お出かけ①
「うーん……」
「どうしたの? 窓の外なんか眺めて」
ぼくが窓際に座りこんでいると、お父様が隣にやって来た。
「あのさぁ、ぼく、外に出たことないじゃん」
「うん」
「お外に行きたかったりー……」
「あぁ、出かけたいの? 良いよ」
「良いの!?」
全然外出することがないから、なんとなく外に出てはいけないのかと思ってた。
なんだ、外に出て良いなら早く言えばよかった。
「あ、でも外出は僕かヴィーが一緒の時だけだよ。外は危ないからね」
「はーい!」
「どこに行きたいの?」
「どこってことはないんだけど、お父様とヴィーとお出かけしたいなって」
「ふぅん。それなら街にでも行こうか」
そういうわけで今日は、家族3人でお出かけの日になった。
*
「すっごーい! 人がいっぱい!」
街は、信じられないほど人、人、人に溢れていた。
ここは屋敷から一番近い街、ラウレル。
そんなに大きくはないけど活気があって、お店がたくさんある賑やかな街だ。
加えて街の大通りは夏祭りの屋台のようなお店がたくさん出ていて、人でごったがいしている。
「この世界にはこんなにたくさんの人がいたんだね……!」
今日のぼくたちは、公爵家の当主とその娘とばれないためにお忍びスタイルだ。
ぼくは質素なワンピースとお帽子で庶民の女の子風。
お父様もいつもの大仰な上着は脱ぎ、シャツと裾を捲った七部丈ズボン、サスペンダーという動きやすい恰好。
その中でもヴィーだけはいつもの執事さんスタイル。聞けばヴィーはこのままの格好でよく買い物に来るから、変装する必要はないんだって。
「あっちは? あれはなに? 見たことないものがいっぱい!」
「サスリカお嬢様はお屋敷からめったに出ませんからね」
「うん! 今すっごく楽しい!」
楽しくて、我慢しても自然と笑顔になってしまう。
何故かヴィーとお父様の二人から頭を撫でられた。
「配慮が足りず申し訳ありませんでした。これからは私とたまにお出かけしましょうね」
「本当!?」
「なんでヴィーと? 僕と出かければいいじゃん」
「お嬢様は私とお出かけする方が楽しいですよね?」
「は? ヴィーより僕の方がいいよね?」
「なんで喧嘩するのー」
仲の良い二人の冗談の範疇なんだろう。困りはしないけど、ぼくに振らないでほしいよ。
「お父様はお仕事が忙しいんじゃないの?」
「仕事なんかないよ?」
「旦那様、嘘をつかないでください」
「もう、お父様ってば」
前のお父様は本館に篭りきりで僕と会ってくれなかったけれど、最近のお父様は別館に入り浸ってお仕事をほっぽってばかりいる。
困ったものだ。
「本日限り! 願いの叶う特別な石!」
すると、そんな宣伝文句が聞こえて来た。見れば装飾品のお店らしい。
願いの叶う石って、パワーストーンみたいなことかな?
「わーっ、かわいい!」
薄ピンク色の透明な石の中に、花が閉じ込められた小さな指輪。乙女心をくすぐるデザインだ。
「恋愛成就の石……? こんなのサスリカには必要ないでしょ」
「えぇ、お嬢様には早すぎます」
二人はそろって頷き合っていた。
なんでよ。そのうち必要になるかもしれないじゃない。
「でもぼく、これ欲しいよ」
ぼくは指輪の隣にあったネックレスを指さす。
こっちは指輪と色違いで、透明な水晶に花が閉じ込められた石。それを首飾りに加工したものらしかった。
「見て、これは家内安全の石なんだって。ぼくとヴィーとお父様が、ずーっと元気で仲良く過ごせるように!」
「ふーん……」
お父様はしげしげとネックレスを眺めた。
「効果があるとは思えないけど、それでお前の気が済むのなら買ってあげるよ」
「良いの!?」
「もちろん。他にも欲しいものがあればなんでも言ってごらん。お金だけはいくらでもあるからね」
「じゃあ……みんなでお揃いにしても良い?」
「もちろん」
「素晴らしいお考えです」
お父様は3人分のネックレスを買ってくれた。
「ありがとう、お父様。ずっと大切にするね」
「よかったね」
「うん!」
買ってもらえたのも嬉しいけど、お揃いのネックレスを持てたことが嬉しい。
「でも、お父様がつけるには安すぎるよね」
「まぁそうだね。普段使いはしないかな」
「身につけてくれなくて良いから、持っていて欲しいな。これはね、3人で同じものを持つことに意味があるんだよ」
「お前がそう言うならそうするよ」
お父様にはちゃんと説明しないと分かってもらえず、そのうち忘れて捨てられる可能性がある。
でも、きちんと説明するとお父様は頷いてくれた。
「これ、石が透明だから、なんだかお花が氷に閉じ込められているみたい。ロマンチックだね」
「氷に……」
ぼくが適当な思いつきを口にすると、お父様はちょっと嬉しそうにした。
「そうだね。可愛い花は閉じ込めてしまおうかな」
「そうですね。愛らしい花は守らなくてはなりませんからね」
「えぇ、なに、二人とも? なんか怖いよ?」
そんな風にふざけ合いながら、ぼくたちは街を歩いた。
*
「おとーさーん。あれ買ってぇ」
「今日はもうお菓子買っただろ」
街行く親子がそんな会話をしていた。
小さな女の子がお父さんの手を引いて、露店の品物をおねだりしている。
「…………」
「お嬢様?」
「あっ、ごめんね。なんでもない」
ぼくは思わず立ち止まっていたみたいだった。ヴィーが心配そうにする。
「お父様……」
「うん?」
「手、繋いでもいい?」
「手? なんで?」
なんで、と言われると……。
「えっと、えっとぉ……」
「……親子間では子供が勝手に歩き回って迷子になったりしないよう、手を繋いで歩くことが多いようですよ」
ヴィーの援護射撃が入った。ナイス!
ヴィーに向かってこっそりガッツポーズをする。ヴィーも頷いて返してくれた。
「へー。でもサスリカは賢いし、勝手にどこかに行ったりしないよ。問題ないでしょ」
お父様はにっこり笑ってそう言った。
信用してくれるのは嬉しいけど……!
「サスリカ? どうしたの?」
「なんでもなーい」
「何か怒ってる?」
「怒ってないもん」
「言われなきゃ分かんないよ」
「旦那様は仕方のない方ですね。お嬢様は私と手を繋ぎましょう」
「ヴィー……! うん、繋ぐ!」
ヴィーがぼくの手を取る。
ヴィーはいつの頃からか手袋をするようになった。
ぼくがいつも手を繋ぎたがるから、自分の冷たい手を気にしてのことなんじゃないかと思う。
ヴィーのそういう優しいところ、ぼく大好き!
「子供の手を引いて歩くって、なんか動物をリードに繋いでるみたいじゃない?」
「えー、そんな風に思うのお父様だけだよ。仲良さそうでいいなーって思うよ」
「仲の良い親子は手を繋いで歩くものですよ。ね、お嬢様」
「そうそう。ヴィーは分かってくれるよね」
「……別に僕は、手を繋ぎたくないなんて言ってないけどね」
「もういいもん。ぼくはヴィーとだけ仲良くするから」
「はいはい」
お父様は適当な返事をした。




