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体育祭 憎悪に燃える狐の虐殺劇     

ようやく主人公の2つ目の能力が披露できた…(汗)


 ゲダツによって地面へと弾かれた仁乃が顔を上げてみた最初に光景、それはゲダツの振り上げている腕が加江須に振り下ろされる瞬間であった。加江須も完全に意表を突かれた様な顔をしており、あの状況から彼があの凶悪な一撃を回避できないと仁乃は一瞬で理解できた。

 

 そして加江須が攻撃を避けきれないと悟った仁乃は自然と足に力を籠め、加江須の元まで一気に跳躍をするとその勢いのまま彼の体を両手で突き飛ばした。

 押し出された加江須は自分へと振り返って信じられないような顔をしており、最後に彼にそんな悲しみの色が出ている表情をさせてしまった事を悔やみながら仁乃は悲しそうに笑った。


 「生きて加江須…お願い」


 その直後、ゲダツの振り下ろした腕が仁乃の体を弾き飛ばし、彼女は鮮血を腹部に咲かせながら意識を闇の中へと沈めていった。




 ◆◆◆




 加江須は自分の見ている光景が理解できず間抜けに口を開いていた。

 瞳の中に映し出されるのは空中に赤い液体を零しながら弾き飛ばされた仁乃の姿。そのまま地面に転がって行き彼女は起き上がろうとはしない。


 「グガァ!!」

 

 ゲダツは今度こそ加江須の命を取ろうと再度腕を振り上げ、先程よりも勢いを増して腕を振り下ろす。


 「オマエモ死ネ!!」


 だがゲダツが腕を振り下ろして加江須の頭部を潰す直前、彼の姿がその場から消えた。


 「ナニ…ドコダ…?」


 ゲダツが途切れ途切れの言葉を零しながら消えた加江須の姿を捜そうと周囲を見ると、彼の姿はすぐに確認できた。

 ゲダツの視線の先では加江須が仁乃の身体を両手で支えて座り込んでいた。彼はゲダツに背を向けている為、彼の表情を窺う事は出来ない。だが、彼の表情は見えずともその背中からは彼の今の心境が赤裸々に語られていた。


 「グ…ガ…!?」


 ゲダツは加江須の背中を見ても飛び込もうとはせず、数歩後ろへと後退した。それは加江須の背中越しから放たれている圧倒的な殺気がゲダツの動きを完全に止めていた。

 

 倒れている生徒の中に紛れ込んで眠っているフリをしている余羽。彼女はゲダツよりもさらに後方から彼の――加江須の背中を眺めて震えていた。


 「はぁ…はぁ…」


 倒れながら様子を窺っている彼女は歯をガチガチと鳴らし、呼吸も荒くなり無意識に親指の爪を噛んでいた。


 ――圧倒的な恐怖、彼女の震えはそのせいであった。


 「(こ、怖い。怖い怖い怖い…!!)」


 ギュっと目をつぶってブルブルと体を震わせる余羽。

 彼女が恐ろしさを感じていたのはゲダツではない。その先にいる同じ転生者である加江須である。もちろん化け物の力と容姿をしているゲダツに対してもずっと怯えを感じていたが、今はそれが気にならなくなる位に加江須の方から感じる圧倒的な殺気の方しか気にならなかった。


 「(に、人間からあんな殺気が出るなんて…。こ、怖いよぉ…)」


 目尻に涙を溜めながら余羽は顔をうずめ、両手で頭を抱え込んでグラウンドを視界に入れないように必死に務める事しか出来なかった。




 ◆◆◆




 学園の屋上からグラウンドの様子を眺めていたディザイアとヨウリは眼下の光景に息をのんでいた。

 特にヨウリの方は冷や汗が止まらず膝も少し震えていた。


 「お、おい…やばくねぇかコレ…」


 グラウンドに居るゲダツ…ではなく加江須の姿を見てヨウリはディザイアへと話しかける。

 

