体育祭 嫉妬は人を異形にも変える
「さーて…次は黄美や愛理のクラスとの戦いか」
グラウンド中央に集まった1組と2組の生徒、それぞれがクラスで固まって二手に分かれて対峙する。
対面に居る2組の生徒、その中には黄美と愛理の姿も確認できた。そしてそれは逆もしかり、黄美と愛理も加江須の事を視認できており、加江須の視線に気づいた黄美は頬を染めて照れくさそうな表情となる。そんな彼女とは異なり、愛理の方は半ば諦めムードの表情をしている。
「(カエちゃんったら…あんな熱烈な視線で見つめて…もう♡)」
「(う~む…加江須君が居るクラス相手じゃ歯が立たない気が…)」
転生者である加江須の居る1組と、至って普通の人間だけの2組との戦い。当然と言うか勝負はアッサリと決まってしまった……1組の勝利で……。
「(すまん、黄美、愛理…)」
クラスの為にもわざと負ける訳にもいかず全力で勝利を勝ち取った1組。ただ、相手のクラスが普通の人ばかりなので今回は加江須も神力を一切使わずフェアを意識して戦ったとだけ言っておこう。
1回戦とは違い2回戦はあっさりと終了した綱引き勝負。次はいよいよ加江須と仁乃の戦いとなった。
「さーて…これは手強いぞ…」
加江須は綱を握りながら敵クラスに居る仁乃を見つめる。
彼女の方も加江須の視線に気づいてニヤリと交戦的な笑みを向けた。
『さあ最終勝負。よーい…スタート!!』
審判がスタートを切った瞬間に3組側、厳密にいえば仁乃は神力を余すことなく発揮して綱を引っ張った。
「(うおっ、仁乃め、いきなりかよ!)」
スタート出だしからまさか惜しみなく神力を解放して来るとは思わず少し引っ張られてしまう加江須であるが、すぐに踏み止まり仁乃と同様に腕に神力を籠めて対抗する。
「ぐぐぐ…みんな引いてぇ!!」
仁乃が自分だけでなくクラスメイト達にも応援を求めて声にすると、ここまで来て負けたくないと言う思いから3組の生徒全員が腹から声を出して息の合った状態で綱を引っぱる。
――ズリズリズリ……。
相手クラスの団結力は予想以上で、じりじりと綱を持っていかれる1組生徒達。しかしここで負けてなるものかと加江須は思わず本気で縄を引っ張ってしまった。
「どらあぁぁぁぁぁ!!!」
雄叫びと共に一気に縄を手前へと引いた加江須。
その強烈な引きによって、相手クラスは全員が縄を持った状態で僅かに宙へ浮かんで引っ張られていった。
「「「「「「ええええええええええええ!!!???」」」」」」
その光景を見ていたこのグラウンドに居る全ての者達が声を揃えて驚きの声を上げた。
一クラス分の生徒達が宙に浮かんで引っ張られると言う光景はこの試合を観戦していたすべての者の度肝を抜き、引っ張られた3組の生徒は仁乃以外がポカンと口を開きつつ地面に尻もちを着いた。
「いたっ!」
「うがっ、ケツ打った!?」
宙に放り出された3組生徒達は揃って地面に尻を打ち、全員が地面に激突した個所を押さえながら信じられない顔をして1組を見ていた。
「え…なに今の?」
「ま、漫画みたいに引っ張られたんだけど…」
痛みを堪えつつ今の現象にまだ納得、と言うか理解できない3組生徒達。しかしそれは1組の生徒達も同じであった。まさかあんな風に相手が枯れ葉の様な浮かび上がり方を集団でするとは思いもしなかったのだ。
『あ…、い、1位は1組となりました。これにて綱引きは終了、次の競技に移ります』
審判役の教師もしばしあんぐりと口を開いていたが、何とか思考を正常に戻して進行を進める。
グラウンド中央から自軍に戻る際、1位を獲った1組の生徒達は先程の結果について話ながら歩いていた。
「凄いな、何であんな事になったんだ?」
「う~ん…3組の生徒が偶然にも全員が同時に気を抜いて…その瞬間にこれまた偶然にも私たちが全員同時に全力で縄を引いたから…かな…?」
「でもあんな数十人の人間を浮かび上がらせられるもんかぁ?」
