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体育祭 バレてしまった。俺は…どうしたらいい…?


 一方的ともいえる化け狐の大虐殺劇、眼下のグラウンドで行われていたその血みどろの演劇を学園の屋上から鑑賞していた二人の人物は劇の終幕後の様子を眺めていた。

 

 「終わったみたいだな…。それでどうする? あのグラウンドで寝ている連中は?」


 ヨウリがディザイアの能力で眠らせている周辺の人間を指差して連中をどうするかを尋ねた。さすがにあのまま放置しておくわけにもいかないだろう。もちろん彼女もこのまま引き上げる前に眠らせた人間にかけている〝睡眠欲〟を取り除くつもりではある。


 「でもそれだけじゃつまらないわよね…」


 そう言いながらディザイアはにんまりと笑みを口元に浮かべる。

 

 「おいおい何する気だよディザイア? あまりくだらないちょっかいをかけると俺たちも狙われかねないぞ。それともお前ならあの狐擬きに勝てるのか?」


 「まさか。勝てる訳がないでしょあんな怪物に」


 手に持っている傘をクルクルと回しながら何を言っているのかと言う顔をするディザイアに思わずズッコケそうになるヨウリ。


 「あの異常とも言える神力の量、今まで私が戦って来たどの転生者も天秤の対の錘には軽すぎるわ。仮に彼がさっきのゲダツと同じように私に殺意を持って向かってきたら尻尾を巻いて逃げるしかないわね」


 「…ハッキリと言うんだな。あのアンタが…」


 ヨウリからすればこのディザイアだって完全なる化け物だ。少なくとも並の転生者やゲダツでは歯が立たないほどに。自分に至っては1秒もかからず始末する事が出来るだろう。

 しかしそんな彼女にとってもあのグラウンドに居る狐は強大すぎる相手の用だ。


 「でも実力差が理解できているなら下手な事せずこのままバックレた方が良いんじゃねぇの?」


 「だからちょっとからかって終わりよ。ふふ…少し場を引っ搔き回してあげるだけ」


 そう言ってディザイアは指を鳴らしてグラウンドで倒れている〝二人〟の生徒にだけ能力を解除してやった。


 「あなたをいたぶって遊んでいたあの廃校を居住にしていたゲダツ女と知り合いだって事はもう話したわよね。彼女が彼に倒されてから時折こっそりと彼の事を観察していたのよ」


 ディザイアは何度か加江須の様子を窺っていた。

 実は廃校での戦闘の際、彼女は遠くから戦闘の様子を観察していた。その際に他の転生者とは一線を画す彼の実力に興味を持ってその後もしばし彼を観察していた。ちなみにその際に偶然にも洋理と言うこの少年を拾う事ともなった。

 そして観察をしていると彼はこの学園でとりわけ仲の良い女性が3人いる事も分かった。


 1人は今も彼に抱きしめられているあのツインテールの少女、しかし残り二人は加江須が転生者である事を知らない一般人であった。


 「その何も知らない二人の少女がこのタイミングで目を覚ましたら……どうなるか見物じゃないかしら?」


 そう言いながらディザイアはヨウリに怪しげな笑みを浮かべた。


 「性質わりぃな…」

 

 ヨウリの口から彼女に対して一言だけ素直な感想が漏れる。

 そんな彼の言葉を気にせず眼下に視線を向けるディザイア。すると集団で倒れている生徒の中、2人の少女がゆっくりと起き上がり始めていた。




 ◆◆◆




 「んん…あれぇ…?」


 地面にうつ伏せで倒れ込んでいた黄美がゆっくりと起き上がり周囲の様子を見て息をのむ。


 「な、何で皆倒れているの?」


 目覚めると自分の周り…と言うよりグラウンド内のほとんどの人間が起き上がる前の自分同様に倒れ込んでいる。隣にいるクラスメイトの様子を確かめてみるとどうやら息はちゃんとしており、ただ眠っているだけのようだ。

 いずれにしても異常事態には違いはない。数百の数の人間が一堂に地に伏している光景に黄美は混乱気味になって自分以外に目覚めている者が居ないかどうかを探し始めた。


 「黄美…これってどういう事?」


 「うわっ、びっくりした!」


 背中越しから聴こえて来た声に少し驚いて振り返る。そこには親友である愛理が自分と同じく戸惑いの色を隠し切れず不安げな眼をしていた。


 「何これ? な、何でみんなして倒れてるの?」


 「分からないわよ。とにかく状況を……」


 原因を探ろうと辺りを再度見渡す黄美であったが、グラウンドの中央を見て視点が固定される。

 

 「え…どうしたの黄美。…え?」


 突然グラウンドの中央を見て硬直した黄美を不審そうに見つめ自分も同じ方向へと目を向ける愛理。

 そして彼女もまるで石像の様に固まってしまった。自分の瞳に映り込んでいる異質な存在を見てしまって……。


 「き…狐…?」


 二人の視線の先には3人の人物が自分たちと同じく目覚めて意識を取り戻していたようだ。1人は二人と仲の良い仁乃、1人は面識はないが恐らく別クラスの娘だろう。だが最後の1人は明らかに普通の人間と定義するには些か納得できない部分があった。

