お父様と一緒⑥
「旦那様は少々特殊な体質でして、昔からお姿が変わらないのです」
「成長しないってこと?」
「別に……いいでしょ、僕のことなんか」
ヴィーの淹れてくれた紅茶を飲みながら、ぼくは事情を聞く。しかし事情説明に乗り気なのはヴィーだけで、お父様は早くぼくに部屋から出て行って欲しそうだった。
「ヴィー、どういうこと。僕はサスリカを本館へ入らせないようにと言いつけていたはずだけど」
「申し訳ありません」
「ぼくが勝手に来たんだよ。ヴィーを怒らないで」
「随分仲良くなったものだね」
お父様はぷいとそっぽを向く。
「サスリカ、この際だから言うけどね」
「うん」
「僕はお前と親しくする気なんかない。贈り物でもなんでも好きにしたらいいけど、本館へはもう立ち入らないように」
「でも」
「僕はお前に与えられるものは全て与えているつもりだよ。それでもまだ不満があるのかい?」
「不満なんてないよ! お父様、ずっと言いたかったの。いつもありがとう」
「う、うん」
僕がお父様の手を取ると、お父様は一瞬体を硬くして、それから意識して力を抜いたようだった。
人に触られるのに慣れてない感じ。ヴィーとちょっと似てる。
「お父様もヴィーと同じで、手がすごく冷たい……」
「……っ、もういいでしょ」
お父様は僕の手を振り払った。
その明らかな拒絶に、ぼくはちょっと怯んでしまう。
「……ごめんなさい」
お父様は嫌がっているのに、ぼくは無理に執務室へ入ってしまい、お父様の秘密を見てしまった。
お父様が怒って当然だ。
「ごめんなさい、お父様。ぼく部屋に戻るね」
「お嬢様」
ヴィーが心配そうな様子でぼくを見る。ぼくのせいでお父様に怒られたのに、ヴィーはいつも優しい。
「お父様、最後にひとつだけ聞いてもいい?」
「……なに」
「お父様がぼくを嫌いなのは、ぼくのせい? ぼくが何か悪いことをしたから」
ぼくがそう尋ねると、お父様は何故か、酷くショックを受けたような顔をした。
「違うよ」
お父様ははっきりとそう口にする。
「それは違う。お前は何も悪くない」
お父様は窓に向かって、こっちを見ないまま続けた。
「僕には……たぶん無理なんだ。家族とか、愛情とか、そう言うものを持てない。原因は僕にある。お前は何も気にする必要はない」
お父様のその言葉に、ぼくは書庫で見つけた手帳のことを思い出した。
「それって、ぼくのお母さんのこと?」
「なんで……」
お父様はヴィーを睨みつけた。
「ヴィー、お前か」
「まさか。私からは何も」
「これを書庫で見つけたの」
ポケットから手帳を取り出して見せる。
「それはジェマの手帳だ。僕が彼女の誕生日に贈った……」
「奥様の死後、紛失しておりましたが、書庫にありましたか」
ぼくのお母さん、ジェマっていうんだ。知らなかった。
「……それを読んだなら分かるだろ。僕があの子にどんな仕打ちをしたか」
「旦那様、良い機会です。お嬢様とゆっくりお話になりましょう」
「ヴィー、余計なことを……」
「ぼくも聞きたい! ね、お願い」
お父様はしばらく押し黙っていたけれど、それから深いため息と共に口を開いた。
「……どうせこれっきりだ。わかった、今日で区切りをつけよう」
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