体育祭 俺が黄美を狂わせたのか…?
今回は少し狂ったヒロインや新キャラが出てきます。う~ん…今のところ全然体育祭の要素がない……(汗)
「……考えすぎだよ黄美。俺は…別に…お前に隠している事なんてないよ…」
我ながらなんて白々しいセリフをつっかえつっかえと吐いているのだと自己嫌悪に襲われる加江須。
ここまで縋っている幼馴染に対して結局本当の事を告げる勇気がなく偽りを語る。これで黄美が納得などするはずがない、そう思っていたのだが……。
「あっそうなんだ。ごめんね変な深読みして」
「…え?」
今まで自分の胸に顔を押し付けていた黄美は胸から顔を離すとあっさりと納得をしてくれたのだ。もっと食い下がってくると思っていた加江須は少し戸惑ってしまう。
「(な、納得してくれたのか? さっきまで涙すら浮かべていたのにあんな一言で丸く収まった?)」
いくら何でもこれは聞き分けが良すぎる気がするのだが、真実を述べる訳にもいかないので黄美が頷いてくれたのならばこれでこの話題は終わらせようと思い話を逸らす。
「それより…もうそろそろ帰らないか? 大分日も落ちて来たし…」
「うんそうだね。…あっ、そう言えばもう一つ聞きたい事があったんだった」
黄美は何かを思い出したように手のひらをポンと軽く叩き、帰る前にもう一つだけ加江須に質問をした。
「カエちゃん、教室で見ていたらあなたに詰め寄っていた男子が居たけど何かあった?」
放課後に加江須の頑張る姿を眺めていた黄美であったが、彼がグラウンドで他の男子生徒に絡まれている現場も目撃していたのだ。ちなみに位置関係から彼が胸ぐらを掴まれていた部分までは見えていない。
加江須としては教室で目撃した黄美の奇行に大きな衝撃を受けており、グラウンドで他の男子に絡まれた事などもうすっかり頭から抜け落ちていたが……。
「ああ、俺が黄美と仲良くしている事を気に喰わないと思っている輩でな。まあ適当にあしらったから問題な……!?」
加江須がその時の事を説明していると、隣で座っている黄美から得体の知れない悪寒を感じ取り横を見た。そこには能面の様な表情の黄美が地面を見てボソボソと小さく何かを呟いていた。
とても小さな声だが、転生者である加江須には拾いとる事が出来た。
――『何それ…私がカエちゃんと仲良くする事をどこの誰とも知らないヤツがとやかく言うんじゃないわよ。くそっ…そう言えばウザいファンクラブとかもできていたわね。くそっ、私はカエちゃんだけに好かれればそれで良いのよ。他のキモい男共なんかに好かれたくないのよ。ましてや下らない嫉妬心でカエちゃんに絡む男なんて言語道断よ』
「よ、黄美。一旦落ち着けって…」
――『ああもう、その男の事を思いっきり殴ってやりたい。ふざけんなふざけんなふざけんな。もし私の前でそんな現場を目撃した暁には死ぬほど後悔させてやる。ちんけな猿風情が私のカエちゃんによくもよくもよくも……』
「黄美!!!」
「あ…あれ…?」
能面の様な無表情でどろりと濁った瞳をしていた黄美であったが、加江須の大きな声で我に返ったのか俯かせていた顔を上げて加江須の事を見る。
「あれ…私何か変な事言ってた?」
「え…いや…」
黄美の表情を見ると先程まで彼女が無意識で喋っていたのではないかと思う加江須。
前々から思っていたが、和解以降に黄美の性格が僅かに変化している様に見えるのは気のせいだろうか? いや、恐らくは気のせいでも何でもない。
「……そろそろ帰ろうぜ。もう暗くなり始めて来たからさ…」
「うんそうだね」
まるで天使の様な笑顔で加江須へと微笑みを向ける黄美。その表情は先程まで、まるで表情が固定された人形の様な顔をしていた少女と同一人物とは思えないほどの変わりようであった。
◆◆◆
結局黄美に問い詰められた質問に対し、加江須の出した答えはただの気のせいで終わらせてしまった。その答えに対して黄美は全く食い下がる事もなく『そうなんだ』っと、ただその一言で納得をしたのだ。その様子を見て加江須は理解した事がある。
彼女――愛野黄美は自分の事を信じ切っているのだと……。
