体育祭 進化するゲダツ
学園の屋上から2人、そして眠っている生徒達の中に紛れて1人の見物人が居るとも知らずに加江須と仁乃はゲダツと向かい合っていた。
ゲダツは目の前で構えている2人の転生者に対して獣の咆哮を上げると一気に突進をしてくるゲダツ。
「仁乃、お前は後方からサポートしてくれ。もし倒れている人達に攻撃が飛んだらガードしてくれ」
「分かったわ。……油断しないでよね」
仁乃がそう言いながら加江須の背中を軽く後押しする。
こちらへと地面を揺らしながら迫るゲダツへと跳び向かって行く加江須。
「喰らえ!!」
加江須は炎を纏った右拳を思いっきり引くとそのまま相手の顔面へと引き放つ。しかしそれに応えるかの様にゲダツの方も剛力を放って互いに拳を激突させる。
両者の拳がぶつかり合う事で周囲には轟音と衝撃が飛び交い、ぶつかった張本人の二人は互いにわずかにのけぞる。だが加江須は両手を背後に向け、両の掌から炎を噴射してその推進力で一気に前へと進む。
「しゃおらッ!!」
加江須は空中で加速しながら一回転してゲダツの頭頂部に踵落としを決めてやる。
頭部を加速しながら真上から蹴りを落とされゲダツの口からは声が漏れ、さらに鼻と口から血が僅かに飛び散る。
「ギッ…ガッ…」
今の一撃でダメージがまだ抜けきっておらずにその場でふらつくゲダツに対し、地面に着地した加江須は右拳に神力を集約し極限まで威力を溜めて必殺の一撃の構えを取る。
「これで…ぶっとびやがれぇ!!!」
――ドゴンッ!!!
ゲダツの膨張した筋肉を破壊して拳が深々とめり込んで生々しい感触と確かな手ごたえを感じる加江須。神力が練りに練り込まれたその必殺の一撃を受けたゲダツははるか上空まで吹き飛んだ。だが攻撃はここで終わらない。
上空まで吹き飛んだゲダツはダメージが抜けきっていないところに攻撃を上乗せされてピクピクと空中で痙攣をする。そんなゲダツの体に地上から仁乃の飛ばした糸が幾重にもゲダツの肉体にグルグルと巻き付けられる。
「ヨシッ、掴んだわよ!!」
地上からゲダツを取り押さえた仁乃はそのまま糸を引っ張りグラウンドへと一気に墜落させていく。
一気にゲダツの体は下降していき、そのまま土煙を蔓延させ頭からゲダツはグラウンドの地中へとめり込む。
「やったわよ。さすがにあれは終わったでしょ」
そう言いながら仁乃は糸を切ってパンッパンッと手を叩く。地面に頭から突っ込んで身動きを取ろうとしないゲダツの姿を見ると確かにもう勝負がついたと加江須も思えた。だが、何故だか加江須は神力を未だに放出し続け警戒態勢を解かない。
「(何故だろう…まだ胸騒ぎが収まらない)」
どう考えても勝負ありだと思うが、しかし地面に埋まっているゲダツは未だに光にはならず肉体を維持し続けている。
「…とにかくトドメをさすか。仁乃、あのゲダツを一応は縛り上げておいてくれ」
「了解」
短い返事と共に仁乃は地面に埋まっているゲダツの身体を再び糸で拘束し、身動きが完全に取れない状態にした。
ゆっくりと油断をせずにゲダツへと近寄って行く加江須。炎を拳に宿し最後に一撃を加えんとするが――あと5m付近まで距離を詰めた時、ゲダツの様子が変化を見せた。
◆◆◆
仁乃に空中から一気に地面へと頭から叩き落されたゲダツは一瞬意識が飛んでいた。その数秒後に再び意識を取り戻すとゲダツの獣同然の思考能力に変化が生じた。
――……俺ハ……ドウナッテイル……?
強く頭部を打った事でゲダツの媒体となっている少年の意識が再び僅かばかりだが戻ったのだ。とは言え、もう見た目も完全に異形と化し、人間らしい思考力も塵程度にしか戻りはしなかった。もはや彼は自分が人間であった事、そして変貌する前の自分の名前すらも思い出せなかった。
だが、彼の中に1つだけ…人間であった時に抱いた〝ある感情〟だけは強く蘇った。
――アノ男…ユルセネェ…殺シテヤル…!
