体育祭 猛暑の中で始まる体育祭
晴れ晴れとした快晴の空、それはこれから始まるこの大きなイベントを祝福しているかの様であった。少し暑苦しい祝福ではあるが……。
新在間学園のグラウンドには、この学園所属の全校生徒、そして全教師が集まっており皆がそれぞれの学年、クラスごとに分かれて列を作って整列をしている。
グラウンドに設置されている朝礼台の上を全校生徒が眺めており、やがてその階段を上りこの学園の校長先生が朝礼台の上へと立った。
用意されたマイクを手に取り、一度小さくマイクテストをした後に眼下に居る生徒一同へとスピーチを始める。
『おはようございます皆さん。今日は見ての通りの快晴、この体育祭を無事に開催する事が出来ました。今日はこの猛暑を吹き飛ばすほどの活躍をこの体育祭で披露してくれる事を心より楽しみにしています』
校長がマイク越しで語るスピーチは去年とほとんど変わらない内容で、皆が早く終わらせてくれと願いながら朝礼台の上で笑顔で話をしている校長を見つめる。
2年生の1組の列では加江須は校長の話などほとんど聞き流しており、今も彼の頭の中では幼馴染の事で埋め尽くされている。
「(……結局体育祭が始まってもこの始末。……本当に情けねぇな)」
そんな事を考えながら隣のクラスの列へとこっそり視線を向ける加江須。
彼の視線の先では自身のクラスで整列している黄美の姿が捉えられ、その姿はいつもとどこも変わらない。
「(こうして見てるとあいつがおかしくなっているなんて思えないよな)」
そんな事を考えていると自分の前で並んでいた生徒たちが移動を開始し始める。
気が付けば校長も壇上から降りており、慌てて加江須も前の生徒の後について行く。
何はともあれ、新在間学園の体育祭がここに開催された。
◆◆◆
グラウンドを開けてそれぞれのクラスがあてがわれたエリアに集まった。
加江須のクラス内では第1種目に出る生徒たちが軽く準備運動をして体を慣らしている。
「確か第1種目は100メートル走、確かこれは俺も出るな」
今は1年生同士のクラスが走っており、それも間も無く終了しそうなので2年生の加江須達も移動を開始する。
1年生のレースはそれぞれのクラスの1着がバランスよく分かれて白熱し、今度は2年生の番が回ってくる。
加江須たち2年の出場選手はスタート前で整列し、第1走者が走り始める。
「(あまり全力では走らない。だが1位は取らなきゃ…こんな余裕な考えをレース前でしているのなんて俺くらいだろうなぁ)」
転生者と一般人との違いをしみじみと感じる加江須であるが、同じような事考えているのは実は他にも居た。
「余裕そうじゃないの1組の生徒さん」
「おっ仁乃。お前もこの100メートル走るのか」
加江須の右隣の列には同じ転生者である仁乃が並んでおり、加江須に少し挑戦的な眼を向けていた。
「順番的にあんたとは走れないけど油断して足元救われないようにね」
「そう言うお前だって人の事ばかり見て油断すんなよ」
「ふんっ、私に限ってそんなヘマはないわよ!」
ふふんと挑戦的な笑みと共に腰に手を当て胸を張る仁乃。
ポーズをとる際、体操着という事もあり制服を着ている時以上に自己主張の強い仁乃の胸が大きく揺れる。その胸部の激しい上下の動きに思わず顔を逸らしてしまう加江須。近くに居た他の男性陣もおおっと声を出し、女性陣は少し嫉妬の籠った目で見ていた。
「ん? なに顔逸らしてるのよ?」
「べ、別に…」
「まあいいわ。順番的に先に私が走るからその勇姿を刮目しなさい!」
そう言いつつ仁乃の前の走者が走り終わり次はいよいよ彼女の番となった。
自信満々の顔をしながらも、かといって負ける気など一切感じさせない気迫を纏っている仁乃。
「では位置に―ついて…よーいドン!!」
審判を務めている教師のホイッスルに従い一斉にスタートする走者。
全部で5クラスが走る中、宣告通りに仁乃が一番先頭を走り抜ける。もちろん常人離れした身体能力を全開してはいないが、それでも他の4人の生徒を置き去りにゴールまで駆け抜ける。
その勇ましい彼女の走りに加江須はおおっと感嘆の声を漏らした。
そのままぶっちぎりで1位を獲った仁乃、ゴールを超えた後にスタート地点に居る加江須に向かって笑顔でピースサインを送る。
「(ああ凄かったよ仁乃。おめでとう)」
流石に敵クラスなので直接拍手はできないが、心の中で惜しみない称賛を送り続ける加江須。
