IF もしも仁乃が幼馴染だったら
前から仁乃が幼馴染だったらどうなんだろーと思っており、今回もしもの話を書いてみました。
カーテンを閉め切った薄暗い部屋の中で布団を頭から被って睡魔に誘われ続けて惰眠を貪る少年、久利加江須。
今日は平日の月曜日、学生である彼は当然この日も普通に学校の登校日だ。ソレを知らせようと枕元に置いておいた目覚ましがけたたましく鳴り響いてこの部屋の主を起こそうと奮起する。
――ジリリリリリリリッ!!!!
「……うるさ」
しかし彼を起こしてあげようと鳴り響いていた目覚ましは加江須がガサツにボタンを叩いたせいで黙り込んでしまう。しかもその後に彼は全く布団の中から出て来る気配もなく、このままでは本当に遅刻確定となってしまうだろう。彼の両親は共働きで朝からもうすでに家には居らず、眠りの中に居続ける彼を起こしてくれるものはこの家の中には居ない。
「すっー…すっー…」
安らかな寝息を規則正しく立て、だらしない笑みを浮かべている加江須。さぞかし良い夢でも見ているのだろう。
しかし突然自室の扉を激しくノックする音が鳴り響いた。
「ん…うっさなぁ……」
その音に少し不快そうに眉を寄せる加江須であるが、目覚めることは無く布団の中から相変わらず出てこようとはしない。
――ガチャ…。
扉のノック音が止んだかと思えば、今度は部屋の扉がゆっくりと開き1人の少女が部屋の中へと入って来た。
「……たくっ、この寝坊助め」
部屋に侵入して来た少女はこんもりと盛り上がっている布団の小さな山を見てため息を吐くと、布団の端を掴んで勢いよく引っぺがしてやった。
「ほら起きる起きる!!」
「んん…」
布団を剥ぎ取られた加江須は腕をブンブンと振るって奪われた布団を取り返そうと腕を動かすが、彼の腕は布団ではなくその布団を剥ぎ取った少女の胸の方へと伸びて行き――
「……柔らか?」
布団とは異なる何かマシュマロの様な柔らかな感触が手のひらに伝わり、寝ぼけ気味で自分が掴んでいる物の正体を確かめようとする加江須。
彼が半ボケの顔を上げると、そこには橙色のツインテールをした自分の幼馴染である伊藤仁乃が立っており、その彼女の豊満なバストを自分の右手がガッシリと掴んでいた。
「あ…あんたねぇ……」
胸を鷲掴みにされている仁乃は顔を真っ赤にしながらプルプルと震えており、今まで半寝ぼけ気味であった加江須の意識は一気に完全覚醒する。彼女の胸から素早く手を離すとベッドの上で即座に正座をし、そして口元をガチガチと震わせながら朝の挨拶をする。
「お、おはようございます仁乃さん。きょ、今日も起こしに来てくれるなんて俺の幼馴染は本当に優しいなぁ……」
「…ええおはよう加江須。でもあんた、今からもう一度眠りにつく事になるかもしれないわよ?」
仁乃は口元に笑みを浮かべながも、目は全くと言っていいほどニッコリとはしておらず、拳をボキボキと鳴らして加江須の事を見ている。
「この拳で永遠の眠りにねぇ……」
「あっ、ほんとうにすいませ……!!」
んでした、と最後まで言い切るよりも早く加江須の顔面に仁乃の鉄拳制裁が繰り出された。
◆◆◆
「たくっ…早く食べちゃってよ」
台所では仁乃が朝食の用意を既にしており、テーブルの上には目玉焼き、みそ汁、白ご飯と軽く朝の朝食が用意されていた。
「あれ、納豆はないのか? 確か冷蔵庫にまだ一つ残っていたと思うけど…」
加江須が顔面に拳の跡を残しながら尋ねると、仁乃は使い終わった調理器具を洗いながら呆れた様に言った。
「あの納豆なら捨てたわよ。たくっ、あんな賞味期限がとっくに過ぎている物なんていつまでも冷蔵庫に入れておくんじゃないわよ」
「納豆は元々腐ってるからいいだろ別に…」
「発酵でしょ発酵。納豆だって腐ると危ない雑菌が増えるのよお馬鹿さん」
洗い終わったフライパンをタオルで拭きながら加江須の持っている浅い知識を訂正してやる仁乃。
「それより早く食べちゃって。じゃないと本当に遅刻よ」