普通は何か確信めいたものを持っている人間がその真相を確かめようとすると疑いを持ち、中々信じてくれなくなる。だが黄美は涙を流すまでの不安を曝け出していたにも関わらず加江須が気のせいと答えるとあまりにもあっさりと信じてしまったのだ。その時に加江須は誤魔化しきれたという安堵など感じられず、むしろ不安が胸の中に圧し掛かって来た。
そしてもう一つ、自分に絡んできた他クラスの男の話をした時に見せたあの変化も脳裏から離れない。
「………」
自分の部屋の机に座ってボーっと勉強机の表面を眺めている加江須。シャーペンやマジックの汚れや小さな傷がチラホラと確認できる机を見つめながら加江須は自分の幼馴染の事をずっと考え続けていた。
「黄美は俺の事を信じてくれている、では済まないよな。隠し事をしていると疑っていながら俺の言葉一つですんなり納得をしてしまった。それに…俺に少し絡んだ相手に対してもあの敵意の現れ方……」
独り言を呟きながら彼の脳内に今日の公園内で黄美が言って来た言葉が反響する。
――『あなたに置いて行かれることが何よりも恐ろしい』
その言葉を加江須は脳内で何度も何度も繰り返し続け、そして気付いてしまった。
「黄美がああまで俺に対して依存する様になったのは俺のせいなのか…?」
和解後から黄美の性格は大分変化をもたらした。最初は昔の仲の良かった小学生の頃の様な素直さを隠さず曝け出してくれる様になったのかと思っていたが、今日の彼女の奇行や自分に絡んだ生徒に対する圧倒的な敵意、それらを思い返すと彼女がただ昔の様に戻っただけとは違う。素直になったからと言って好きな男の制服の臭いなど普通は嗅いだりしない。少し絡んで来た相手にあそこまで敵意を全身から吹き出したりしない。
「俺にもう二度と幼馴染としての縁を切られたくないために俺に縋り付き始めるようになったって事か? そして俺の言う事は何も疑いもしない。害になる人間は躊躇わず敵と認定する。これじゃあ……これじゃあまるで今の黄美は人間ではなく……」
――俺の成すがままに操られる木偶人形ではないのか?
そこまで考えが及ぶと加江須の中に吐き気が催して来て、思わず自分の口を手でふさいだ。
「何だよソレ…俺はあいつと…黄美と昔の様な元の関係に戻れたと思って安心していたが、その関係は実は俺が一度歪めてしまい、強引に元通りにしようとしてしまったのか? その結果が今の彼女だとでもいうのか!?」
よくよく考えれば彼女が自分と一緒に仁乃の二人を愛してくれれば問題ないなどと言い始めた時点から彼女の歪みに気付くべきだったのだ。あの時、ガキの様に照れずに黄美の口から出た非常識な言葉をおかしいと判断するべきだったのだ。
「生き返った直後、俺は黄美を他人同然だと言ってしまった。そのせいで彼女の何かが狂ってしまった。その後で和解をしたから彼女の俺に対する感情に僅かな歪みが生じたのか?」
そこまで考えが及ぶと加江須は蘇って早々、黄美を切り離そうとした自分を殴りたい衝動に駆られる。
「何だよ…俺だって負けず劣らず黄美に酷い事してるじゃないかよ…」
黄美は照れ隠しに自分を罵倒し続けていた。そんな彼女を非道な存在だと蘇ってからは思っていたが、それを照れ隠しだと思わずアッサリ自分は切り捨てた。そのせいで彼女が精神的に追い詰められたにも関わらずその事で罪の意識を一切感じた事はなかった。
「それで挙句には仁乃に説得されたと言う切っ掛けで黄美と和解した。もし誰かに後押しされなければ今頃黄美のやつはもっとおかしな事になっていたんじゃ……」
そこまで思考が及んでようやく自分の転生直後に彼女に取っていた対応を悔やみ始める加江須。
「俺が…黄美の一部を壊してしまったのか…?」
黄美自身は自分がおかしくなっているとは微塵も理解していない。加江須に再び見てもらえる事となりその喜びで自分の精神がどうなっているかなど眼中にすらない。そして彼に依存しているがゆえに彼に危害を加える相手は容赦なく敵として見据える様になっている。
「どうしたらいいんだ…?」
頭を抱えて机に突っ伏す加江須。そんな彼の困惑の答えは誰も返してはくれない。
◆◆◆
日は落ちて蒸し暑い真夜中の暗闇の中1人の少女が歩いていた。
