠していた。
ツルは窓を、扉を完全に塞ぎ、壁にめり込んで、ぼくの部屋と一体化している。これじゃあ部屋から出られない。
「でも、おれのことはそのうちバレる。ねえさまはあんまり嘘が上手じゃないもの」
「えっ」
「誰かからおれの家族のことを聞いたんでしょ? だからおれに優しくしてくれたんですよね。深い理由はないなんて言ってたけど、バレバレです」
「あー……怒ってる?」
確かに、ぼくはヴィーからリオの家族の話を聞いたし、そのことをリオに隠した。嫌な気持ちになるかなと思って隠したんだけど、バレていたとは。
「怒ってなんていません。ねえさまはやさしい。だいすきです。だからおれ、ねえさまとずっと一緒にいたい。そのためにはこうするしかないんです」
「こうするって……」
そうだよ。呑気におしゃべりしている場合じゃなかった。
今日、リオはいばらを地面から生やす不思議な力を使って見せてくれた。この部屋を占拠してるいばらも、リオがやったに違いない。
「どうしてぼくのお部屋にこんなことを?」
「ねえさまのお部屋だけじゃないですよ。このお屋敷全部です」
「全部!?」
「そう。だれにもおれとねえさまの時間を邪魔されないため」
リオがぼくのベッドに腰掛けて、距離を詰めて来る。
「ねえさまにはもう見せたけど、おれには不思議な力があるんです。こうやって好きにいばらを操る力と、もう一つ」
「もう一つ?」
「いばらの中に閉じ込めた生き物を眠らせる力。公爵様とヴィーさんにはこの力で眠ってもらっているの。だから、誰もおれたちの時間を邪魔したりしません」
その話を聞いて、ぼくは前世の有名な童話を思い出していた。
それは『いばら姫』。
その物語の冒頭では、可愛いお姫様の誕生のお祝いが開かれる。そこには12人の魔女が呼ばれるけれど、13人目の魔女はお祝いに呼ばれない。
それに怒った魔女は、お姫様に呪いをかける。
大人になったお姫様が、いばらに捕らえられたお城の中で長い眠りにつく呪い。
「おれ、ずっとかぞくが欲しかったの。とうさまもかあさまも、おれを置いて遠いところへ行ってしまった」
お祝いに呼ばれることもない、嫌われものの魔女。ひとりぼっちのさみしい子。
「ねえさまがおれをかぞくと言ってくれて嬉しかった。ねぇ、約束しましたよね。明日も明後日も明明後日も、ずーっと一緒に遊ぶって」
リオはぼくの腕を掴み、迫って来る。
ぼくはその雰囲気に呑まれてしまって、全く抵抗できなかった。
「ねえさま、約束を果たしましょう。ふたりきりのこの部屋で、ねえさまはずっとおれと一緒にいるんです」
リオに体重をかけられてぼくはベッドに倒れ込む。リオに押し倒された形だ。
「いや、えー……どうしよう……」
もちろんリオとはずっと仲良くしたいと思ってるけど、お父様とヴィーを眠らせたままでは困る。
明日の朝もヴィーのご飯食べたいし……。
「嫌なの?」
「あっ、そうじゃなくって」
「……やっぱり」
リオの声が低くなった。
「ねえさま、おれのこと嫌いになったんだ」
「え?」
「だって今日、おれのことたたいたもの。おれをきらいになったんだ! ねえさまもおれをおいていくんだ!」
「いっ……」
リオに強く掴まれた腕がすごく痛い。泣きそうだ。
状況があんまり飲み込めないけど、リオすっごく怒ってる。
どうしよう。お姉ちゃんとしてぼくがしっかりしないと……。
その時、部屋に冷たい吹雪が吹き込んだ。
「うちの娘に何してるの?」
見ると、そこには凍って粉々に砕けた壁と、腕を組んで立つお父様がいた。




