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体育祭 練習後に見た幼馴染の予想外の場面


 学園の終わり、放課後になるとグラウンドでは走り込みをしている生徒が何人か確認できた。運動部がグラウンドでは走り込みをしている姿はよく見かけるが、今日は集団ではなく個人で走り込んでいる生徒がチラホラ確認できる。それらは200mの代表に選ばれた各クラスの生徒であり、皆が当日までに少しでも体力をつけておきたい、少しでもタイムを縮めたいと思い各々が自己研磨に努めているのだ。


 そしてそんな者達と同じように加江須もまたグラウンドへと運動着に着替えて降り立っていた。


 「さて、軽く走り込みますか…」


 加江須はその場で軽い準備運動をしながら走る準備をしている。

 正直、相手が一般常人である以上は今更こんな走り込みなどしなくてもいい気はするのだが、少しでも自分を高めようとしている他クラスの生徒、そして同じクラスの代表者を見ていると何もしないわけにはいかないと思ったのだ。

 日課のゲダツのパトロールに関しては仁乃が氷蓮と連絡を取り合って一緒に行く手筈となっているので大丈夫だろう。もし何かあればすぐに連絡を入れるようには言ってもある。


 「よし、準備運動完了! じゃあ早速走り『おいお前』…え?」


 足を踏み出そうとした瞬間、背後から声を掛けられて振り返る加江須。

 振り返った視線の先には1人の男子生徒がこちらを見ていた、いやどちらかと言えば少し睨んでいるかの様にも見えた。

 

 「お前に少し聞きたいことがあるんだが…」


 同じように運動着を着ているその生徒は体格は自分よりもよく、そしてとても野太い声で自分の用があると言って来た。

 

 「何だ? 俺に何か用か?」


 自分よりも運動着越しでも筋肉質だと分かり普通の同年代の男なら威圧感すら感じる風体の男子相手にも一切の臆する様子を見せずに何用かを尋ねる加江須。

 加江須は普通に何の用かと尋ねただけに過ぎないのだが、相手の男はそんな彼の飄々としている態度が癪に障ったのかいきなり舌打ちをして来た。


 「(おいおい、要件前にいきなり舌打ちかよ)」


 この態度だけで面倒な事になりそうだと思っている加江須であるが、そんな彼の気苦労など知らずに目の前の男子は加江須が〝ある人物〟とどういう関係なのかを尋ねて来た。

 

 「お前…愛野さんとはどういう関係なんだよ」


 目の前の男子の質問の内容を聞いて加江須は内心、ああまたかぁ…と思った。


 自分の幼馴染である愛野黄美は学園では多くの生徒から人気がある女子生徒だ。優秀な成績に整った美しい容姿は多くの生徒を魅了しており、しかも秘かにファンクラブもあるらしい。


 「(前に黄美のファンとやらに今と同じように突っかかられた事もあるからな実際…)」


 黄美には秘密にしておいているが、過去に何度か彼女のファンを名乗る輩に今の様に詰め寄られてきた事は何度かある。その度に出来る限り穏便に事を済ませて来た加江須であったが、今回は今までとは少し展開が異なった。


 「俺と黄美は小学生の頃からの幼馴染だよ。だからよく話もする……っ!」


 加江須が最後まで言い切るよりも早く相手の男子は加江須の胸ぐらを掴んでギロリと睨みを利かせて来た。


 「あんまり調子に乗んなよ。オメーが幼馴染だからって彼女の一番とは限らねぇんだ。あの娘に好意を抱いている大勢の人間からすりゃお前は何様なんだって話なんだよ」


 鼻と鼻が触れるかと思う程に顔を近づけて来る男。そんな彼に対して内心では小さな人間だと思わず苦笑してしまうのは悪くないだろう。ようするにただのやっかみ、学園で人気の少女と人一倍仲良くしている自分が目障りに思う年頃の男によくみられる嫉妬現象だ。

 だが何か言われるだけならばまだしも、今の状況の様に胸ぐらを掴まれたりするのは流石に看過は出来ない。


 ――男が掴んでいる腕を掴み、多少力を籠めて握る加江須。


 「がっ…!?」


 予想以上の握力で腕を掴まれて胸ぐらから手を離してしまう相手の男。

 

 「お前、俺にこんな下らない事をしている暇があるなら黄美に伝えたいことを伝えるのが先なんじゃないのか? こんな事をしても何も進展なんかしないぞ」


 「ぐっ…てめぇ」


 加江須に掴まれた腕を押さえながら彼の事を睨みつける男。

 まだ何か言いたげな様子であったが、男は口をつぐんで背を向けて歩いて行く。だが加江須から離れる前、男は最後にこれだけ言っておく。


 「俺もリレーの選手だ。このクラス対抗リレーでてめぇに勝って俺は愛野さんに告白する。よく覚えておけ……」


 言いたい事を一方的に言った男はそのまま走り込みを始める。

 結局自分の名前もクラスも一切教えなかった男に少しだけ無駄に時間を消費させられてしまったようだ。


 だが、あの男が去り際に言ったあの言葉は加江須の胸の内に少しだけ引っかかっていた。


 ――『俺は愛野さんに告白する』


 あの男が知るわけもないが、そもそも自分は既に黄美に好きだと想いを告げられている。しかし未だに自分はそんな彼女の想いに対しての返答を先延ばしにしている。いや、黄美だけでなく仁乃に対してもそうだ。


