転生者と傘を持つ女性
新たな転生者、神正学園の武桐白と名乗る少女と遭遇した加江須と氷蓮は墓地を出た後にそれぞれの帰路へとついている中、ふと加江須は氷蓮が今日はどこで寝泊まりをするのか尋ねた。
「そう言えば氷蓮、お前は今日はどうする気だ?」
「? いや何がだよ。そんな漠然とした言われ方をされてもよ…」
「寝床だよ寝床。お前どこか当てでもあるのかよ?」
加江須がそう訊くと彼女はああと納得した表情をして問題ないと返答しておく。
「実は今ある人間の住んでいるマンションに居候させてもらってんだよ。だから寝床に関してはしばらくは悩む必要もなくなってよ」
「居候? お前の知人か何かか?」
少なくとも氷蓮の顔見知りの人物に世話になっているのかと予想をする加江須。でなければ今のご時世に赤の他人を居候させる人間などいないだろう。それが氷蓮の様な年頃の少女ならば猶更だ。
しかし加江須の質問に対して氷蓮は少し言葉を濁した。
「あー…知人と言うか何というか…」
「おいまさか…変な男とかと二人で寝泊まりしてるんじゃないよな? 寝床が欲しいために怪しい男にホイホイと付いて行っていないよな?」
一応は確認の為に聞いておく加江須。
まあ流石にそんな危ない綱渡りを彼女がしてるとは思っていなければ、そもそも相手がどれだけ屈強な男だろうがなんだろうが神力を操れる氷蓮が襲われる心配などしてはいないが。
一方で氷蓮は加江須の見当はずれな心配に対して少し不満げに頬を膨らませて反論をする。
「バカ、変な想像すんな。俺が落ち着いて寝られる場所を確保する為ならいかがわしい男に尻振ってホイホイと付いて行く安い女に見えるのかよ」
「いや、決してそう言うイメージをしていた訳じゃないぞ。ただお前がどこか言いにくそうな反応を見せるから…」
どこか誤魔化すかのような反応が気になっただけだと言う加江須。
そんな彼に不満げな視線を送りつつも、彼女は自分が住まわせてくれている彼女――転生者、花沢余羽の事を思い浮かべていた。
「(余羽のヤツ、自分の事をバラさないようにって言っていたからなぁ。自分はあまり危険に関わりたくないとか何とか…)」
自分の住まわせてもらっているマンションの同居人である彼女の転生者らしからぬ発言を思い返し、内心で本当に臆病なヤツだと思っていたが転生者と言えども中身はそれぞれ性格の違う普通の人間なのだ。先程あの白とやらが話していた戦闘が大好物の戦闘狂もいれば、その逆に戦いなどに巻き込まれたくない弱腰な転生者が居てもおかしくないのかもしれない。元々は転生前は余羽だって普通の高校生であったのなら尚更だ。
とりあえず余羽の事を適当に誤魔化しながら二人は途中で道を分かれてそれぞれの帰路へとつく。正し氷蓮はそのまま真っ直ぐには帰宅せずにマンションの途中にあるゲームセンターへと入って行った。
「さーて…少し遊んでから帰っか…」
そう言いながらテキトーに店の中をウロウロとしているとクレーンゲームのエリアに見知った人影を見つけた氷蓮。
「あいつ…」
目先で苛立ちながらクレーンゲームに集中している少女にゆっくりと近づいて行く氷蓮。そのまま背後まで忍び寄ると彼女の肩越しに覗き込んだ。
「よーし…もー少し右で停止して…っと…」
「お前クレーンゲーム好きだな」
「うわっ!」
レバーを操作しながらクレーンを目的の場所まで動かそうとしていた少女であるが、背後から耳元で氷蓮に声を掛けられて操作していたレバーから反射的に手を離してしまい、操作中だったクレーンは目的のぬいぐるみの真下よりも遥か手前で止まってしまい、そのままクレーンは下へと下がって行って何もない虚空で動いている。
「もうッ、いきなり声かけるなんてやめてよ! おかげで百円無駄にしたじゃん!」
空振りしたクレーンを横目で見ながら氷蓮へと苦情を叩きつける少女にワリーワリーと軽口で謝る氷蓮。
「わりーわりー、そうむくれんなや余羽」
「もう…」
氷蓮に半笑い気味で謝罪をされた少女――余羽は溜息を吐きながら頬を膨らませる。
「それで、何でアンタがここに居んのよ氷蓮。確かゲダツの探索に出かけていたんじゃないの?」
財布から百円玉を取り出してもう一度ぬいぐるみを取ろうとする余羽に対して氷蓮は彼女の事をジト目で見つめる。
「そのゲダツと戦った後なんだよ。たくっ…お前も転生者なら少しは戦かおうって気概を見せてほしいもんだね」
「あーもーソレは言わない。寝床としてマンションに居候させてあげる代わりに戦いは基本アンタに任せるって条件でしょ。私はあんな化け物ともう戦いたくなんてないっつーの」
そう言いながらレバーをいじりぬいぐるみを狙う余羽。そんな彼女の後姿を見て本当に戦いが嫌いなタイプなんだと氷蓮は思った。
初めて余羽と遭遇した時、彼女はゲダツの攻撃を受けて大きく負傷していた場面であった。その怪我は彼女の持つ能力で綺麗に修復さたようであるが、心の方に受けた傷は完治してはいなかった。
「(初めてのゲダツとの戦いで大出血の大怪我。いくら傷を治す術を持ち合わせていても初の戦闘でそんな大怪我負わされたらトラウマにもなるってか…)」