もう真っ暗な世界を鼻歌交じりに闊歩しているその姿は少々異質さを感じるところがあるのだが、何よりも異質なのは彼女の手に持っている物騒な物である。
その少女の右手には血濡れのナイフが握られており、さらに彼女の両手や服は真っ赤な血で汚れている。
「ふっふっふ~ん♪ ふふふふ~…♪」
どこか不気味なBGMを漏らしながら夜道を歩いていると、背後から眩い光が照射される少女。何事かと思って目元を手で軽く覆いながら振り向くとそこには自転車に乗っている警官が立っていた。
「キミ、もう随分と遅いけどこんな場所で何を…!?」
この付近のパトロールをしていた警官がライトを片手に持ちながら少女に話しかけるが、自転車を降りて数歩近づくと警官の脚は止まる。
――ライトで照らされた少女は刃物を持ち、さらに両手、そして服に赤い液体が付着しているのだ。
「お、お前一体何をしている!?」
警官は無意識に腰の拳銃に手を掛けていた。
もちろん普段であれば不審人物を見かけても発砲する気もなければ、こんなアッサリと拳銃に手を掛ける気などないが、今回ばかりはこの警官は躊躇いなく拳銃に手を伸ばしてしまっていた。
それは血濡れの服を着こんでいる事も不気味だが、何よりも不気味なのは彼女の顔の方だ。
その少女は警官の顔を見ながら笑みを浮かべていたのだ。それは年相応の少女が浮かべる笑みなどではなく、例えるなら精神に異常をきたしている精神疾患者が向ける様な類の笑み……。
「ひっ、動くな!?」
少女はゆっくりと警官の方へと歩み始め、警官は遂に腰に備えていた拳銃を引き抜いて少女へと銃口をかざした。しかしそれでも少女の笑みも歩みも止まらない。全く臆する様子もない。
「ぐ…ぐ…」
ガチガチと歯を鳴らしながら震える手で拳銃を向ける警官。下手をしたら本当に引き金を引きかねない様子だ。いくら凶器を持って血濡れの怪しげな相手とは言え、まだ高校生位の少女を撃ち殺す事に一瞬躊躇いが生まれる警官。しかし今回、彼は指にかけている引き金を引くべきであった。
「いち…にの…さん…」
「な、何を言っている……」
警官が突然口を開いた少女に何を言っているのか訊くが、その直後に少女の姿が一瞬だけブレ、そして目の前に居た少女が消えた。
「え…消えた?」
間違いなく今の今まで自分の目の前に血濡れの少女が居たはずだ。それともあの少女は自分が見た幻覚だとでも言うのか?
――ざぐっ……。
「……え、何の音?」
鼓膜に聴こえて来た謎の不快音に思わず周囲を見てその正体を探ろうとする警官。
しかし彼が背後に振り返ると、先程まで目の前に居た少女がこっちを見てまた笑っていた。
「ぐっ、お前!?」
やはり幻などではなかったと分かり、再び銃口を向けようとする警官であったがそれよりも少女の手に持っている物に目を奪われた。
「お、お前ソレ…何を持っているんだ?」
少女の右手には先程見た物と同じナイフが握られている。だが彼女が持っているナイフは先程まで刃に付着していた血液は乾いていた筈だ。なのに今のナイフの刃に付いている血は切っ先からポタポタと落ち、その血が真新しい事が証明される。
そしてもう片方の左手、先程までは何も持ってはいなかったはずなのに今は違う。
――その左手には手首から先、拳銃を握った人間の手が握られている。
「ま…ま…まさか…」
警官は震えながら自分の右手に恐る恐る視線を向け、自分の予想が外れている事を願う。
「ひっ…」
だが現実は残酷だった。彼の右腕の先、右手首は消失しており切り取られた断面からは生暖かな血液が地面へと流れている。
「うがああああああ!?」
痛みと恐怖で男は大声を出しながら尻もちを着き、地面を腰の抜けた情けない体制でズリズリと少女から逃げようとする。
「あは、あは…」
情けなく逃げようとするその警官の姿に少女は小さな笑い声を漏らし、そして小さく笑って一度落ち着いたその後――
「あはははははハはははははハハハははははははははハははハハはははははハハはハはハははははハッ!!!!!!」
漆黒の空へと向かってゲラゲラと大笑いをし、そして再び逃げようとしている警官の前から姿を消した。
――次の瞬間、暗き夜空の上空に警察帽子を被った男性の首が天に向かって飛んだ。