 「アイツ…すげぇ殺気だぞ。こんなに離れてるのにまるで至近距離からガンを飛ばされている気分だぜ」


 「ええそうね…でも――本当に驚くのは今からだと思うわよ」


 「あ? それはどういう意味……」


 ヨウリが彼女の言葉の意味を尋ねようとするが、その意味を問う前にグラウンドが激しい光で包まれた。




 ◆◆◆




 仁乃の力なく横たわる身体を支えていた加江須。

 自分を庇って傷ついた彼女の姿を見つめていた加江須はしばし放心したように呆然とした顔をしていたが、やがて瞳からは涙が零れ落ちる。

 透明な彼の雫が口から一筋の血を零している仁乃の頬へと落ち、そして加江須の口から一言…たった一言だけの声が絞り出された。


 「…………………………………殺してやる」


 次の瞬間、加江須の体が先程のゲダツと同じように光り輝き始める。彼を中心に強風が渦巻き、その風に紛れて加江須の神力がグラウンド全体に漂っていく。

 やがて吹き荒れていた風は収まり、眩い光で包まれていた加江須の姿も露わとなった。


 ――そこに居たのは九つの尻尾を生やしている白髪の狐であった。


 「ナ…ン…ダ…?」


 ゲダツは視線の先に居る少年の姿に戸惑いを感じながら改めて彼の姿を確認する。


 少年の髪は白く変色し、瞳は金色へと変色している。さらに一番異彩なのは頭部と臀部である。彼の頭部と臀部からはそれぞれが狐を連想させる耳と9本の尻尾が生えているのだ。

 腕の中にいる仁乃をゆっくり、決してこれ以上は傷つけぬように慈愛と悲しみの二つの感情に満ちた眼差しで見つめながら横にする。


 そして仁乃を地面に寝かせた直後、彼の全身からゲダツの悪感情など比ではないどす黒い神力が放出される。


 「ひいっ!?」


 遠巻きで様子を窺っていた余羽はとうとう我慢できずに悲鳴を上げてガタガタと全身を震わせる。


 グラウンドに漂っている殺気混じりの神力に余羽は今すぐにでもこの場から逃げ出したい衝動に駆られる。だがまるで重りでも乗せられているかのような殺気混じりの神力は余羽の身体を起こす事すら許さず、その場で無様に怯えて震える事しか出来なかった。


 「グガギャアアアァァァァッ!!!」


 ゲダツが叫びをあげながら一気に加江須へと突っ込んでいく。

 怯えはあり恐怖もあったゲダツであるが、それ以上にゲダツと化す前の彼に抱いていた嫉妬心が勝って恐れ知らずにも加江須へと向かって行く。


 ――だがゲダツが走り出して加江須の5m付近まで近づいた時、ゲダツの四肢がそれぞれグラウンドに散らばった。両手両足がゴロゴロと転がり、その場で四肢を失ったゲダツが放り出される。


 「うるせぇんだよクソ野郎が。汚ねぇ口を開いてくせぇ口臭をまき散らしてんじゃねぇぞ」


 ゲダツの四肢を尻尾を伸ばして一瞬で切断する加江須。

 白い尻尾にはゲダツの四肢を切り裂いた時に付着した血がへばりついており、その血を見て加江須が不快そうに舌打ちをする。


 「チッ…きたねぇなぁ……汚物が付いたじゃねぇかよ!!」


 そう怒鳴りながら尻尾を操り四肢を失ったゲダツの腹部を先端で突き刺してやる。

 

 「ゴボォッ!!!」

 

 刺された箇所と口から血をまき散らすゲダツだが、加江須は残りの8本の尻尾を地に伏すゲダツの真上まで伸ばすと尻尾の先端をゲダツへと向ける。


 「楽に死ねると思ってんじゃねぇぞ。これからてめぇが息絶えるまで延々と串刺しにしてやるよ」


 そう言った直後、九つの尻尾がもう動けないゲダツへと降り注ぐ。

 生々しい肉を抉る音、苦痛に叫び声を上げるゲダツの悲鳴。それらがグラウンドに響き渡り続ける。


 「ひっ…ひっ…ひっ…」


 余羽はもう恐怖で眠っている演技などしていない。

 耳を塞ぎ鼓膜に届く不快な音を遮断して必死にこの殺戮劇が終わるのを待ち続ける。


 そして…今まで鳴り響いていた苦痛の叫びが消えて破壊音だけとなり、やがては肉体を破壊する音も鳴りやんだ。


 「………」


 無言でゲダツの居る…いやもう居たと言った表現の方が正しいのかもしれない。何しろ数千回にも及ぶ尻尾での攻撃でゲダツの身体は小さな粒となり周囲に散らばり原型が留まっていないのだ。

 彼の真っ白な尻尾はゲダツの血で赤一緒に染まっており、尻尾の先からはポタポタと赤い雫を落としている。

 小さな粒となりもはや復活も不可能な状態のゲダツは光となり消えて行き、その場には一方的な虐殺を終えた狐が一匹だけしかいなかった。


 「………」


 無言のまま加江須は仁乃の傍まで近寄ると彼女を抱きかかえる。腕の中で瞳を閉じている彼女を見て加江須はギリっと小さく歯ぎしりをした。


 静寂に包まれたグラウンドに彼以外に意識を保っている余羽がこっそりと顔を上げて加江須の姿を見つめる。


 「(お…終わった? で、でも今起き上がったりしたら…)」


 とにかく今は様子を窺うべきだと思う余羽であるが、彼女が一度まばたきをするとグラウンドの中央に立っている加江須の姿が忽然と消える。


 「え…どこに……?」


 「お前は何だ?」


 「ひぃッ!?」


 背後から声が聴こえてきて悲鳴交じりに振り返る余羽。

 そこにはどす黒い瞳で自分を見つめている加江須が一瞬で背後に立っていた。

 

