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体育祭 血に塗れたグラウンド


 昼休みの終了後、午後の部の競技も次々に進んでいき順調にプログラムは消化されていった。

 そしていよいよ加江須が代表に選ばれた200mリレーがスタートしようとしていた。


 「さーて…この競技で勝てば総合得点で1位になれるぞ」


 加江須がスタート位置で軽くストレッチをしながら得点版を見つめる。

 ここまでの競技で自分の1組は総合2位まで順位は上がり、このリレーで勝てば1位の3組を追い上げる事が出来る。

 

 「(まあ仁乃が居なければ間違いなく1位はとれ…うぉっ!?)」


 加江須がチラリと自分以外の第1走者を見てみると、一番右端に見知った男の姿が確認できた。


 「(あ…アイツ…なんつー眼で人の事を見てるんだよ)」


 加江須が見ているのは前日に自分に絡んで来たあの男子生徒であった。

 彼は血走った眼をして加江須の事を見つめており、その鬼気迫る様子に自分だけでなく他の第1走者である生徒も少し距離を開いていた。


 「(たくっ…この期に及んでまだああまで露骨に敵意を向けて来るとはな…)」


 正直、前日に圧倒的な大差で周回遅れの現実を見せてやったにも関わらずにあそこまで闘争心を向けられる姿勢は凄いのだが、元々あの男が絡んで来た理由はリレーに対する勝利への渇望などではなく、自分が黄美と仲良くしている事に対する嫉妬から来ている。そう考えれば小さい男だとも思える。


 そんな加江須の呆れにも似た感情を向けられている彼は歯ぎしりをしながら未だに加江須の事を睨みつけている。


 「(勝ってやる、勝ってやる…かってやるよぉ! お前に勝って愛野さんの心を奪って見せる!!)」


 そしていよいよリレーが開始する。

 第一走者が全員スタートの構えを取り、審判役の教師が首にぶらさげている笛を手に持ってスタートを声高々に出す。


 『位置に―ついて…よーい…ドンッ!!!』


 スタートを知らせる言葉と共に笛を思いっきり吹いた教師。

 鼓膜を震わせるほどの笛の音に反応して選手が一斉にスタートするが、その中で2人の生徒が他3人を置き去りに一気に前へと出た。


 飛び出した1人は転生者たる加江須であるが、もう一人はその彼を目の敵にしている加江須に絡んだ男子生徒であった。


 「負けねぇえぇぇぇええええぇぇ!!」


 「うおっ!?」


 加江須の脚力に匹敵する程の走りを見せる彼はそのまま雄叫びと共に1位へと躍り出る。まさか自分のスタートダッシュを追い越して来るとは思わず少し驚く加江須ではあったが、彼はすぐに追い抜いて1位に躍り出た。


 「(抜いてんじゃねぇよ!!)」


 加江須を睨みながら彼もまた追い抜き返そうとするが、どれだけ必死で脚を動かしても加江須との距離はドンドンと広がって行き、次のリレー選手まで残りの距離が50mを切った時にはもう追い抜き不可能と思われるほどの距離を開けられた。


 「(ふざ…けんなぁ!!)」


 下唇を噛んで顎下まで血を滴らせる男であるが、現実は残酷にも彼を加江須に追いつかせる奇跡は起こしてはくれず、余裕をもって次の選手にバトンを渡す加江須。

 

 「(な…何でお前はそんなに速いんだよ!?)」


 頭が沸騰しそうな程の怒りで支配された彼はこの時、脳内に昨日の出来事がフラッシュバックした。

 それはグラウンドで周回遅れを味わった苦い記憶。どれだけ全力で走っても全く追いつけない忌まわしい男、その背中をまたしても自分は見つめている。


 ――その時、彼の眼の端には必死に応援している1人の女性が映った。


 「頑張れカエちゃん!!」


 それは敵クラスであるにも関わらずに抑えきれない感情が声に出てしまっている、自分が心から好いている女性の姿であった。


 「(愛野さん…どうして…)」


 昨日は自分をゴミの様に見ていた彼女が今は敵対クラスの生徒であるあの男を…久利加江須を満面の笑みで応援している。


 ――そこまで思考が及んだ瞬間、彼の意識は一気に闇に沈んだ。




 ◆◆◆




 加江須はイザナミによって生き返らせて貰う際に代わりにゲダツと戦う事を頼まれた。そのイザナミの話ではゲダツは負の感情の集合体、そう言っていた。だが何事にも例外と言うものはある。例えば加江須は廃校で転生者を喰らった事で一見すると普通の人間の女性と変わらぬゲダツと戦った経歴がある。イザナミはソレを亜種と呼んでいた。つまりはイザナミの言っていたセオリーを無視して生まれるタイプのゲダツも居るという事だ。


