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お出かけ②

「わー……!」


 そこに、クレープのお店があった。

 いや、クレープとは書いてない。けど薄い生地に果物とクリームをたくさん乗せたデザート。

 これすなわちクレープ!


「ブリヌイですか。良いですね」

「ブリヌイ?」

「このお菓子の名前です」


 ……?

 今なにか引っかかった。

 でも何が引っかかったのか分からない……。


 ぼくの気づきは、ブリヌイの甘い香りを前に消えて無くなってしまった。


「お召し上がりになりたいのですか?」

「うーん、でも……」


 さっきネックレスを買ってもらったばかりだし。


「食べたいんでしょ? 買えば良いよ。ヴィー」

「かしこまりました」


 お父様の命令でヴィーがお店に並ぶ。

 しばらくすると、ヴィーは両手にいくつもブリヌイを持って戻ってきた。


「どうぞ」

「買いすぎだよ!」

「? お嬢様はこの果物がお好きでしょう?」

「そうだけど……」


 好きだけども。

 流石に3つも4つも食べられないよ。


「……申し訳ありません。お嬢様が喜ばれるかと思ったのですが……」


 ヴィーが無表情ながらしゅんとする。

 うっ。


「……食べるけどもー! みんなで半分こね。ぼく一人で食べたらヴィーのご飯が入らなくなっちゃうよ」

「かしこまりました」

「えー、僕甘いのそんなに……」

「お父様も食べるのー」


 微妙な顔をするお父様にも半ば無理矢理食べさせて、ぼくたちはクレープ……じゃない、ブリヌイを完食した。



「手が汚れちゃった。向こうの水場で洗って来るね」

「おようはま、わはひも……」

「すぐ戻るから大丈夫っ」


 ブリヌイのクリームで手と口の周りが汚れてしまった。淑女としてあるまじき失態。

 ヴィーがついてきてくれると言ったけれど、ヴィーはまだ自分のブリヌイが頬袋にぱんぱんに入っていたので遠慮した。


 さっき通った曲がり角の向こうに、汲み取り式の水道のようなものがあった。多分誰でも使って良いやつ。

 ぼくはそれに向かって走った。


「わっ」

「うわっ!」


 曲がり角の大衝突。


「ご、ごめんなさい」

「いってー!」


 見ると、ぼくがぶつかったのは若い男の子たちの3人組。前世基準で言うと高校生くらい?

 顔に傷があったり、服装がだらしなかったりして、なんだかガラが悪そうだ。


「いってーじゃねーか……ってなんだガキかよ」

「なんだこれ、クリーム? 俺の服が!」

「あはは! お前なんだそれ!」


 ぼくの手についていたクリームが、ぶつかった拍子に少年のズボンを汚してしまったらしかった。


「ごめんなさい……」

「なんかこの子、金持ちっぽくね?」

「確かにー。おじょうちゃーん、親どこ? こりゃ弁償してもらわないと……」


 えーっ、弁償!?

 5歳のぼくにポケットマネーはないし、お父様たちに迷惑をかけちゃうよ。


「えっと、えぇと……」

「おじょうちゃん、俺らの言ってることわかる? 親御さんさぁ……」

「サスリカ」


 見ると、お父様が呆れた表情でこっちへやって来る。


「何やってるの。遅いよ」

「ごめんなさい……」

「あれ、君この子のお兄さん? 俺の服……」

「まだ手も洗ってないじゃないか。早く行くよ」


 お父様は少年たちをびっくりするほど華麗に無視した。


「えっ、お父様、あれ……」

「なに? 手を洗いに行くんでしょ?」

「そうだけど……」


 まさか少年たちが見えてない?

 いやいや、そんなわけない。


「このガキ!」


 無視されたことに怒った少年が、お父様に手を伸ばす。危ない!

 すると、それを止める人影があった。


「ヴィー!」

「何事ですか?」


 ヴィーは瞬きの間に少年の腕を捻り上げ、地面に組み伏せる。


「いでででで!」

「おや、君たちは……」

「「「…………」」」


 少年たちの顔色が分かりやすく青ざめた。


「「「ヴィーさん……」」」

「まだこんなことをやっていたんですか」

「ヴィー、知り合いなの?」

「以前買い物に来た時に私も絡まれまして。その時は穏便に話し合いで解決したのですが、それ以来の仲です」

「穏便に……?」

「極めて穏当なお話し合いでした。そうですよね? みなさん」

「「「はい、穏便に話し合いで解決しました」」」


 少年たちが一様に決められた文句を口にする。

 絶対嘘だ……。


「ヴィー、離してあげて」

「はい」


 ぼくがお願いすると、ヴィーはあっさりと少年を解放した。


「あのヴィーさんを従える幼女……?」

「一体何者……?」


 彼らの中でヴィーは一体どういう存在なんだろう……。


「ごめんなさい。ぼくがよく前を見てなかったから悪かったの。お洋服を汚しちゃったね」

「いえいえいえ! 謝らないでください!」

「ヴィーさんのお知り合いだなんてつゆ知らず! 失礼をいたしました!」

「むしろ汚していただいてありがとうございます!」

「一瞬で腰が馬鹿低くなった……」


 少年たちはぺこぺこ頭を下げながら消えていった。

 悪いことしたな。


「びっくりしちゃった」

「あんな若い労働力が昼間からフラフラしてるなんてね。ラウレルの雇用を見直す必要があるかな」

「治安も取り締まりも必要でしょう」

「……常識の範囲内でね?」


 二人ともとても立派なお話をしてるんだけど、なんか目が怖いよ?


 それにしてもびっくりした。

 この世界ではお嬢様としてお屋敷でぬくぬくと暮らしてきたから、あんなぶつかり合いのコミュニケーションは久しぶりだった。


「なんだかドキドキしちゃった」

「怖い思いをさせて申し訳ありません」

「怖いってほどじゃないよ、大丈夫」

「はぁ」


 お父様がため息をつく。

 お父様に呆れられちゃった。


「サスリカ」


 お父様がぼくに右手を差し出す。


「えっと……」

「なに」

「この手はなに……?」


 お父様は更なる深いため息をついた。


「手、繋ぎたかったんでしょ」

「……!」

「どこかに行く時は僕がヴィーを連れて行くように。お前はしっかりしてるけど、まだ雛みたいなものなんだから」

「雛って……」


 鳥じゃないんだから。


「えへへ」


 ぼくはお父様のひんやりした手を取る。


「ふふ……ふへへ……」

「なにその笑い方」

「ふへへへへへ……!」

「なにその笑い方!」


 嬉しすぎてお父様をびっくりさせてしまった。


「もう日が暮れる。屋敷に戻ろう」

「うんっ」


 屋敷に戻るまで、お父様はずっと手を繋いでいてくれた。

 嬉しかった!

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