 「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 悲鳴と共にゴロゴロと転がって加江須から距離を取る余羽。

 起き上がってさらに数歩後ろへと下がりながら膝をガクガクとしながら必死に自分は敵でない事を訴える。

 

 「ちちちち、違うの! わ、私は敵じゃないわ! あ、あなたと同じ転生者なの!!」


 喉が震え背中にじんわりと汗が湧き上がる余羽。

 しかし加江須は同じ転生者だと言われても何も反応を示しはしない。未だにどす黒い瞳を向け続けている。その瞳を見れば彼が1ミリも自分を信用しておらず、下手な事を言えば殺されかねないと余羽は本能で察知した。


 「お、お願いだから落ち着いて。わ、私は敵じゃないから…」


 「そうか、じゃあ何でさっきの戦闘を黙って見ていた?」

 

 加江須のその質問に余羽はドッと顔から汗を流す。

 

 「仁乃はこの学園の生徒の為、ゲダツと必死に戦っていたんだぞ。それなのに…てめぇは高みの見物か?」


 「ち、ちちち違…いや、そ、その…!」


 高みの見物、と言うのは正直間違いではない。争いの中に入りたくはないがために自分は戦いに参加しなかった。だがそれを馬鹿正直に言ってしまえば殺されかねない。だが下手に嘘を吐けばそれはそれで彼の逆鱗に触れかねない。

 

 「(ど、どうしよう。こ、怖いよぉ。…だ、誰か助けて…)」


 余羽は恐怖を隠し切れずに涙を流しながらこの状況を切り抜ける選択肢を必死になって考える。だが何を言っても彼に殺される未来が脳裏から離れてくれない。

 彼の腕の中で眠る少女をチラリと見つめる余羽。恐らく、いや間違いなくあの少女は彼にとって大切な人だったんだろう。それを失った彼に何を言っても火に油を注ぐ結果となりかねない。


 「(あっ…そ、そうだ…)」


 余羽は声を震わせながらも加江須の腕の中で横たわる仁乃を指差して最善と思える言葉を口にした。


 「そ、その娘…私の能力で治してあげましょうか? い、生きている限りは私の能力で彼女を治す事ができ……」


 「それは本当か!!!」


 今までヘドロの様に濁っていた加江須の瞳に一条の光が差し、一瞬で余羽の前まで移動して来た。

 目の前にまるで瞬間移動の如く移動をした加江須に少し腰を抜かしそうになるが何とか堪え、加江須の腕の中にいる仁乃を見て小さく頷いて大丈夫だとハッキリ言った。


 「まだ息があるなら大丈夫…地面に彼女を寝かせて…」


 震えながら指示を出す余羽。彼女の指示に従い加江須は仁乃を地面へと寝かせる。

 ゲダツの一撃で切り裂かれた腹部に手を当てて能力を発動させる。


 「まだ間に合う…お願い…起きて…」


 余羽は傷口の上に手を置いて修復の能力を発動させる。

 すると彼女の修復の能力が発動、切り裂かれている腹部は映像を巻き戻すかのように凄い速度で修復され、血で汚れて切り裂かれている体操服も一緒に元通りに修復された。


 「これでよし…死んでさえいなければ治せるはず…」


 余羽の修復作業を固唾を呑んで見守る加江須。


 そして、しばらくすると閉じていた仁乃の瞼がゆっくりと持ち上がり、一番最初に瞳に入った人物の名前を小さく呼んだ。


 「か…えす…?」


 「あ、ああ…ああそうだッ!!」


 確かに…確かに口を開き自分の名前を呼んでくれた彼女の事を強く抱きしめる加江須。

 傍にいる余羽の事など視界に入らず一心不乱に仁乃の名前を何度も強く、強く呼び続ける加江須。


 「仁乃、仁乃、仁乃ぉ!! よかっ…よかった…ああ、ああよかったよ」


 涙を零しながら加江須は仁乃を強く抱きしめ続け、そんな今にも壊れそうな彼の頭を仁乃は優しく撫でて彼にこう言った。


 「ただいま……」


 彼女のその言葉が嬉しくて嬉しくて、加江須はまるで子供の様にわんわんとしばらくの間は泣き続けていた。




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