 そしてここに今、またしても常識を破った新たなタイプのゲダツが生まれた。


 大勢の人間の持つ負の感情が集合する事で形を成すゲダツであるが、大きな負の感情を抱いている1人の少年の負のエネルギーに引き寄せられ、このグラウンド内の大勢の人間が心の片隅に持っている負の感情はこの瞬間、ここに居る嫉妬心に満ちた少年へと集約した。


 「がっ…ごっ…!?」


 突然胸が苦しみだし、次の選手の元まで走りきる前で膝をつく男。まるで心臓を鷲掴みにされたような苦痛が胸から毛先にまで浸透し、大量の脂汗を浮かべる。


 「なん…だよ…これ…」


 彼が人としての思考を保てたのはここまでであった。


 「(愛野…さ…ん…)」


 胸を押さえながら倒れ行く男であったが、彼が視線を向ける先に居る黄美の視線は彼の事など全く見てはいなかった。




 ◆◆◆




 「はいよ、後は任せ…ッ!?」


 次の走者にバトンを渡していた加江須であるが、彼はバトンを手渡すと同時に背後から強烈な殺意――そしてゲダツ特有の悪感情の塊を感じ取った。


 背後を振り向いて濃厚な悪の気配の先を辿ると、そのむせる様な気配は今まで一緒に走っていた自分を目の敵にしているあの男から発せられていた。

 地面に倒れ込んでビクビクと痙攣している彼の元に審判役として一番近くに居る教師が駆け寄ろうとする。だがそれよりも近くに居た他の第1走者の生徒が思わず足を止めてしまった。


 「お、おい…大丈夫か?」


 一番最後尾を走っていた5組の生徒が足を止め、倒れて蹲る彼に近づいて手を伸ばす。


 「ソイツに触るなァァァァァ!!!」


 加江須は大声で手を伸ばす生徒に呼び掛けるが、彼が声を上げたと同時に悲劇は起きた。


 ――心配そうに肩に手を伸ばした少年の胴体を倒れた男の腕が貫いた。


 「……あれ?」


 胴体を突き刺された少年は少し不思議そうな声を漏らした後、その1秒後に白目をむいて動かなくなった。

 腕に突き刺さった少年を乱雑に突き飛ばし、風穴の開いた生徒の身体がゴロゴロと審判役の教師の元まで転がって行く。


 「……う」


 目の前で大きな穴を開けられた血みどろの生徒の死体を目の当たりにした教師は一瞬だが喉の奥から声を漏らし、一度口を閉じたその後に今度は余すことなく喉の奥から絶叫を轟かせた。


 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!??」


 教師の恐怖、戸惑い、混乱をぐちゃぐちゃに混ぜ込んだ悲鳴はグラウンドに居る全ての人間の鼓膜を震わせ、すぐに他の大勢の人間にも恐怖は伝染し最上級の悲鳴をグラウンド内の人々が次から次へと同じくほとばしらせる。


 その悲鳴を生み出した男は幽鬼の様に立ち上がると、今度は肉体面の方に変化が生じる。

 男の筋肉は膨張し、彼の肉体のサイズは一回り二回りと大きくなり、更に頭部からは角の様な物が生えて来る。それはもう人の姿を捨て去った完全無欠の化け物、見た目も感じる気配もゲダツそのものであった。

 その姿を見たこの場に居る者達は当然更に絶叫を上げ、皆が急いで学園の外へと逃げ出そうとする。


 「不味い!!」


 加江須は今の状況をどう収集すればいいのか分からず混乱に陥る。

 何故普通の少年がゲダツへと変貌したのかと言う疑問もあるがそんな事は今は些細な事だ。それよりも問題なのは人が一人死に、さらにゲダツに襲われる光景をこの場に居る大勢の一般人が目撃した事だ。本来ゲダツは普通の人間には視認できない、しかし今回のパターンは少し違う。人間がゲダツ化した場合は媒体となっているのは元は普通の人間なので、この場合は普通の人間にもゲダツ化した少年の姿も見ることが出来る。


 「(くっ…とにかくまずは場を治めないと! いや、それよりもゲダツを倒すべき? だが戦っている現場をこんなにも大勢の人間に見られたら!!)」


 何から手を付けるべきか分からず加江須も混乱している。そうして手をこまねいている間にゲダツ化した男――いやゲダツは逃げ惑う一般人たちの方を見て唸り声を上げている。


 「(やばい! もう人に戦っている現場を見られるなんて気にしている場合じゃない!!)」


 こうなった以上人目をはばからずに神力を解放しようとする加江須であるが、ここで更に予想外の事態が発生した。

 逃げ惑う大勢の生徒達や教師、そして来園した親達が一斉に電池の切れたロボットの様に動きを止めそのまま倒れ込んだのだ。合計すれば数百の数の人間が一斉に倒れ込むその光景に加江須は更に混乱が大きくなる。