元々は強力な嫉妬心を抱いていたがゆえにゲダツへと変貌した少年。人としての記憶は思い出せずともその原因となった事実だけは朧気ながら記憶に留まっており、この瞬間に彼の中の悪感情が一気に湧きだち始める。
そして怒りを…負の感情を募らせれば募らせる程に彼のゲダツとしての力はドンドンと強力になる。
◆◆◆
地中に埋まるゲダツにトドメを刺そうとする加江須であるが、彼は残り5mまで近づくと一気に後ろへと跳んだ。
彼が背後へと跳んだ直後、ゲダツの身体が光り輝くと、あのゲダツの埋まっている周辺のグラウンドが一気に爆ぜた。
爆発によってグラウンドの土や砂利が加江須と仁乃の方へと飛んでいき肌をかすめる。
「いつっ…爆発したわよアイツ。糸の手応えも…もうないわね」
「ああ…だが自爆じゃないな。まだあの土煙の中から感じるぞ。ねっとりとした嫌な気配が……」
「確かに…」
二人が粉塵の中へと視線を向け続けていると、土煙でハッキリとした姿は見えないがその中から感じるゲダツ特有の気配がドンドンと濃くなってくる。
いつでも攻撃を繰り出せるように加江須と仁乃はそれぞれが能力を発動し、瞬時に攻撃が繰り出せるように身構える。
その時、土煙の中からゲダツの右腕が飛び出してきた。
「な…ちょっと何よあの腕は…」
仁乃が驚くのも無理はないだろう。粉塵から突き出してきた腕は先程まで戦っていたゲダツよりも一回り大きくなっており、さらに肌の色も緑色に変色しているのだ。
仁乃が驚いて見えている腕に視線を釘付けにしていると、煙の中から雄叫びが聴こえて来る。その咆哮と共に土煙が周囲に散らばりその中に居たゲダツの姿が露わになった。
「グガ…グギギ…」
「まるで別物だな。さっきまでの面影が無いぞ」
先程まではまだ変貌した姿でも人間としての面影が残っていた少年も今は見る影も無かった。体格は更に一回り大きくなり、更に頭部の角は形状が変形し、肌の色も緑一色に変色している。そして顔も獣の様な状態に近い。
だがこのゲダツが変わったのは見てくれだけではなかった。
「オ…マ…エ…殺ス……」
「な、何!?」
ゲダツは加江須を指差しながら低いうなり声と共に今、彼に話しかけて来たのだ。
今まで獣の様に吠えるだけしか出来なかったゲダツの変化には加江須だけでなく、隣にいる仁乃にも大きな衝撃を与えていた。
「あ、あいつ喋ってるわよ」
「ああ、放たれているどす黒い気配…変化した姿…あまり俺たちにとっては良くない事が起きたみたいだな…」
そう言って加江須は慎重に様子を窺う。もしかしたら変化した際に何かしらの特殊な能力を身に着けているかもしれない。そう思うとあまり馬鹿正直に向かってはいかず遠距離から攻撃を仕掛けて様子を窺おうと判断する。
「とりあえずまずは遠距離から様子を窺う。仁乃もサポートを…」
「うん、分かっ……」
加江須が仁乃に指示をするために一瞬、本当に一瞬だけだが加江須は目の前のゲダツから目を離してしまった。その瞬間、ゲダツはその場から消えたかと思えば加江須の頭部を掴みそのまま仁乃の横を通り過ぎた。
「うそ!? 加江須!!」
仁乃が振り返ってゲダツに頭を掴まれた加江須に向かって叫ぶ。
想像以上の速さとなっているゲダツに反応できなかった仁乃。それは頭部を掴まれた加江須も同じことであった。
「(目を離した一瞬の隙に…!? くそッ、油断した!!)」
頭部を鷲掴みにされながら加江須は敵の想定以上の強さに驚きながらも、自分の頭を掴んでいるゲダツの腕を同じく掴むと渾身の力で腕を叩き折ってやる。
「ギガァッ!!!」
ゲダツは腕を折られてせいで加江須の頭部から手を離してしまう。
空中に放り出された加江須はその場で横回転して遠心力を利用した蹴りを横っ腹に叩きこむが、ゲダツは蹴りが直撃するよりも一手早く拳を叩きこんで来た。
右頬に勢いよく拳を捻じ込まれて加江須の体はまるで紙切れの様に吹っ飛んでいく。
「ぐっ…強えぇ…」
吹っ飛ばされながら加江須は頬を拭うと片手で地面を叩いて勢いを殺し地面に着地する。
「ぺっ…」
口の中が鉄の味がして赤い唾を地面に吐き出す加江須。どうやら殴られた拍子に歯で頬の内側を切ってしまったようだ。
口の端に付いている血を親指で拭うとゲダツを見据える。
「……折れた腕がもう…」
ゲダツの戦闘能力の向上にも驚いたが、もう一つ、異常な回復力も変身して身に着けた様だ。頭部を掴んでいた右腕を確かにへし折ったはずだ。しかし10秒前に折ったゲダツの腕はもう完全に完治している。
「(予想以上に強くなっているな。気を抜くと大ダメージを負わされかねないぞ)」
そう思い加江須がゆっくりと深呼吸を一度し、ゲダツへと一気に突撃しようとする。
だが加江須が動きを見せるよりも先にゲダツの背後に糸で形成された槍が何本か突き刺さる。
「加江須から離れろォ!!!」
仁乃は周囲に糸の槍を大量に展開して自分に注意を向けさせようとするが、逆に加江須は彼女の援護に少し焦る。相手のゲダツは想像以上に強く、正直仁乃が狙われた場合に対処できるか不安が大きかった。
「(とにかく俺に注意を向けさせて…!)」
加江須は一気にゲダツへと跳躍するが、相手のゲダツは槍で背中を貫かれているにも関わらずまるで仁乃の方を見ようとはせず、迫りくる加江須だけしか見ていなかった。
「グガアアァァァッ!!!」
雄叫びと共にゲダツは自身の右腕を引き絞り、自分に迫ってくる加江須に照準を合わせてその剛腕を振るった。
だが先程と違い相手に意識を集中している加江須は空中で身を捩って拳を紙一重で回避、そのまま顔面に特大の炎球をぶつけてやる。
「まだまだまだぁ!!!」
そのままダメージと共に視界を炎で奪った後、ゲダツの腹部に連続ラッシュを叩きこんでやる加江須。炎と神力の二つで強化された拳はゲダツの腹筋を貫き、そのまま内側から炎を巻き起こす。
全身から焦げ臭い臭いを放ち、至る所から血を吹き出すゲダツ。もう完全に再起不能かと思い勝利を確信してしまった加江須。
「終わったか…?」
そう思って倒れ行くゲダツを見るが、その直後にゲダツの身体がまた光り輝いた。
「なっ!?」
――ゲダツが再び発光した直後、加江須の顔面に拳が叩きこまれた。