 その人物は頭部と臀部に普通の人間とは違い獣を連想させる耳と尻尾が生えているのだ。


 「カエ…ちゃん…?」


 黄美は狐の様な少年を見てその人物の名前を無意識に口に出していた。

 髪や瞳の色と言い、耳と尻尾と言い普通の人間とは明らかに異なる出で立ちをしているがあの顔を自分が見間違えるわけがない。自分の大好きな幼馴染の顔を間違えるなど天地がひっくり返ってもありえない。

 隣で呆然としている愛理も黄美よりも数秒遅れてあの狐の様な少年が誰なのかを理解でき、思わず大声を出してその人物の名を呼んでしまった。


 「加江須君!? な、何で!?」


 叫んだ直後に思わずハッとなる愛理であるが時すでに遅し、彼女の堪え切れなかったリアクションはグラウンドの中央付近に居る3人にもバッチリと届いており、三者はそれぞれが三者三様の反応を顔に出した。


 余羽は目の前の恐ろしい怪物から意識を逸らされホッとした様な安堵を浮かべ、仁乃はまだ回復直後で頭がまだふらついているが焦りを見せ、そして加江須は黄美を見て仁乃と同じく焦りもあるがそれ以上に、自分の今の姿を見られてしまった事に対する恐怖を感じていた。


 「(黄美…愛理…何であの二人だけ目が覚めているんだよ? いや違う、今はそれより……)」


 無意識にゴクリと唾を呑み込む加江須。

 両者は互いに距離を保ったまま硬直し続け、最初に動いたのは黄美の方であった。


 「カエちゃん…だよね…?」


 ゆっくりと加江須に近づいて行く黄美。

 一歩、また一歩と距離を詰めて来る幼馴染に対して加江須は小さく顔を俯かせる事しか出来なかった。




 ◆◆◆




 学園の屋上からグラウンドの様子を眺めているディザイア。

 彼女は動揺の余り案山子の様に立ち尽くす事しか出来ない加江須の姿を見て、いかにもご満悦と言った表情を隠す事なく表現している。


 「いいわね、自分の正体を知られてしまい戸惑う彼。絶対的強者としての力を持っていても所詮は高校生と言ったところかしら。ああ…化け物としての出で立ちを見せられて混乱し、最愛の少女に顔向けできず俯く少年…すごく芸術性を感じられる1枚じゃない♪」


 「本当に…嫌な性格しているよな」


 ディザイアの仕込んだ悪趣味な趣向に思わず反吐が出そうになるヨウリ。

 だが奴隷である自分にそれを止めさせる力も資格もない。そもそもあの日自分を助けた理由だって小間使いが欲しいと言う理由からなのだ。


 「ああ言う瑞々しい思春期の少年少女の魅せる顔はやっぱり大好物よ。見ていると…もっともっと引っ掻き回したくなっちゃうわね」


 そう言いながらディザイアはうっとりとした顔をしている。眼下で行われている少年と少女のやり取りに対して陶酔し、まるで酒でも飲んだのかと思う程に酔いしれる。

 そんな彼女を少し引き気味に見ながらヨウリが話しかける。


 「それより他の連中にかけている能力は解除しなくても良いのか?」


 「そうねぇ、でももう少しだけ見ていた…あら、引っ込めちゃった」


 もう少しだけ見ていたいと言い出すディザイアであるが、加江須が耳と尻尾を引っ込めて元の変身前の姿へと戻る。

 

 「しょうがないわね――はいお目覚めなさい有象無象の皆さん」


 右手を空に向かって掲げた後、一度パチンッと指を鳴らし小気味よい音がヨウリの耳にも届く。その直後、地面に揃ってうつ伏せとなり倒れていた者達がゾロゾロと起き上がり始めた。


 「さて、じゃあ行きましょう」


 そう言うとディザイアはフェンスを飛び越えてヨウリの隣に降り立つ。

 

 「まったく、最後に余計な事してさ。これであの怪物に恨まれでもしたら大変だぜ?」

 

 「その時はその時よ。それに……」


 ディザイアはヨウリの頬に手を添えると、光の消えた瞳を向けながら邪悪に嗤う。


 「いざとなればあなたが守って頂戴ね。盾として…♪」


 「はいはい…」


 自分を人でなく物として見つめるその漆黒の瞳を向けられてもヨウリは何も感じない。

 この女は自分を体のいい使い捨ての道具としか思っていない。そんな事は自分を助けてくれたあの日から分かりきっている。


 ――『あなたを助けてあげても良いわ。でも条件、私の〝物〟になりなさい』


 あの時に至る所を負傷し満足に身体も動かせない状況、だから例え手を差し出している相手が悪魔であったとしてもその手を取るしかなかった。あの時の選択に後悔が無いと言えば噓になるだろう。だが今もこうして生きていられるのは間違いなく隣にいるこの女のお陰だ。

 

 「たくっ…人生どうなるか分からないな…」


 そう言いながらヨウリは一度足を止めて眼下のグラウンドに目を向ける。

 もうディザイアの能力は解除されてグラウンド内は大勢の人間でごった返しになっている為、あの中にいる加江須の姿が何処なのかは分からない。

 

 「まあお前は俺よりも女運に恵まれているんだ。俺の主のちょっかい位は寛大な心で許してくれよ」


 そう言うとヨウリは今度こそ学園の屋上から姿を消していった。




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