「ごくっ…みたか今の揺れ…」
「ああ、半端ねー。もう一回走ってほしい…」
ちなみに自分の後ろの方では他の男子共が順位よりももっと別の部分を見ており、あまり卑猥な眼で彼女を見ている事に関して不満を感じる。
「(たくっ…ちゃんと順位の方を評価しろよ)」
何故だが他の男が下賤な眼で仁乃の事を見ていると思うと無性に腹が立ってくる。というより、普通は男子は男子、女子は女子で分けて走るものだと思うのだが。この学園の教師は何故男女混合で走らせたのか…。
「(仁乃をゲスな眼で見やがって…ぶっちぎってやる)」
両隣りを挟んで並走する男共を見てそんな事を考えていると次の自分のレースが回ってくる。
スタート位置に着き審判の合図を待つ加江須。
「位置にーついて…よーいドン!」
ホイッスルのけたたましい音に従い全員がスタートするが――
「うおっ!?」
「はやっ!?」
当然順位は加江須がぶっちぎの1位で終わったのだった。
◆◆◆
100メートル走が終わった後、加江須は自分のクラスの陣地へと戻り次の種目まで待機する。
今のところ、自分の所属している1組の順位は3位と言う中間に位置していた。ちなみに1位は3組である。
「うーむ…微妙な位置だなぁ」
体育祭は個人で点数を競うものではない。クラスが一致団結して戦うイベントだ。いくら加江須が強くても1人だけ突出した力を持っていても勝てるわけではない。
そして次はクラスメイト全員が出場する種目である綱引きが始まった。
この学園のクラスは全部で5つなので、くじによって最後の1クラスになるまで戦い続けるトーナメント制となっている。くじの結果、まずは3組と5組が戦い、次に自分の1組と2組、その戦いが終わった後はくじで運よくシードとなった4組と勝ち上がった1組か2組と戦い、最後に残った2クラスで勝負する事になっている。
実はこの綱引き、くじ運も重要な要素となっている。何故ならくじの引きの運しだいで最大3回も戦わなければならなくなるのだ。
「んで…俺たちのクラスがその3回枠となったと……」
くじを引いてきた担任の教師は自分のクラスの生徒達の半笑いで申し訳ないと謝まっている。
ちなみに運動が苦手なクラスの何人かは恨めしそうに担任の事を見ていた。
「(まっ、決まったもんは仕方ない。まずは仁乃のクラスが先にやるみたいだな…)」
まずは仁乃の3組と5組が第1回戦であり、もうすでに対決する2クラスがグラウンドの中央に集まり縄を掴んで試合の開始を待っている。
正直な話、仁乃の居る2組が勝利するだろうと確信を持っていた加江須であるが、勝負は予想していたものとは違う展開となった。
『よーい…スタート!!』
審判役の教師の合図で両クラスがそれぞれ全力で綱を引いた。
「(勝たせてもらうわよ!!)」
仁乃は得意げに笑いながら綱を引く際に腕に僅かの神力を宿した。
全力ではないとはいえ、神力を操る彼女1人が加われば大幅にパワーが増し3組が優勢だろう。
「このまま引っ張って…!?」
しかし一気に勝利をもぎ取ろうとした仁乃であったが、綱が中央を少し超えたあたりで突然引き戻される。
「(へぇ、どうやら転生者でなくてもそれなりに力の強い一般人が5組には大勢いる様ね。でも!!)」
さらに腕に籠めている神力を増大させようとする仁乃であったが、彼女が力を籠めるよりも早く綱が一気に中央まで引き戻される。
「うぬぬ…!?」
仁乃も負けじと神力を更に高めて綱を引き返すが、この辺りで彼女は今の状況に異変を感じ取った。
「(ど、どういう事よ。いくら総合的に5組の方が腕力自慢が揃っていたとしても…うぐ…私いま、結構本気で引っ張てるわよ!!)」
転生者としてのスペックをフルに近く発揮していながらもほぼほぼ拮抗している今の状況、これではまるで向こうのクラスにも自分と同じく神力を操れる超人が居るのではないかと錯覚してしまう。
試合を観戦していた加江須もこの展開には少し驚きを現していた。
「おいおい、仁乃のあの顔…かなり本気で綱を引いている様に見えるけど…」
一般人よりも視覚も良い加江須は綱を引いている仁乃の表情もくっきりと見えている。
目をつぶって地面を全力で踏ん張っている彼女の姿はかなり本気である事は容易に理解できる。
「(でも転生者としての力を思いっきり発揮している仁乃が手こずるなんて……)」
――そんな事が出来るのは同じ転生者だけではないだろうか?