「おお、サンキュ」
用意された朝食を食べながら加江須は台所に居る仁乃を横目でこっそりと眺める。
「(しかし本当に仁乃にはいつも世話になってるよなぁ…)」
幼馴染である彼女には我ながら本当に世話になっていると思う加江須。
彼女とは小学生時代からの付き合いで家も近い事からよく一緒に遊んでいた。小さい頃にはこの家にも泊まり込んだ事もあり、そして中学生になった頃にはこのように家に押しかけて来る事も増えた。確かその頃にはこの家の合鍵も自分の親が彼女に渡していたと思う。
「(合鍵かぁ…よくよく考えればそんな物を渡すなんて親父もお袋も仁乃の事を信頼しているんだなぁ。もちろん俺もだけど…)」
今朝だって放置されていたら確実に寝坊していたであろう自分の事をわざわざ起こしに来てくれた。
そこまで考えが及ぶとついでに布団を取り返そうとした時に間違えて彼女のバストをタッチした事も思い出した。
――しかし柔らかかったなぁ…それに大きさもかなりのもんだし……。
確か中学生の半ば辺りからだ。自分の幼馴染の発育が爆発的に発達し始めたのは。そんな事を考えているといつの間にか背後に近づいていた仁乃が腕組をしながら加江須に早く朝食を食べるように促す。
「何ぼーっとしてるのよ? まだ寝ぼけてるの?」
「え、い、いや、何でもない」
「もう早く片してよね。じゃないと食器洗えないんだから」
「ん…悪い…」
みそ汁を啜りながら言われた通り、邪な考えを捨てて早く朝食を食べようと急ぐ加江須。
しかしこの状況、何だかまるで会社に行く夫を急かしている妻の様に思えるのは気のせいだろうか……。
「妻かぁ…」
「え、何か言った?」
「いや、何でもないよ」
加江須がボソッと何かを呟いたがよく聞き取れなかった仁乃。
それから急いで朝食を片した後、食べ終えた食器を洗おうとする加江須であるが仁乃が食器を受け取ると顔を洗って歯を磨く様に促した。
「ハイハイ食べ終わった器は私が洗っておくからあんたは顔洗って歯を磨く」
「はいはい、分かりましたよ」
めんどくせーと呟きながら歯ブラシを探すが何故か自分の歯ブラシが見当たらない。どこにやったのかと思うとここで昨日の夜の事を思い出した加江須。
ああそう言えば昨日の夜に自分の歯ブラシは毛先がボロボロで捨てたんだっけ? 確か新しい歯ブラシなら買っておいてあるとお袋は言っていたけど……。
「えーっと…どこにあるんだっけっか? あの時はお袋に対して生返事してどこに新しい歯ブラシが置いてあるかきちんと聞いていなかったな」
加江須が洗面台の下の扉を開いて新しい歯ブラシを探していると、いつまでも戻ってこない加江須に煮えを切らした仁乃がやって来て何をしているのか尋ねる。
「遅いわよ、歯磨きにどれだけかかってるのよ?」
「いや古い歯ブラシ捨てたの忘れててさぁ、新しいのどこにあるか探してるんだよ」
「もう…ほらコレよ」
仁乃が洗面台の下を覗き込むと一瞬で新しい歯ブラシを見つけて加江須に手渡した。
「たくっ、先に玄関で待ってるから早く来なさいよ」
「あ、うん…」
歯ブラシを渡すと玄関の方まで歩いて行き外で先に待つ仁乃。
そんな彼女の背中を見送ってから加江須は手渡しされた新品の歯ブラシで歯を磨きながら独りでに呟いた。
「何でウチの物の置き場所を知ってんだよ」
そう言いながらコップに入れた水で口をゆすいだ後、鏡に映る自分の歯を見て綺麗になった事を確認し、顔を冷たい水で洗い落とすと急いで加江須も玄関の方へと駆け足で向かうのであった。
◆◆◆
「くあっ…ねみ~…」
「あんたねぇ…顔洗って出て来る言葉がソレ?」
隣で欠伸をしている加江須を見ながら仁乃がパシッと軽く背中を叩いた。
「もう、毎朝毎朝と高校2年生にもなって起こしに来てもらうなんて恥ずかしくはない訳?」
「毎朝じゃない。週に2、3日のペースです」
「物の例えよ! と言うか威張っていう事じゃない!!」
キリッとした顔でカッコ悪い事を言い切る加江須の頭を小突いてやる仁乃。
