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体育祭 カエちゃん…隠している事、ないかな?


 一度クラスを離れてからしばし時間が経過した後に再び自分のクラスへと戻る加江須。水道水を頭から被り冷やして来てもう変な幻覚は見ないだろうと思いながらも、そーっと再びクラスの扉の小窓を覗き込んでみると――


 「すー…すー…んはぁ♡」


 そこには語尾にハートマークをくっつけながら頭を冷やす前と変わらぬ幼馴染が自分のクラスには居た。

 

 「………」


 片手で目を押さえて天を仰ぐ加江須であるが、そんな事をしてもクラス内で奇行を働いている幼馴染は何も変わりはしない。いつまでもクラスの前で佇んでいるわけにもいかずに加江須は軽くドアをコンコンとノックして一応教室に入る前に知らせを送る。


 「っ…!!」


 ノック音に驚いた黄美は急いで顔に張りつけていた加江須の制服を剥ぎ取るとそれを机の上へと置いた。ただ制服を置く際に乱雑には置かず急ぎながらもそっと置いていた部分は少し嬉しかった。

 

 クラスの中に加江須が入ると黄美はどういう訳か安堵した様な表情へとなった。


 「何だカエちゃんだったの。もう、驚かせないでよ」


 「…え、いや……」


 てっきり制服の張本人がやって来て動揺するものだと思っていた加江須であったのだが、それとは裏腹にクラスに入って来た人物が加江須である事が分かると黄美は何故だが安堵すらしている様に見えた。

 

 「黄美、その……何かしていたのか?」


 「カエちゃんがグラウンドでリレー競争に向けて走り込みをしていたから待ってたの。どうせならカエちゃんのクラスで待っていようかなって」


 「ああ…そうなんだ…」


 普通は自分のクラスの代表を応援するものだと思うのだが……。いや、まあ幼馴染を応援しようと言う気持ちは自分としては素直に嬉しいのだが。しかし今はそれよりも他の彼女に対して問い詰めたい事がある。


 「その…他に何かこのクラスでしていなかったか?」

  

 加江須がそう言うと黄美は少し頬を染めてポッとなり、恥ずかし気な振る舞いを見せながらも自分がこの教室内でしていた事を素直に白状する。


 「その…カエちゃんの制服が置いてあったからついイタズラしちゃった。えへへ……♪」


 「いや、えへへじゃなくてね…」


 「だってカエちゃんの制服が無防備にも置いてあったから…」


 「ああ、その、まあ別にいいんだけど…」


 何だか自分の幼馴染の性格は随分と大きく変化をしている気がするのは決して気のせいなどではないだろう。少し前までは小学生時代の頃の素直な彼女に戻ったのかと思っていたが、今の彼女はその時以上に自分の欲に対して素直と言うか貪欲と言うか……。


 「と、とりあえず着替えるから一度クラスを出てくれないか?」


 「あ、うん。じゃあ教室の外で待っているから」


 そう言うと黄美は扉を開けて教室の外へと出て行き残るのは自分1人だけとなる。そのまま彼は今着ている運動着を脱ぐと制服へと着替えようとするのだが……。


 「(…視線を感じるのは気のせいだろうか?)」


 何だか自分の着替えシーンをクラスの外から誰かが…例えば幼馴染が覗いている様な視線を感じるがあえて背後を振り向かずにさっさと着替える加江須であった。




 ◆◆◆




 学園を出た後は加江須は黄美と二人で一緒に下校をしていた。

 思い返してみれば仁乃と二人で下校する事は同じ転生者同士で多々あったが、黄美と二人で一緒に下校する事など本当に久しぶりな気がする。


 「なんだか懐かしい。こうしてカエちゃんと二人一緒に歩くなんて…」


 「そうだな、小学生の頃以来かもな…」


 「うん…私のせいで…」


 そこまで言うと黄美は少し悲し気な笑みを浮かべ始める。

 

 かつては素直にカエちゃんと一緒に居た自分だったが、成長するにつれて彼に対して素直に振舞う事が恥ずかしくなり、本当の気持ちを押し込めて大好きである彼の事をさんざ傷つけて来た。その結果一度はもう彼に見放されたと思い絶望に沈みもした。


 ――本当に…元の関係に戻れてよかった…。


 黄美は今でも加江須を傷つけて来た日々を懊悩する事がしばしある。いくら加江須自身が許してくれたとはいえ、和解したとはいえ自分のして来た事が帳消しになるはずもない。もしかしたらまた彼に嫌われるかもしれない。そんな不安を彼女はいつも心の片隅に潜ませながら加江須と一緒に居る。

 

 一気に気分が沈んで行っている黄美を見て加江須はようやくハッとした顔をする。何も考えずに口に出したが黄美からすれば責められている様に思ったのだろう。


 「別に気にしなくてもいいぞ黄美。もう和解も済んでいるんだ、今更過去の事で苦悩するな」


 「……うん、ありがとう」


 加江須の入れてくれたフォローに笑って頷く黄美。

 そんな彼女を見て加江須も口元に小さく笑みを浮かべた。


 「でもお前と一緒に下校するのは本当に久々な気がするな。いつもは仁乃と一緒に帰る事が多かったから…」


 加江須が何気なく呟いたその言葉、特に意味もなくただ事実を述べただけであったのだが――この時、黄美の表情は僅かだが影が差していた。


 「カエちゃん、確かに仁乃さんと一緒に学校を出る所を度々見かけるけど……何で……?」


 「え、いやそれは…」


 加江須と仁乃は転生者同士という事もあって一緒に行動をする事が多い。それはゲダツとの命懸けの戦いを共にする為、そして転生者同士で話し合う事も色々とあるからだ。だが、加江須や仁乃の正体を知らない黄美からすれば二人が人一倍純粋に仲の良い関係に見えて仕方が無かった。