 「情けないよなぁ…」


 嫉妬心を向けて来る男を小さな存在だとは思うが、今のヘタレな自分だって正直に言ってさっきの男を偉そうにとやかく言う資格なんてない気がする。


 「…走るか」


 そう言ってグラウンドの走り込みをしている連中の1人に加わる加江須ではあるが、それはまるで今考えていた事から目を背けて他の事に打ち込もうと逃げている様にも見えた。




 ◆◆◆




 加江須がリレーの為に走り込みをしている頃、仁乃と氷蓮は合流して二人で街中をパトロールしていた。特にゲダツの気配は感じられず今のところは問題はない。

 二人で並んで周辺を探りながら氷蓮は少し前に戦ったゲダツについて仁乃に話していた。


 「この前に墓場に現れたゲダツは中々の強敵でよ、なーんかここ最近強いゲダツと戦う機会が増えてる気がしねぇか?」


 「そうね…でも私としては〝転生者殺し〟の方が気がかりだわ」


 仁乃は顎に手を当てながら神妙な顔つきで加江須から聞かされた話を思い返していた。


 自分の知らないところでこの消失市に新たな転生者が現れ、そして他の町からやって来たその転生者の話では戦闘狂としか言いようのない転生者も居るらしく、しかもその戦闘狂いの転生者は元居た町から消息不明となった。

 姿を変えられる戦闘狂など出来れば関わりたくはない。もちろんこの消失市に居るとは限らないがこの市内に潜伏していると考えると気が重くなる。


 「そう言えば墓地で戦ったゲダツってなんか狐みてーだったな。狐と言えば加江須のヤツはあの時の廃校での戦いの後に手に入れた〝2つ目の能力〟を全然使ってないよな」


 加江須が廃校でゲダツ女を倒した際、願いを叶える権利を使いイザナミから与えられた新たな能力、その力を彼は手に入れた日以降は仁乃や氷蓮の前では使用していない。


 「使いたくても不安で使えないんでしょ。本人曰くまだ全然制御できてないみたいだし……」


 そう言いながら仁乃は加江須が新たに手に入れた能力を使い、彼が〝変身〟した時の姿を思い返していた。


 「でもよぉ、あの変身状態の加江須の力は相当なもんだったよな。あいつの前に立っているだけで背中に冷や汗が流れたぜ」


 「その強大な力と引き換えにコントロールの難しい能力でもあるようだけどね。加江須が言うには自分の家で変身状態に慣れるように秘かに変身を繰り返してトレーニングしてるらしいわよ」


 「…いやお前が知ってる時点で秘かでもないだろ」


 氷蓮がそうツッコミを入れると、『加江須が自分からそう言って来たのよ』っと言葉を返した。

 

 「でも俺たちの前でもう一度あの変身した姿みせてくんねぇかな? あのモフモフの尻尾にもう一度触ってみたいもんだぜ」


 そう言いながら氷蓮は両手をワキワキとさせ、仁乃の方も内心では頷いていていた。


 「写メでも撮っておけば良かったかしらね? あのキツネ姿の加江須の姿…」




 ◆◆◆




 「ふう……」


 グラウンドを走ってからもう随分と時間が経過し、加江須は額を拭って辺りを見回してみる。


 「もう大分撤収したな…」


 グラウンド内を走っていた生徒の数は時間も時間という事で、加江須が走り始めてからもう半分以上の生徒が帰宅の準備に取り掛かっていた。

 加江須も今日はもうここまでにしておこうと思い着替えて帰ろうと自分の教室へと戻って行く。自分のクラス内に置いてある制服を着るために。


 自分のクラス前まで戻って来た加江須はそのまま扉を開けようとするが、扉に設置されている小窓からクラス内が見え、自分のクラス内に人影が1人見えた。


 「(…黄美? 何をしてるんだ…)」


 クラス内に居たのは自分の幼馴染である黄美であり、彼女は自分の席の前で立っており何かゴソゴソとしていた。わざわざ別のクラスまでやって来て一体何をしているのかを確認しようとする。そして加江須が目を凝らして黄美を見つめると――


 「クンクン……はぁ、カエちゃん♡」


 加江須が目を凝らして見てみれば彼女は自分の席の上に置いてあった制服を両手で掴んでおり、ソレを顔に押し当てて臭いを嗅いでいた。

 

 「ああカエちゃんの匂い♡ 落ち着く…まだ小さなころはよく抱き着いていたっけ。その時と何も変わらない匂いだぁ♡」


 ……自分の見間違いだろうか、それとも走り込みで疲れすぎて変な幻覚でも見ているのだろうか。自分の制服を幼馴染が顔に押し当てて臭いをかいでいる様に見えるのだが……。


 「いやいやそんな訳ないだろ。疲れてるんだ俺…ちょっと水でも飲んでこよう。そうすれば正気になれる……」


 加江須は自分の見たものはただ疲れからくる幻覚だと言い聞かせて一度その場を離れて行く。水分を補給した後にここに来ればきっと変な幻覚も見なくなるだろうと。


 そんな現実逃避をしている彼は光の消えた瞳をして自分のクラスから一度離れて行った。


 「すー……っ、はぁ♡ カエちゃん……♡」


 クラス内では自分の愛しの男の制服を顔に当てながら、恍惚な表情を未だに浮かべている黄美の姿が残っていたのであった。




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