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体育祭 リレーの代表とかめんど…


 時期はもうすぐ6月の中旬に差し迫ろうとしていた。外の気温もダンダンと暖かいから暑いへと変化を示し始め、すでに加江須の学園も衣替えの季節となり皆の服装が夏服へと変化していた。

 

 加江須のクラスでは皆が夏服に着替えたところでこの夏の猛暑にはうんざりと言った具合でそれぞれが手や下敷きで自身の事を仰いでいる。


 「あっちー…もう勘弁してほしいぜ」


 男子の1人が下敷きをブルブルと震わせながら文句をダラダラと言っていると、それに賛同するように周囲の席の男子も同じ様な愚痴を次々と零し始めるのであった。


 「まだ7月前でこれだと7月に入った瞬間にオレ等全員液体みたいに溶け出すんじゃねぇのか?」


 「でもよ見てみろよ。この暑さの中でケロッとしている奴もいるぜ」


 そう言って男子生徒の指を差した方向には席で暇つぶしの読書をしている加江須の姿が在った。彼はこの猛暑の中でも汗ひとつかかずに済まし顔をしていた。


 「何であいつはあんなに涼し気な顔ができんだよ…」


 まるで異常な者を見るかのような眼を向けるクラスの男子達。そして男子ほどに露骨ではないが、この暑さの中で唯一普段と変わらぬ様子に女子達も少し不思議がっていた。


 「(…何か視線を感じるんだが……)」


 自分の手に持っている本の文字を読みながらもクラス内からちょくちょく感じる視線に少しむずがゆくなる加江須。正直、男子からのやっかみの視線はもう慣れている、と言うよりも諦めているのだが今感じている視線はそれとは別物なので何故自分が見られているのか分からず内心では首を傾げている。

 ちなみに彼が熱に対して耐性があるのは明確には分からぬが彼が炎を操る能力で熱に対して耐性があるからかもしれない。まあ、断定はできないが……。


 それから間もなくすると授業の合間の短い休み時間も終わり、担任の教師が教室へとやって来た。


 「おーいお前たち席に着けー。今から今月の体育祭に関しての話がある」


 担任の教師もやはり熱さに参っているのかいつもよりも声に覇気がない気がする。しかしそれよりも今の〝体育祭〟と言うワードにクラス内の生徒の反応が大きく二分された。


 「おおっ、体育祭か。そう言えばもうすぐだったよな」


 「運動部としてここは輝かしい活躍を見せるチャンスだな」


 このように運動部、もしくは運動が好きな生徒は先程までは夏の気温に参っていた様であったがまるで水を得た魚の様な意気軒昂と言った具合の変化を見せるのだが……。


 「げー体育際かぁ…」


 「ねー…この暑い中では正直勘弁よねぇ」


 運動に自信のない生徒、特に女子連中の多くは少しげんなりしているようであった。


 「ほら文句言うな。一年に一度のイベントだぞ。もっとハキハキとやる気出せ」


 両手をパンパンと叩いてクラス内で意気消沈気味の生徒に呼び掛ける担任。

 その中で加江須は大きく二分された生徒のリアクションとはまた異なる事を考えていた。


 「(う~む、あまり転生者としての身体能力を発揮するのは不味いよな。少し手を抜くようで気が引けるが目立たぬよう、尚且つ自分のクラスの勝利に向けて頑張るか)」


 ある意味では他のクラスを舐めているのではないかと思われる考えだが、それも仕方のない考え方かもしれない。もしも加江須が本気で体育祭に取り組めば彼の出る競技は普通に圧勝してしまうだろう。

 

 クラス内のざわめきを担任が静かにさせた後、チョークを取ると担任は黒板に主に体育祭での種目をつらつらと書いて行くが、その中で最後にリレーと書くとチョークでリレーの真下をコンコンと軽く叩く。


