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転生

「『……ずっと君を待っていた』」


 交差点を見下ろす電光掲示板から、甘いイケメンの声がした。


「『花降る街で君を待つ』、本日発売! 設定集付き限定版も!」


 仕事帰り。ネオンの輝く夜の都会を、ぼくを含めた疲れ気味の社会人たちが闊歩する。


 花降る街だなんて。ずいぶんロマンチックなタイトルだなあ。


 見れば、本日発売のゲームソフトのCMらしい。こんな都会の真ん中で販促CMなんて、お金をかけてるんだな。


「あぁ、『乙女ゲーム』とかいう奴ね」


 良い声と綺麗なイラストに目を引かれてCMを見てしまったけれど、こういうキラキラしたのはちょっと性に合わないんだよね。

 普段やるゲームといえば、魔王を倒すRPGとか、アクションゲームとか。


 ちょっと気になるけど、買うことはないだろうな……。


「逃げて!」


 ぼんやりCMについて考えていたぼくは、鋭い声ではっと振り返る。

 そこでは、ライトをらんらんと輝かせたトラックが目前まで迫っていた。



「はー、死ぬかと思った」


 ぼーっとしててトラックに轢かれるなんて笑い話にもならない。きっと酷い怪我をしたんだろうなぁ。手術とかしたんだろうか。どのくらい保険効くんだろう。


 ベッドから体を起こしたぼくは、まずそんなことを考える。


 いやいや。こうして生きているだけでも良しとしないと。


「そうだ、まずは職場に電話……」


 スマホを探そうとして、ふと気づく。


「ここ、病院じゃない?」


 白と金を基調としたクラシックな内装。氷の結晶の模様で統一された豪華な家具に、壁にかけられた高そうな風景画、ぼくが今腰掛けている天蓋付きのベッド。

 まるで中世ヨーロッパのお姫様が住む部屋だ。


 病院のVIPルーム……というのも無理がある。病室がこんなにだだっ広い必要はないし。そもそもぼくVIPじゃないし。


 とにかくスマホ、と思いながら自分の体をまさぐると、さらに驚くことに気づく。


 それはフリフリのドレスを着ていること……じゃない。もっともっと重大なこと。

 それは、成人済みだったはずのぼくの体が小さく、小さく縮んでしまっていることだ。


「!?!?!?」


 言葉にならない驚きのままにぼくはベッドから立ち上がる。


 壁に備え付けられた鏡を覗いて、ぼくはまたしても絶句した。


 保育園児ほどしかない小さな体。印象の強い夜色の瞳。柔らかくウェーブして腰まで届く銀髪。


「こんなのぼくじゃない!」


 ぼくはもっと地味で……背だけ高くて体は薄っぺらくて、顔色が悪くて、髪も目も黒で……とにかくこんなのぼくじゃない。


 ぼくが鏡の前であわあわしていると、部屋の扉が突然開いた。


「サスリカお嬢様、いかがなさいましたか? 大きな声をお出しになって」


 ぼくの出した大声に反応して来てくれたらしい。

 白くて長い髪をポニーテールにした、背の高い人。漫画の中の執事のような格好をしている。

 服装や声からして多分男なんだろうけど、なんとも中性的かつ美しい人で、確信は持てなかった。


「あのあの、お嬢様っていうか、ぼくはですね、さっきトラックに轢かれたはずで、というかここは? ぼくは誰? なにごと? 全部夢?」

「よしよし、怖い夢をご覧になったのですね。このヴィーにお任せください。お嬢様を怖がらせるものは、全て追い払って差し上げますからね」

「ちが……」

「よしよし」

「あの……」

「よしよし」

「……ぐぅ」


 ヴィーさんの幼子あやしスキルはカンストだった。しばらく背中をぽんぽんされ、混乱していたぼくはすっかり落ち着いて、ちょっと寝かけてしまった。


(いやいや、寝てる場合じゃないぞぼく!)


 「飲み物をお持ちします」と言ってヴィーさんが部屋から出ていった隙に、ぼくは考える。


「……もしや、これは転生とか言うやつでは?」


 ぼくは普段ライトノベルもちょっぴり嗜むのだけど、冴えないリーマンが異世界に転生して無双して美女を侍らせてウハウハみたいな光景は今や犬の散歩をするおじいさんくらい茶飯事。


 ぼくにも転生からの無双が来たか?

 異世界救っちゃう?

 ドラゴンとか倒してあのセリフを言っちゃう!? 異世界人の伝家の宝刀、「ぼくなんかしちゃいましたか?」を!?


「お嬢様、ミルクをお持ちし……」


 ヴィーさんがトレーにマグカップを乗せて戻ってくる。ぼくはそれを受け通ろうとドアの方へ駆け寄った。


「お嬢様、危ない!」


 次の瞬間窓が割れ、黒い影が部屋になだれ込んで来た。


 ぼくはヴィーさんに庇われていたけど、そうでなければ黒い影、全身黒ずくめの男が持った刃物に切り裂かれていただろう。


 デジャヴだ。ついさっきもこんなことがあった。


「ど、どうしよう! 警察……!」


 心臓バクバクでパニクったぼくが部屋の電話を取る。お洒落な黒電話みたいな電話を取って110を回そうとすると、その手をヴィーさんが止めた。


「お嬢様、落ち着いてください。もう終わりましたから」

「終わったって、早く通報を……」

「ツウホウ? が何か分かりませんが、敵は排除しました」


 ヴィーさんが指さす方を見ると、そこには顔をぱんぱんに腫らし、縄で縛られた男がいた。


 ……えっ?


 今の、ぼくが電話に気を取られた一瞬で男をボコって縄で縛って転がしたってこと?


「……ヴィーさん、何者?」

「? 私、何かしてしまいましたか?」


 ぼくが抜きたかった伝家の宝刀を抜きながら、ヴィーさんは首をかしげた。


「この人、なに?」

「刺客です。おそらく旦那様の弱みを握ろうと、お嬢様を狙ったのでしょう」

「刺客……!?」

「普段はお嬢様の目につく前に片付けるのですが、申し訳ありません」


 「ゴミを片付けて参ります」と言ってヴィーさんが再び部屋を出ていった隙に、ぼくは考える。ヴィーさんが用意してくれたホットミルクを飲みながら。


「転生無双とかは無いな……」


 ヴィーさんの謎の強さを見てぼくは冷静になった。


「まぁ、第二の人生を得られただけで重畳だ。しかもこんな美少女。慎ましく楽しく生きよう」


 ヴィーさんが部屋に戻ってくる。今度はトレーにパンとスープを載せている。


「先程は大変失礼致しました。朝食をお持ちしましたのでお食べください」

「ありがとう、ヴィーさん」

「私は使用人ですので、さんは不要です。ヴィーとお呼び捨てください」

「分かりました、ヴィーさ……ヴィー」

「はい」


 ヴィーさ……じゃなくてヴィーはにこりともせず頷く。さっきから全然表情が変わらない。ロボットみたい。


「さ、朝食をお召し上がりください。冷めてしまいすよ」

「うん!」


 ヴィーの用意してくれた食事はすごく美味しかった。ぼくはこの世界に転生できたことを神に感謝した。


 よーし、これから楽しむぞ。

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