その後もしばしの拮抗状態で綱が中央付近で小さく左右に動いていたが、やがて5組側の方が力尽きたのか最後は一気に3組が綱を引っ張って勝ちをもぎ取った。
「ヨッシャ!!」
「私たちの勝ちよ!!」
3組の生徒は皆が手を上げて万歳をしているが、その中で仁乃だけは汗を拭いながら5組の方を見つめていた。
「はぁ…はぁ…あの綱を引っ張る力、まさか5組にも私や加江須と同じ……いや、考え過ぎかしら…」
少し引っかかる部分は残るが勝ちは勝ちだ。
仁乃は額の汗を拭った後、クラスメイト達と共に勝利の喜びを声に出した。
◆◆◆
3組とは対照的に敗北した5組は大半が悔しそうな顔をしていたが、綱の最後尾付近では1人の少女が皆から背を向け自身の両手を覗き込んでいた。
「いっつぅ~…思いっきり手の皮がぁ…」
そう言いながら赤くなっている自身の手を見て涙目になっているのはこの学園の隠れる3人目の転生者である余羽であった。
彼女はふーっふーっと自分の手のひらに息を吹きかけた後、先程まで戦っていた3組の方を恨みがましく睨みつける。
「たくっ…氷蓮から聞いた通りの性格…負けず嫌いなんだからあのホルスタインツンテールめ…」
クラスメイト同士で喜びを分かち合っている仁乃の事を見つめながらそうぼやく余羽。
「(たくっ…修復修復~っと…)」
しばし仁乃を見つめた後、彼女は自身の特殊能力で損傷した手を修復した。すると彼女の手は先程までは真っ赤に変色していたが、今はもう綺麗な元の肌色へと戻っていた。
「はぁ…しんどぉ…」
そう言いながらクラスメイト達と共に自分たちの陣地に戻って行く余羽。
「(スポーツでも転生者とは出来れば戦いたくないものね…)」
第1試合は3組の勝利で終わり、次は加江須の1組と黄美、愛理のクラスである2組との試合が始まろうとしていた。
◆◆◆
この学園の体育祭は来場も許可されているので、生徒の親や関係者なども見学に来ておりそのほとんどはグラウンドに用意された広々とした観戦エリアに集まっている。
地面にブルーシートを敷いて座って応援する者、双眼鏡で自分の子供の活躍を注視する者、大きな声を出して自分の子供を応援している者など様々だ。
しかしこの体育祭をグラウンドではなく学園の屋上から眺めている者が1人居た。
「あらあら、今のところ優勢なのはあのツインテールの娘のクラスかしら? 流石は転生者クラスね」
女性は屋上に設置されているフェンスを越え、落下を防ぐ塀を超えた場所に座り込んで体育祭を見物している。
その背後から屋上に居たもう一人の青年が菫色の髪の女性に声を掛ける。
「たくっ、落ちても知らねぇぞ」
「あら、心配してくれるの?」
女性は首だけ振り返ってフェンスの向こうに居る青年にクスクスと笑った。
そんな彼女に対して青年は馬鹿馬鹿しいと思いながら答える。
「あんたなら落ちても死んだりするわけないだろ。別に落ちて怪我するぞって意味で言った訳じゃない」
「ふふ、冷たいのね」
そう言いながら女性は隣に置いていた傘を掴むと、その傘の先端をフェンスの隙間を通して青年を指した。
「あなたも見てみなさいよヨウリ、中々に見ものよ」
「あんたがそう命令するなら他校の運動会も見てやるよ。俺はあんたの奴隷なんだからな…」
そう言う彼、ヨウリと呼ばれた青年の首には女性の髪と同じ色をした首輪が付けられていた。