まだ理解が及んでいない1組生徒達であるが、実際に起こった現象に嘘も何もない。少し不思議な感じを残しつつもとりあえずは各々がそれぞれ原因を勝手に想像して自軍へと戻る。
その中で加江須は内心で冷や汗を流していた。
「(や…やべー。少し力入れ過ぎたみたいだ。不幸中の幸い、皆は奇妙な偶然の重なり合いで引き起こされた現象だと思っているみたいだが……)」
改めて一般人相手には全力を出してはいけないのだと肝に銘じる加江須であるが、彼は大事な事を見落としていた。相手の3組には同じ転生者の仁乃が居た。にもかかわらず彼はそれをものともしなかったのだ。
全力で縄を引いていた仁乃を余力を残して引っ張り上げた加江須。この時点で彼が転生者として異質である事は十分すぎる証明となっている事を彼は気付いていなかった。
◆◆◆
「あらあら…」
屋上で先程の綱引きで起きた圧倒的な勝敗の決まり方、それを見ていた菫色の髪の女性。その背後ではフェンスを挟んでヨウリが引き攣った顔をしていた。
「たくっ…こうして見てみるとバケモンだな。転生者って言うのは…」
「ふふ、本当ね。あんな連中に何度も襲われた身としては余り笑えないけどね」
「でもバケモンっとカテゴリーに分けるならあんたもそうだろ。人の悪感情から生まれた〝ゲダツ〟さん」
ヨウリがそう言うと、菫色の女は妖し気に笑った。
「そうねぇ…でも今の私ならあそこに居る転生者達の前を歩いてもバレはしないわ。だって今の私は――〝人間〟なんだもの」
◆◆◆
綱引き以降も様々な競技をこなしていく学生達。
午前中のプログラムは大体終了し、そして動き回り空腹となった生徒達に嬉しいアナウンスが流れ始める。
『それではこれより昼休憩とします。皆さん、各自昼食をとってください。もちろん水分補給も忘れずにとってくださいね』
激しい運動でもう空腹だった生徒達は皆がそれぞれ食事にする。
応援に来ている親御さん達と一緒に食べている者達、クラス内で場所を取って一緒に食べている者達など様々だが、グラウンドの隅の方では敵クラス同士で食べている者達が居た。
「いやー青空の下で食べるお弁当はいいねぇ♪」
「何言ってるのよ。普段も屋上で食べてるんだから同じことでしょ」
「はいカエちゃん、あーんして♪」
「…いや、おかしくないかこの状況?」
加江須と共に昼食を食べているメンバーは2組の黄美と愛理、3組の仁乃と現在もまだ競い合っている敵クラスの女子達だ。もちろんいつもはこのメンバーで食べてはいるが、今日は流石に各々が別々に食べると思っていた加江須。
少し戸惑っている加江須に対して仁乃が不満そうに見つめながら言った。
「なによ、私たちと一緒じゃ不満なわけ? こんな可愛い女の子たちに囲まれて随分ぜいたくな悩みね」
「いやそういう訳じゃ…ただ戦っているクラス同士で食べるとは思わなかっただけだよ。てゆーかお前等は親御さんとかと食べなくていいのか?」
一応は気を使ってそう言うが、その質問に対して3人は揃って同じ答えを述べる。
「私は親は来てないわよ。仕事の都合でね」
「私も同じく家族は今日は来てないから心配しなくてもいいよカエちゃん」
「以下同文でーす」
どうやら全員家族は都合で来ていないらしい。それは加江須も同じであった。と言うより高校生にもなっても無理して応援に来なくてもいいと自分から言っておいたくらいなのだ。
「それに私たち以外にも他のクラス同士で食べている人達だっているじゃない」
そう言いながら仁乃は箸の切っ先を離れて食べている生徒達に向ける。少し行儀悪いが箸の方向を見ると、確かに自分のクラスの女子が他のクラスの女子と仲良くお弁当を食べて談笑している姿が見える。
「そうだな…ま、昼休みくらいは敵味方の隔てなく過ごしてもいいよな」
「そうだよカエちゃん、はいあーん♪」
そう言いながら仁乃は箸で摘まんだ唐揚げを加江須へと食べさせようとする。
「お、おい黄美。別に自分で食べられるよ。それに他の連中にも見られるし…」
「え、いいでしょ? 私はむしろカエちゃんと仲良くしている所を見せつけたいくらいなんだから」
