現世にやって来た女神 3
もう夜分遅くの静寂な夜の世界、空は漆黒に染まり世界を黒に染め覆っていた。人気が全く感じられない暗闇の外の世界には1人の少女がとある無人の学園前に佇んでいた。
昼間は大勢いた野次馬も、この学園を調べていた警察も今は全て引き払っており、物言わぬ新在間学園の校門前で仁王立ちしている1人の少女。
「ここかぁ…ここだよねぇ…」
少女はぶつぶつと何かを口にしており、夜の世界で無人の学園前でボソボソと独り言を口にしている。その姿はもしここに誰か居合わせればとても不気味と思うだろう。
「この学校で感じたあの強烈な気配…ニュースでも化け物が出たって言ってたし……」
少女は爪をガリガリと嚙みながら不気味に微笑んだ。
「ああ…あの時感じた強い力の持ち主、一体どんな転生者がこの学園に居るんだろう」
――この手でその強者と戦い、そしてその命を摘み取りたい……。
そう言った彼女の手にはいつの間にかナイフが握られていた。乾ききった血の付着したナイフが……。
◆◆◆
家のインターホンが鳴らされて加江須とイザナミは同時に玄関の方角に視線を向けた。
もうとっくに外も日が沈んで暗くなり始めている時間帯だ。こんな時間に一体だれがやって来たのだろうと思いながら居間から出て玄関に向かう加江須。
「ちょっと待っていてくれ。すぐに戻るから…」
「あ、はい」
加江須の言葉に頷きその場で正座をして大人しく頷くイザナミ。
インターホンを鳴らした人物を出迎える為に玄関まで出て行き、こんな夜遅くに一体だれが来たのかと思いつつ玄関を開くとそこには予想外の人物が立っていた。
「あれ…お前は…」
「お久しぶりですね久利加江須さん」
扉を開けた先に立っていたのは一度顔を合わせた事のある白髪長髪の転生者、武桐白が立っていたのだ。
「なんでここに…」
まさかの訪問客に少し驚きを見せる加江須。てっきり両親の知り合いでも訪ねて来たのかと思ったのだがまさかの転生者が現れたのだ。
「……夜分遅くに申し訳ありません。今お時間の方はよろしいでしょうか?」
「え…あ~…」
運のよい事に今は両親が居ないので転生者同士で話す事は可能だ。だが居間の方には女神であるイザナミが居る。いや、勿論事情を全て知っている彼女が居る事は問題ではない。そもそも転生者をこの現世に送り出しているのはイザナミ達の様な神なのだから。
「何かご都合の悪い事でも?」
いつまでも返答をしてこない加江須に白の方から確認を取る。彼女としても突如の訪問、ましてやこんな夜遅くには失礼だと言う認識は多少なりともあるにはあったのだ。
確認を取って来た白に加江須は少し慌てて上がっても大丈夫だとOKを出す。
「今両親は家に居ないから話し合いは出来る。ただ客が来ていてな…」
「お客さん…でしたら日を改めましょうか?」
「いや大丈夫だ。なにしろ〝俺たち〟を良く知っている人物だからな…」
そう言うと加江須は白を居間の方まで案内するのであった。
加江須に案内されて後について行き居間に入るとそこには見覚えのある人物が座っており、相手の方も白の姿を見て小さくあっと声を漏らした。
「あなたは先程の…」
「ど、どうも」
「え…知り合い?」
顔を見合わせて互いに頭を下げ合う二人に加江須が反応する。両者のやり取りを見る限りでは面識があるように思える。もしかしたら彼女も自分と同じくイザナミの手で蘇らせてもらえたのだろうか?
「二人とも知り合いぽいっけど…もしかしてイザナミの手で転生した口か?」
加江須が白のそう尋ねると彼女は首を振って否定しつつも、イザナミの正体を理解して僅かに表情に驚きを表す。
「ちょっと待ってください。今のあなたの発言…まさか彼女は…」
イザナミを見つめながら加江須に彼女の正体を尋ねる白。
視線を向けられているイザナミは見つめられて恥ずかしいのか足をモジモジとして俯いている。
「ああそうだ。今お前が思っている通り彼女は俺たち転生戦士を送り出した神の1人だよ」
「……彼女が神、ですか」
昼間に出会った時に感じた妙な違和感を納得した白であったが、それと同時に何もない所で派手に転んでいた彼女の姿を思い返すと少し信憑性を疑ってしまう。しかしここで彼が自分を騙すメリットなど何もないので本当なのだろう。彼女から妙な気配を感じたのは事実であるし。
「ちなみに私を蘇らせてくれた神様はもっと体格のいい男性です。彼女とは昼間にあなたの学園前で偶然知り合ったんですよ」
「俺の学園前で…?」
白のセリフからイザナミが自分の母校に訪れた理由は大体想像が出来る。元々彼女は自分の学園で起きた出来事の事実修正の為に訪れたのだ。ならば下見という事で新在間学園に立ち寄る事もおかしくはない。だが白の方は何が目的で他校である自分の学園近くまで訪れたのだろうか?