 「さて、体育祭ではこの200mリレーに関してだが代表を4人選出したいと思う。じゃあこの中で我こそはと思う人は手を上げてくれ」


 担任のその言葉を聞くとクラス内で3人の人間の手が上がった。それなりにキツイ200m走で進んで手を上げるのは中々の勇者だが、逆に言えば3人しかいないとも言える。今手を上げた3人以外にも数人はクラスに運動部も居るのだから。


 「3人か…。他に出てみようと思う人は居ないか?」


 改めて担任がそう聞くが今度はもうこれ以上は挙手はされない。しかしあと1人分人数が不足しているので誰かはこのリレーに出なければならない。そこで今度は選出の方法を変える。

 

 「じゃあ誰か推薦したいと思う人は居るか?」


 担任のその言葉を聞いた加江須は大方運動部の誰かが選ばれるんだろうなぁと考えて窓の外を見ていたが、クラスの女子の1人が手を上げると予想外の人物の名前を挙げた。


 「ハイ、私は久利君がいいと思います!」


 「……んあ?」


 まさかの自分を推す言葉に思わず変な声を出してしまう加江須。どうしてこの場面で自分の名前が出るのだろうかと思っていると、他の生徒も便乗するかのように加江須の事を推薦し始める。


 「確かに久利の奴は最近スポーツでもスゲー動きしていたし…運動神経は相当なもんだと思う」


 「そうそう、私も久利君に1票でーす」


 クラス内ではもうほとんど加江須を最後の1人にしようと言う流れが出来ており、担任が加江須の顔を見ながらリレーに出てくれるか尋ねて来た。


 「久利、みんなもこう言っているんだがどうだ、出てはくれないか?」


 「あー…分かりました」


 加江須はまさか自分が選ばれるとは思っていなかったが、だが200mリレー程度内心では別に苦でも何でもない。それにこの空気で嫌ですと言う訳にもいかないだろう。

 

 こうして200mリレーの最後の1人の選手に選ばれた加江須。


 「(めんどくさいなぁ…)」


 4人の内の1人に走者である彼はレースを走る緊張などなく、彼の胸中にあったのはただ走る事がめんどくさいと言う感情だけであった。




 ◆◆◆




 「という訳でリレーの代表に選ばれた訳だよ。たくっ…めんどくさい事この上ないぜ」


 学園の昼休みにいつの様に屋上に集まっている加江須達、彼の口から零れる愚痴を仁乃、黄美、愛理の3人がそれぞれ聞いている。

 まだ代表に選ばれただけで実際に走ったわけでもないにもかかわらず文句を垂れる加江須に対し、仁乃が弁当箱のミートボールを摘まみながら呆れるように言った。


 「走る前からその調子じゃ先が思いやられるわね。その調子でクラスの勝利に貢献できるのかしらねぇ?」


 「でもカエちゃんって昔から足は速い方だったから大丈夫だと思うけど…」


 まだ小学生時代の頃、運動会などで加江須の走る様を何度も見ている黄美はそう言って加江須ならやれると言うが、彼が転生者だと知っている二人は別の事を心配していた。


 ――『もし本気を出しすぎたら転生者だってバレるんじゃないかしら……』


 二人は揃ってそんな事を考えつつもそれぞれが持参した弁当を食べる。

 それから4人はしばらくは体育祭の話題で話をしていたが、ふと黄美が体育祭が終わった後についての話を始めた。


 「ところでみんなさ、体育祭が終わればその後の予定はあるかしら?」


 「その後の予定?」


 黄美の言葉に首を傾げると、愛理は元気よく手を上げて体育祭の後に控えている大きなイベントを嬉々として口にする。


 「ハイハイハイ! 体育祭が終われば7月に入る。つまりは夏休みじゃん!!」


 学生は夏の時期になれば7月の中盤から8月の終わりまで一ヶ月以上の長期休みが与えられるのだ。

 多くの学生はその夏休みを当然待ち遠しく思っているが、そんな愛理の上昇気味のテンションを下降させるかのような発言を仁乃が横から淡々と入れる。


 「その前に期末試験が控えてるわよ」


 「う…それは言わないでよ」


 正直あまりテストの成績の良くない愛理からすれば中々に嫌なイベントであり、前回のテストも赤点ギリギリであったのだ。

 一気にテンションが萎え始めて来た愛理は置いておき、黄美がこの場に居る全員にある提案をする。


 「まあテストも勿論だけれども夏休みに4人で少し行ってみたい所があるのよ」


 「どこだよソレ?」


 加江須が今日は仁乃が作って来てくれた手作り弁当を食べながら聞くと、黄美は加江須に少し詰め寄りながらも最近建設された巨大屋内プール場の話を始める。

 