「そ…そうか…」
周囲の視線など本当に気にも留めていない満面の笑みで加江須の事を見つめる黄美。その姿を見ると照れくささだけでなく、どこか胸がズキッと痛んだ。
その光景を見ている二人も黄美の変化を感じつつあった。
「何だか黄美、日に日に大胆になっている様な気がするけど…気のせいかな?」
「いや、私も同じ思いよ。でも……」
加江須ほどではないが、仁乃も最近になって黄美の様子が少し変である事を薄々とだが感じ取っていた。ただそれはあくまで少々何かが変わったと言う認識、加江須の様に彼女の豹変現場を見ているわけではないのであくまで何となく…本当にそんな認識であった。
加江須が3人の女子生徒、それも全員レベルの高い女の子に囲まれている現場を見て内心で恨めしく思っている1組の男子生徒達。
「くそ…爆発しろ…」
「畜生、こっちは家族も来てないから余った野郎どもで飯食ってんだぞ…」
もはやおなじみになりつつある加江須に対しての嫉妬攻撃だが、加江須本人ももう慣れたのか今ではまるで気にもならなくなった。
だからだろうか、1組生徒の他に加江須に対して恨めしそうな眼をしている男に気が付けなかったのは……。
◆◆◆
「畜生…チクショウが…!」
1組の陣地から少し離れた木の陰で加江須の事を恨めしそうに見ているのは他クラスの生徒であった。彼は前日に黄美に見事に告白する前に振られたリレー代表選手の男子だ。昨日散々罵声を浴びせられたにもかかわらず、この男はまだ黄美の事を諦めきれず、午後の競技のリレーで勝利をおさめたら当初の予定通りに彼女に告白をしようと考えていた。
だがそんな男の心が抉られる光景が視界に飛び込んで来た。
「なっ…あいつ…!?」
黄美は自分のお弁当からおかずを摘まむと、それをあの忌々しい久利加江須に食べさせてあげようとしているのだ。
自分の大好きな人が…天使の様な笑みと共に自分が一番気に入らないと思っている男に尽くすその姿を見て彼は無意識に手に持っていた自分の弁当箱を落とし、母親の用意してくれたその中身を地面へとぶちまけた。
「くそぉ…何で…何でアイツは愛野さんにああまで尽くされてるんだよ。ただ運よく幼馴染と言う関係になれただけのくせに……」
どす黒い感情が腹の奥からせりあがって行き、ソレは声となった彼の口から零れて行く。加江須と言う人間に対して怨嗟の言葉が小声で次から次へと漏れて行き、やがて彼の瞳からは赤い血の涙が一滴零れ落ちた。
「……んでやる」
加江須を見つめながら一緒に視界に入る楽しそうな黄美の表情を見て、改めて静かながらもハッキリとした口調で再度同じ言葉を男は零した。
「恨んでやる久利加江須ぅ……」
そう怨嗟に塗れた言葉が口から零れた男。その一瞬、彼の目が真っ赤に染まった。
◆◆◆
「「!?」」
4人で昼食をとっていた加江須達であったが、加江須と仁乃の二人は転生者として何度も感じ取った〝あの気配〟に反応して立ち上がる。
二人は同時に立ち上がり、周囲をキョロキョロと見渡し始める。
「カエちゃん…?」
「ど、どうしたの急に…?」
黄美と愛理は不思議そうな表情で二人の事を見て戸惑いの色を浮かべる。
しばし周辺を見た後、二人は『何でもない』と言ってはぐらかす。だが、その表情は立ち上がる前よりも緊張感に包まれていた。
「(気のせい…かしら…?)」
「(でも今…一瞬、本当に一瞬だが感じたぞ…)」
加江須と仁乃はちらっと互いに一瞬だけ目配せをして小さく頷いた。今感じた気配が自分の勘違いではない事を確かめるために。そして相手が頷いたことから二人は自分が察知した今の気配の正体が勘違いではない事を理解する。
「「(確かに感じた…このグラウンド内にゲダツの気配を…!!)」」
もうすぐ昼休憩も終わり、午後の部が始まろうとしていた。
だがこのグラウンド内に居る生徒達、教師たち、そして来園した応援の皆はまだ気付いていない。この午後の部で行われるある競技の最中、この体育祭が悲鳴で彩られることに……。