加江須が内心でその理由を考察していると、彼の考えを読み取ったのか白は自ら新在間学園の方まで足を運んだ理由を述べる。
「ネットの情報からあなたの学園で起きた事件を知りました。この世の物とは思えない怪物が出現したとね。その真偽を一応は現地に訪れ確かめようと…」
白の理由を聞き納得をする加江須。新在間学園に訪れた怪物騒動はあらゆる方面に拡散されているのだ。普通の人間ならば半信半疑だろうが、同じ転生者からすれば気にはなってもおかしくはない。もしかすれば他にも自分の母校に足を運んで様子を見に来た転生者が何人か居るかもしれない。
「だがわざわざ俺の元に来た理由は…?」
「正直深い考えがあった訳ではありません。しかしゲダツの存在があなたの学園で明るみとなったのも事実。ですので詳しくあなたの学園で何があったのかの詳細確認と今後の対策についての相談がしたかったと言う具合です」
「対策?」
加江須が首を傾げると白は小さく頷いた。
「ゲダツが世間一般での認知のこの現状、この事態を放置しておくのはこの消失市に多大な被害を与えると予想は出来ます。私は新在間学園の生徒ではありませんが消失市に身を置いている立場です。だから今の世の混乱をどうにか出来る方法を相談できないかと…」
ちなみに加江須の自宅を特定した方法は様子を窺いにやって来ていた彼の学園の生徒から聞き出した。彼女が質問したのは加江須とは他クラスの生徒であったのだが、転生してからはスポーツで常人離れした動きを多々見せているのでそれなりに有名となっている彼の事は他のクラスの生徒の間でもそこそこ有名だったのだ。もちろん当の本人の加江須はその事実を全く知らないが。
消失市に広まっている噂をどうにか出来ないと相談に来た白であったが、この場に女神であるイザナミが居た事で大体の事情を察する事が出来た。
「神であるイザナミ様がこの家に…ここを訪問した理由は今の消失市で起きたゲダツの周囲が認知している事実の改ざんですか?」
「そ、そうです。でもどうして分かったんですか? 私まだ何も…」
自分が理由を述べる前にイザナミの訪問理由をズバリと的中させた白にイザナ本人だけでなく加江須も驚いていた。
どうして何も聞いていないにもかかわらず分かったのかを訊くと白は自身の頭を指で指しながら答える。
「そこまで難しい事は何もありません。わざわざ女神様がこの地に訪れる事だけで異例な事態である事は容易に想像が出来ます。そしてその女神様が今騒ぎとなっている新在間学園の生徒、そして転生戦士であるあなたの自宅に訪れている。その理由は恐らくこの事態を収束させる為にこのゲダツ騒動でもっとも関わりの深い新在間学園の生徒兼転生戦士たる久利加江須さんに今の事態の対策に関して一報を入れる為だと推理出来ました」
「す、凄いなお前…」
自分の家にイザナミが居るだけでそこまで推理した彼女に思わず素直な言葉が零れ落ちた。今の一連のセリフだけで自分よりも遥かに賢い事が理解できる。
「それで私の考えは当たっていますか? それとも間違いでしょうか?」
「いや大当たりだ。彼女、イザナミがこの地に訪れた理由はこの消失市から広まっているゲダツに関する情報を書き換える事。それで今の世の中の混乱を治めるつもりだ」
「そうですか…ふぅ…」
加江須の言葉に白は胸に手を置いて安堵の息を漏らした。
「イザナミ様…でよろしいのですよね? 私からもお願いします」
「そ、そんな…頭を上げてください」
イザナミに頭を下げながら頼み込む白に慌てる彼女。
とりあえずゲダツの目撃に関する問題はこれで解決に繋がりそうだ。しかし彼女が彼の家に訪れた理由はもう一つあったのだ。
「ゲダツの情報問題拡散に関しては安心しました。しかし久利さん、私があなたの家に訪れた理由はもう1つあります。こちらはもし余裕があれば話そうと思っていましたが、どうやらここで話せそうです」
「何だ…?」
まだ話の内容を聞いてもいないにも関わらず嫌な予感を感じる加江須。
隣に居るイザナミは純粋にどんな話をするのか興味があると言った顔をしている。まあ彼女の場合は自分よりも遥かに強力な力を兼ね備えているのだ。何を聞かされても身の危険につながるような事は無いだろう。
こんな思考をしているという事は直感しているのだろうか? 今からこの転生戦士から聞かされる内容が今後の自分やその周囲を脅かす内容であることを……。
「実はあなたの学園程ではありませんが中々に話題になったニュースが1つこの消失市内であったんですよ――不良グループの大学生たちのバラバラ殺人が見つかったと……」
「え、そうなのか? でもそれが……」
確かに物騒な事件ではあるがその手の似たような事件なら何度かニュースで見ている。それをわざわざ自分に教える理由とは一体なんなのだろうか?
しかし次に出て来た彼女のセリフでその意味を理解できた。
「そのバラバラとなった大学生を殺めた人物…恐らくは私が引っ越す前に行方をくらました〝例の転生戦士〟だと思うのですよ。戦いの魅力に酔いしれたあのイカれた戦闘狂のね……」
そう言いながら白はギリッと小さく奥歯を噛んでかつての記憶を思い返し、苦い表情を二人の前で晒すのであった。