 「先月辺りに開園された『ウォーターワールド』って言う屋内プール場。広いプールだけじゃなくて色々なアトラクションもあって楽しそうだと思ったからみんなでどうかなって……」


 黄美が口にした『ウォーターワールド』と言う施設は加江須も知っている。最近開園したと言うだけもあって時々テレビのCMでも見かけている。


 しかし何故またそんな場所に誘おうと思ったのか…? いや、単純に友達と遊びに出かけたいと考えるのはおかしなことではない。それに夏にプールに行こうと言う誘いは自然な誘いにも思える。


 だが加江須は友達通しで楽しく遊ぶ為に黄美が誘ったのだと思っている様であるが、この提案をした黄美にはある狙いがあったのだ。


 「(夏休みはカエちゃんと色々な口実を付けて遊びに行ける機会が増える大チャンス!! しかも夏ともなれば水着の様に多少過激な姿勢で攻めるチャンスも与えられる時期。これを逃す手はないわ!!!)」」


 実は黄美は既にこの提案をする前から勝負用の水着を購入しており、この夏を通して加江須に自分の過激な姿を見せてより親密になろうと言う下心を持っていた。しかし彼女が彼だけでなく仁乃と愛理も一緒に誘ったのはある理由がある。


 「(仁乃さんと愛理、そして私の3人の水着姿を前にしてカエちゃんが虜になればここにいる3人全員がカエちゃんと距離を縮められ、尚且つ私たちを今まで以上に異性として認識してくれるかもしれない)」


 そう、黄美は自分だけでなく仁乃と愛理の事も加江須には見てほしいと思っている。何しろ彼女は今でも加江須がこの場に居る自分を含めた3人を同時に愛してくれる展開を望んでいるのだから。

 ちなみに、加江須自身はまだ知らないが愛理も彼の事を一人の男として好意を抱いている事を黄美と仁乃は知っている。なにしろ放課後に二人で詰め寄って強引に吐かせたのだから。


 「仁乃さんも愛理も折角の夏休みよ。皆で楽しく遊びたいわよね?」


 「え…ま、まあそうだけど…」


 「で、でもプールって事は…」


 仁乃と愛理はそれぞれ、自分が選んだ水着を着て加江須の前に立っている事を想像すると思わず顔を伏せてしまう。そしてまた加江須も4人でプールとなると3人の女性陣の水着姿を思わず想像してしまい、少し顔が赤くなり思春期特有の振る舞いを見せてしまう。


 「……えっち」


 「ぶっ! な、何だよ急に!!」


 自分の体を抱きしめながら仁乃がボソリと呟いた言葉に慌てる加江須であるが、仁乃の言葉に便乗して愛理も少し口を尖らせながら加江須の事を非難する。


 「やっぱり加江須君も男の子だよねぇ。プールと聞いて何を連想していたか顔を見たらわかるよ」


 「いや、別に俺は…!!」


 しどろもどろと言った感じで何もやましい事は考えていないと訴える加江須を仁乃と愛理は少し恥ずかし気な顔をしながら聞いているが、そんな加江須の必死な姿を見て黄美は背後で無言のままガッツポーズを小さくとった。


 「(ヨシッ! カエちゃんのあの様子なら実物の水着姿の私たちを披露すればより意識してくれるはず!! この夏で彼の心を掴んで見せるわ!!!)」


 まずは体育際が控えているにもかかわらず、黄美の頭の中では既に加江須を落とす手段について考えを巡らせ始めていたのだった。




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