軽く殴られた頭を擦りながら二人して登校していると、背後から二人に声を掛ける存在が現れる。
「おーす、お二人ともおはようさん」
「ああおはよう愛理。今日も朝から元気ですなぁ」
加江須が朝一からハイテンション気味の愛理に付いて行けずに苦笑しているが、彼女はテンションを下降させることなく仁乃と加江須の二人を見てニマニマと笑う。
「そう言うお二人は朝からアツアツと見えますなぁ。もう半ば夫婦みたいな感じじゃないのぉ」
「「なっ!?」」
愛理の言葉に加江須と仁乃が顔を真っ赤に染め上げる。特に仁乃の方は湯気が出る程に熱を帯びており愛理にうがーっと噛み付いて行く。
「あんたはあんたはぁ!! 私と加江須はあくまで幼馴染であってそう言う関係ではないわよ!! ねぇそうでしょ加江須!!」
「お、おお…」
仁乃が加江須に同意を求めて来たので取り合えず頷いておくが、この時に彼の胸の内には何か言いようのない不満?の様な感情が渦巻いていた。
確かに仁乃の言っている事は何一つ間違ってはいない。自分と彼女はただの幼馴染でしかないのだ。
「(ああそうだよな。でも……)」
ふと隣を見てみると彼女は今も愛理に対してガミガミと怒鳴っているが、その彼女がもしも自分の恋人であったら……。
いつも自分に小うるさくガミガミと言ってはくるが、自分が苦しんでいるときや悲しんでいるときに何度も自分を励まし、慰めてくれた優しい幼馴染。高校2年生にもなって何度も彼女が自分を起こしに来ることだって正直な話ではソレを心地よく感じている自分がいる。
「(……最近なんかこんな事を良く考えるようになってきたよな)」
唯の幼馴染と言う関係だけでは不満を感じるようになって来た最近の自分に少し戸惑いを覚える加江須。いや、もしかしたら自分はずっと前から彼女の事を……。
「……加江須?」
「え、ああどうした?」
「どうしたじゃないわよボーっとして、あんたからも少しは愛理に注意してよ」
「あ、ああ…」
仁乃が頬を小さく膨らませ、黙り込んでいる加江須からも愛理にくだらないからかい行為を止めるように促すが、加江須としては恥ずかしくもあるが正直愛理のこのちょっかいは嫌ではなかった。
頭の中でグルグルとそんな事を考えていると、仁乃にちょっかいをかけていた愛理はクスクスと笑って先の学園の方まで小走りで走り去って行く。
「熱々カップルのお二人をこれ以上邪魔しちゃいけないから先に退散させてもらまーす♪」
そう言って口元に手を当ててオホホホと笑い去って行く愛理にうがーっと猫の様に威嚇する仁乃。
「もう…あの娘は少しくらい大人しくなってくれないかしら?」
「ん…そうだな…」
小さく頷く加江須であるが、彼は小さな声でそっと呟いた。
「でも、本当に俺たちがそんな関係になれば…彼女も少しはちょっかいをかける回数も減るのかもな…」
「……え?」
加江須の囁くかの様なそのセリフに思わず彼の顔を見て硬直してしまう仁乃。しばし静寂が続いたかと思えば、仁乃は頬を微かだが朱に染め始めて加江須に今の言葉に真意を聞こうとする。
「か、加江須…今のどういう……」
「…早く学校行こうぜ」
「ちょ、ちょっと…!!」
加江須はそう言うと学校までダッシュをし、その後に仁乃が必死で付いて行きながら先程の言葉の意味を問う。
「ちょっと加江須ったら! 今のはどういう意味なのよ!!」
「えー、何か言ったかな?」
「言ったでしょ!! その…ほら…!!」
加江須の先程に言った言葉を繰り返そうとする仁乃であったが、ソレを口にするのが恥ずかしくなり最後の言葉を濁してしまう。
これはもし久利加江須と伊藤仁乃が幼馴染という関係であった場合の世界。この世界はゲダツも居なければ転生者も居ない、普通の高校生の二人の少しもどかしさを感じる恋物語である……。
ちなみにこの話の中では黄美は登場しません。この話の続編は書くべきかどうか迷っています。ちなみに作者の自分としては一番好きなヒロインは仁乃ちゃんです!!