 「た、倒れた!? あのゲダツになった男の能力か!?」


 ゲダツは時には転生者と同じく特殊能力を携えている場合もある。もしかすればこの不可解な現象もあそこにいるゲダツの仕業かと疑うが、しかし見たところあのゲダツは唸っているだけで何かをした様子は見受けられない。

 だがこの状況は加江須にとってはありがたかった。加江須は急いでゲダツのすぐ傍まで移動すると側頭部に蹴りを見舞ってやる。

 

 「ウガァッ!!」


 「なんだと!?」


 加江須の放った蹴りをゲダツは片手で受け止めると、そのまま加江須の体を振り上げて一気に地面まで叩き落そうとする。


 「ぐっ、やばっ!!」


 加江須は地面に頭から振り下ろされる直前に両手を頭の後ろに回して受け身をとろうとする。だが地面に叩き落とされる一歩手前、ゲダツの振り下ろした腕が途中で止まり地面への激突が中断された。


 「今よ加江須!! 早く抜け出して!!」


 声のする方向に目を向けるとゲダツの背後で仁乃が糸を出し、加江須を掴んでいる方のゲダツの腕に糸を巻き付け片手を封じていた。

 片腕を糸で止められ唸りながら仁乃へと振り向くゲダツであるが、縛られている腕の中に入る加江須はこの好機を逃さず腕に炎を纏うとゲダツの後頭部に熱い拳を叩きこんでやる。


 「グギャアアア!?」


 頭部を殴られると同時、悲鳴と共に加江須の脚を掴んでいた手の力が緩まるゲダツ。そのまま加江須は仁乃の方まで跳躍して距離を取った。


 「助かったぜ仁乃」


 「ええ…でもこれってどういう事よ…?」


 仁乃はゲダツに巻き付けていた糸を切ると、周囲のこの状況に眉をひそめた。


 グラウンド内に居た大勢の百を超える人間が全く同時に倒れ込んでしまっている。その中でどういう訳か自分と加江須だけは平然としていると言うのもおかしな現象だ。


 「だが…この状況は気味が悪いが少しありがたくもある。これなら人前でも存分に戦えるからな」


 「まあ…そりゃね」


 二人はそれぞれが炎と糸を周囲に展開するとゲダツを見据える。

 ゲダツは低いうなり声と共にしばし様子を窺っており、加江須たちとゲダツはしばし睨み合い続けている。


 ――その光景を実は陰で眺めている少女が1人居た。


 「うっわ~…まさか学校でゲダツに襲われるなんて…」


 気絶している生徒達に紛れ込み、現在ゲダツと対峙している加江須と仁乃の様子をこっそりとうつ伏せのまま窺っているのは同じく転生者である花沢余羽である。彼女は自分の正体がバレぬよう、面倒ごとに巻き込まれぬように眠ったふりをしてやり過ごそうと考えているのだ。


 「頼むから早く倒してくださいよお二人さん」


 そう言いながら余羽はグラウンド中央で対峙している転生者とゲダツの戦いの行く末を見届けるのであった。




 ◆◆◆




 グラウンドで向かい合う加江須と仁乃、そしてゲダツの様子を窺っているのは余羽だけでなく実は学園の屋上にもう2人存在した。


 「うおっ、あの男子生徒ゲダツになったぞ!」


 「ええ、私も初めて見るパターンね。少し面白そうじゃない」


 そう言いながら菫色の女は興味深そうに眼下の光景に喰いついていた。

 そんな彼女の後ろ、フェンス越しではヨウリがゲダツから倒れている人間達の方へ視線を移動させた。


 「いきなり眠るように倒れ込んだけど…これってアンタの能力だよな?」


 「ええそうよ。眠るよう…ではなく全員眠らせたのよ。ただし一度に百以上の人間に能力を使ったから転生者には影響を与えてないけど。まあ、元々彼等を眠らせる気は無かったけどね」


 「アンタならあんなバケモンぐらい簡単に始末できるだろ?」


 「ええ、でもこの学園の生徒に任せてみようじゃない」


 そう言いながら屋上で高みの見物をする菫色の女とヨウリ。

 

 「アンタも中々悪趣味だな――ディザイア」


 ヨウリがそう言うと菫色の女、ディザイアはクスクスと口元に手を当てて小さく微笑むのであった。




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