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お父様と一緒⑦

何話か更新してます。ご注意。

 執務室のソファでぼくとお父様は向かい合う。テーブルにはヴィーの淹れてくれた紅茶とホットミルク。それから焼き菓子。


「あのね、ヴィーの作ってくれるはちみつ入りのホットミルクはとっても美味しいんだよ」

「よかったね。ちゃんと口の周りを拭きな。ついてるよ」

「わっ、ごめんなさい」


 お父様はぼくに注意をすると、紅茶を一口だけ飲んだ。


「……あのね、僕は人の営みに興味があったんだ。だから子供を作り、ジェマと結婚した」

「うん。手帳に書いてあった。お母さん、すごく嬉しかったって」

「あの子は素直な子だったから。その辺はお前にちょっと似てるね。考え足らずですぐ顔に出る」

「えーっ、全然褒めてない」


 一瞬褒められてる? って考えちゃったけど、考え足らずって直接のディスじゃん。


「僕とジェマの生活ははじめ順調だったんだ。

 僕は出来る限り彼女を大切にした。家と服と食べ物、そして欲しがるものは惜しみなく与えたよ。

 でも、彼女はだんだんやつれていった」


 手帳で読んだ。もともと身分の低かったお母さんには、公爵家での暮らしは苦労が多すぎた。


「その時、気づいたんだ」

「何に?」

「それに対してまったく心が動かない自分に。彼女の終わりが近づいてきているって言うのに、僕の心は凪いだままだった」


 手帳には、自分の体調不良を知っても公爵様は落ち着いて話を聞き、優しく諭してくれたとあった。

 その裏で、お父様はそんなことを考えていたらしい。


「僕にとって人というのは過ぎ去っていく一瞬の風のようなものさ。人が死ぬのは自然のこと。僕を個として愛し慈しんでくれる彼女に対して、僕は同じ気持ちを持てなかった。僕はそのことが恐ろしかった」

「怖い? なにが?」

「……彼女が、そんな僕の心に気づいてしまうことがだよ。僕に愛されていないことを知った彼女が、悲しむのが嫌だった」


 たしかに、恋人が自分の死を全然悲しまなかったら、ちょっと複雑かもしれない。

 本当にぼくのこと好きなの!? ってちょっと思うかも。


「彼女は僕と一緒になって多くのものを失った。その選択を後悔するかもしれないだろ? 人間は過去に戻る術を持たない。取り返しのつかない失敗のために自身を呪う彼女を見たくなかった」

「…………」

「僕は彼女といる時、常にビクビクと怯えるようになったよ。僕の胸の内にある、この人らしからぬ冷たい思いを悟られぬように。出来るだけ隠そうとしたけれど、彼女は気づいていたかもしれない」


 そうかな?

 少なくとも手帳にはそれらしき記述はなかったけど。でもまぁ、一緒に暮らしてる人のことだ。うすうす勘づいていたりはしたのかもしれない。


「僕は彼女のそばにいるのが恐ろしくなった。家を空けるようになった。だから、彼女の体が病に侵されていることに気づくのが遅れてしまった」


 お母さんは最後のギリギリまで公爵様に、病気を隠そうとしていた。使えない妻として捨てられるのが嫌だったからだ。


「僕に選ばれたから、僕のそばに居たから君の母親は不幸になった。きっとお前もそうなるよ」

「お父様……」

「分かったら出て行きなさい。二度と本館へは入るな」


 お父様は、話は終わったとばかりにソファから立ち上がる。

 けど、ぼくの話は終わってない。


「ぼくそんな風に思わないよ」

「……何?」

「手帳には、自分は不幸だなんて一言も書いてなかったよ。ぼくもお父様といて不幸になるなんて思わないな。だって、ぼくはお父様が優しいって知ってるもの」

「なんでそんなことが言えるの」

「お父様はぼくがこのお屋敷で楽しく過ごせるように、たくさん考えてくれるじゃない。

 ぼくが怪我をしたら様子を見にきてくれるし、それに、ぼくが不幸になったら嫌だって思ってくれる」


 お父様は「それは」とつぶやき、目を泳がせる。続く言葉はなかった。


「お母さんに対してもそうだよ。お父様は、お母さんが悲しまないようにずっと気を配ってたんじゃない。

 お父様にはお母さんと同じような気持ちはなかったかもしれないけど、それでもお母さんを大切にしてくれたんだって、話を聞いてそう思ったよ」

「そんなの、意味ないよ。ジェマは一人で死んでいったんだから」


 そんなことない。

 お母さんが心の底でどう思っていたかはもう分からないけど、少なくともぼくはそう思わない。


「ぼくだったらきっと嬉しいな。お父様は胸の内から自然に湧き出すような愛情がなくても、頑張って、たくさん時間を割いて、ぼくやお母さんのことを考えてくれるんだもの」

「…………」


 お父様は呆然とぼくを見る。


「そんなことで嬉しいの。そんなつまらないことで」

「うん!」


 ぼくはうんと力強く肯定する。


「……はは」


 お父様は少し笑い、それからぼくのほっぺにその冷たい手で触れた。


「くだらないね、お前たちは」

「……! えへへ!」


 その声がとびきり優しかったのは、きっとぼくと、そしてお母さんに対する二人分への気持ちが含まれていたからだ。



 それから、お父様は今までとは打って変わって別館に遊びに来てくれるようになった。

 というか入り浸るようになった。


「お父様、お仕事忙しくないの? 無理はしなくていいんだよ」

「仕事なんかいいよどうでも」

「よくありませんよ」


 どこかヴィーが疲れ気味だ。

 お父様、ちゃんとお仕事してる?


「僕はこのおチビちゃんを構うのに忙しいんだもの。ねー」

「えー、チビってぼくのこと?」

「そうでしょ。こんなに小さいんだから」


 お父様が膝の上に乗せたぼくの頭をぽんぽんはたく。


「おチビちゃん、今日は僕にどうしてほしい?」

「えーっとね、一緒にお昼を食べたい! それから、一緒にお庭を散歩してー、その後は絵本を読む!」

「いいね、全部やろう」

「やった、お父様だーいすき!」

「……そう?」


 お父様はちょっと微妙な顔をする。


「あのね、お父様がぼくをどう思ってても、ぼくはお父様が大好きよ」

「……お前には構わないね」


 お父様はぼくの髪をぐしゃぐしゃにかき回して笑う。


「ねぇ、お父様にはたくさん恋人がいたんでしょ?」

「それがどうかしたの?」


 その頃のお父様の生活にもちょっと興味があるけど、それはそれとして。


「どうしてその中でお母さんと結婚したの?」

「どうして……うーん」


 お父様は腕を組んで唸る。


「強いて言うなら、お前かな」

「ぼく?」

「ジェマの産んだ子供が、僕にそっくりな銀髪と紫の目を持っていたから。ただそれだけ」

「じゃあたまたまじゃん」

「そうだね」


 本当に偶然だ。他の恋人さんに先に子供が産まれていたら、ここにいたのはぼくじゃなかったかも。


「でも、僕はお前の父親になれて良かったよ」

「ほんと?」

「本当だよ。……なに、ニヤニヤして」

「だって嬉しいんだもん」

「こんなので? 安いね」


 ぼくはお父様とお喋りしながら、たくさん笑ってじゃれついた。お父様はそんなぼくを可愛がってくれた。

 そんな様子を、ヴィーは優しい表情で見守っていた。


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