 黄美からすれば加江須が仁乃と仲良くする事に不満はない。だが、最近の二人を見ていると思う事が1つあった。


 ――カエちゃんは何かを隠している……。


 加江須と和解が成立して以降、黄美は今までの素直になれなかった頃とは違い加江須にガンガンと迫っている。だが一緒に居る機会が増えた事で気づいた事がある。


 カエちゃんと仁乃さんは二人だけの間で何か共有の秘密ごとを持っている……。


 「……ねえカエちゃん、少し寄りたい場所があるんだけど良いかな?」


 「え、まあまだ暗くなるには時間もあるしな。そこまで距離がある場所でないなら構わないぞ」




 ◆◆◆




 黄美に誘われて辿り着いた場所は加江須にとってもよく知る場所であった。


 「…ここに連れてきてどうする気だ?」


 「別にどうしたいとか考えてはないよ。ただ…この場所で少し二人で話したいなぁって。昔みたいに……」


 二人が立っている場所は幼い頃に何度も二人で遊んだ思い出深い公園であった。最近では蘇ったばかりの自分が仁乃と転生者について語り合った場としても利用している。


 「懐かしいよね、あの砂場…」


 黄美が公園内に作られている砂場を眺めて小さく呟いた。

 つい先程まで何処かの子供が遊んでいたのだろうか、砂場の真ん中には小さな子供が作ったであろう簡易的な砂の城が建っていた。


 黄美は砂場へと近づくと、しゃがみ込んで砂の城を突っつきながら過去の出来事を思い返していた。


 「まだ小さい頃、この砂場でカエちゃんが色々と作っていたよね。ソレを見て私も大喜びしていたっけ……」


 「ああ、そうだな。夕方のチャイムが鳴るとまだ帰りたくないってよく駄々をこねていたよな」


 「もう、それは言わないで」


 恥ずかしそうに笑いながら黄美は頬を膨らませると、近くのベンチに座り込み手招きをする。

 黄美に誘われ加江須も彼女の隣に座ると、黄美は和解前までに自分の行っていたある事を口に出し始める。


 「私…この公園には独りで何度か訪れていたの。あなたに冷たく当たっていた頃に独りで何度も……」


 そう言うと黄美は遠い目をしながら何度もこの公園に訪れていた自分の胸中をこの場で加江須に向けて口にする。


 「いつもいつもカエちゃんに酷い事を言って…本当は素直に好きだって伝えたいのにソレが出来ないでモヤモヤしたり、胸がジクジク痛んだりした。そんな時にはこの公園まで足を運んで昔のあなたと仲良くしていた頃の思い出に浸っていた」


 そう言うと黄美は隣に居る加江須の腕をそっと掴むと、加江須の目を見て言った。


 「もう一度…もう一度あなたと一緒にここに来たいと思っていた。今のこの状況をまだあなたと和解する前の私は夢に見ていた」


 そう言いながら黄美は加江須に寄り添って彼の事を見た。 

 少し潤んでいるその瞳に少しドキッとする加江須であるが、次の黄美の言葉に加江須は言葉を詰まらせる事になる。


 「カエちゃん、仁乃さんとあなたは何を隠しているの?」

 

 「え…」


 黄美のその言葉に加江須は思わず声を詰まらせてしまう。

 自分は黄美の前では自分が蘇った事、ゲダツの事は一切口にはしていない筈だ。仁乃だって黄美に対してその秘密を明かしてはいないだろう。


 「(なのに…なのに何だ彼女のこの瞳は…)」


 自分を見つめてきている黄美はまるで確信でも持っているかのような瞳を自分に向け続けている。しかし自分の正体がバレている筈がない。愛理の時の様に自分は転生者としての能力を何一つ披露していないのだから。


 「秘密? 秘密って一体何の話だ?」


 加江須はそう言って誤魔化すが、その言葉を聞いた黄美は突如として眼の端から涙を零し始める。

 あまりにも予想外すぎる反応を見て加江須は戸惑いながら何故泣くのかを尋ねる。


 「私が泣く理由は……怖いからだよ」


 「こわ…い…?」

 

 加江須が黄美の言葉を繰り返すと彼女は小さく頷いた後、彼の体に顔を押し付けてボソリボソリと言葉を紡ぐ。


 「何だか私…仁乃さんに置いて行かれている気がする。私の知らないカエちゃんの事を仁乃さんだけが知っている。それが怖い。せっかくこうして昔の様にカエちゃんに触れ合えるようになったのに私が一方的に想っているだけでカエちゃんがドンドン離れている気がしてならないの」


 「黄美…」


 「ごめんねこんな事を言って。ただの私の勘違いかもしれない。カエちゃんに置いてかれたくないあまり、変に勘繰りが過ぎているだけかもしれない。でも…でも何か隠している事があるなら、仁乃さんだけでなく私にも言ってほしい。あなたがどんな事を口にしても私は驚かない、そして受け入れるから……あなたに置いて行かれることが何よりも恐ろしい……。」


 加江須の胸に顔を押し付けた状態で隠している真実を教えてほしいと懇願する黄美。そんな彼女の心からの願いに対して加江須は彼女の頭を無言で撫でる事しか出来なかった。


 「(言えない、言える訳ないじゃないか。俺が一度死んでいるなんて……)」


 気が付いたころには夕焼け空も薄暗くなり始めていた。




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