目の前でレバーをガチャガチャといじりながら、ゲダツと戦う使命など知った事ではないと言わんばかりのその後姿を見つめる氷蓮。
「(転生者にも色々居るって事か。俺の様に願いを目的に戦うヤツ、加江須の様な身の回りの危機を排除する為、そして――ただただ強いヤツと殺し合いを求めるヤツ……)」
先程の墓地で新たに表れた転生者との会話を思い返して疲れた様に息を吐く氷蓮。
あの武桐とやらの話を思い返していると、背中を向けたままで余羽が氷蓮に話しかけて来た。
「そう言えば氷蓮さー、前に話してくれたけど私と同じ学校に二人も転生者居るらしいけどその二人に私の事を話したりしてないでしょーね?」
「ああ黙ってやっているよ。今日だって加江須と共闘して戦っていたがお前の事は何も話してはいねぇよ」
「まーた噂の加江須クンとやらですか? アンタよくソイツの話題出すけどもしかしてその男の事が好きなん?」
余羽は軽い冗談のつもりでそんな質問をぶつけてみる。同居しているだけもあって氷蓮の性格は大体掴んでいるつもりだ。こんな冗談など鼻で笑い飛ばす事だろうと思っていたのだが、質問を投げてから背後で息をのむような声が聴こえたかと思えば無言のままで返事を返してこない。
「ちょっと無視しないで…よ…」
どれだけ頑張っても全然取れないぬいぐるみに嫌気がさしレバーから手を離して振り返る余羽。
振り向くとそこには顔真っ赤にして佇んでいる同居人が居た。
「え…何そのリアクション?」
「……ハッ!!」
しばし停止していた思考がようやく再起動した氷蓮は頭をガシガシと激しくかいて早口で言葉を口から次々と吐き出し始める。
「いやいやいや、俺は加江須の事はあくまでチームの仲間と言う認識でしかないからな。いやまぁオメーがそう勘ぐるのは分かる気がするけどよ、あいつの名前を出しただけで好きなんじゃないかと勘繰るのは早計なんじゃねぇのかな? いや勿論これまで加江須には何度も助けられてどこか特別に見ているのかもしれないがソレは助けてくれた恩人なら当たり前の事だと俺は思うけどよ。と言うか同じチームを組んだらチームメイトの名前が口から度々出てくるのは至極当然ともいえる気がするんだけど違うか? オメーだって恋愛感情を抱いていない男でもソイツが身近な人物なら間違いなくその男の名前が通常の赤の他人と比べて度々出て来やしねぇのか? つまりはそういう事だっつーの」
「え…ああ、うん。そうっスね」
早口で次から次へとペラペラと言葉をぶつけられて思わず頷いてしまう余羽。しかし長々と話している最中にずっと顔が赤くなっている姿を見ると明らかな誤魔化しであることがよくわかる。しかしここでソレを指摘すればまたうっとおしい長文を聞かされるハメになると思い、この話題はこれ以上広げずにここで打ち切る事とした。
「ま、まあ今のは私が少し短絡的に考えすぎていたわ。そうね、その加江須とやらはあんたのただのチームメイトだもんね」
「そうそうそーだよ。たくっ…いきなり変な質問をすんなよ」
そう言いながら氷蓮はアハハと笑い飛ばすが、彼女の顔は未だに熱が抜けきっておらず彼女が本心では加江須の事をどう思っているかは一目瞭然であった。
少しこのゲームセンターで遊んでいこうと思っていた氷蓮であったが、余羽の質問のせいで遊ぶ気になれなくなり二人はそのまま店を出て行く。
「あ、そういや一応お前にも言っておくか」
「んあ? 何が?」
二人でマンションを目指して歩いていると氷蓮が墓地での出来事、そしてそこで聞いた話を余羽へと歩きながら話す事にする。いくら戦う気が無いと言っても彼女も転生者なのだ。情報位は与えておいた方が良いだろう。
そう思うと氷蓮は先程墓地で現れたまた新たな転生者の存在、そしてその転生者がこの消失市に引っ越す前に関わっていた危険な転生者の存在を話し始めた。
「ま…マジで?」
氷蓮から話を聞き終わった余羽は少し青い顔をして血の気が引いていた。
「ゲダツだけじゃなくてそんなヤバい転生者までいんの。はあ~…マジで勘弁なんですけどぉ…」
「一応話しておいたからな。お前もいくら戦う気が無いとはいえ転生者にゃあちげーねーんだ。その殺人鬼、いや戦闘狂は姿を変えれるらしいからな、もしかしたらこの町に逃げているかもだとよ」
「もぉ…私をそんな危険な戦いの渦中に巻き込まないでよ」
「んな事俺に言わなくてもいいだろうが…いてっ」
曲がり角を曲がった瞬間、同じように向こう側から曲がって来た相手と軽く肩をぶつけてしまう氷蓮。
「何やってるのよ」
「うるせーな、ああスンマセン」
余羽に対して口を尖らせた後に軽くぶつかった相手に頭を下げる氷蓮。
相手の方も同じく頭を下げて謝罪を返してきた。
「こちらこそごめんなさい。怪我はなかったかしら?」
「ああいや、軽くぶつかっただけなんで…」
菫色の長い髪に大人びた雰囲気を纏った、いや見た目は完全に二十代前半と言った具合の女性だから立派な成人なのだろう。どこか落ち着いた雰囲気を宿している女性はそのまま歩き去って行き、その後姿を見ていた余羽がほーっと溜息を吐いた。
「何か大人びた人ねぇ。ああいう女性は少し憧れるわねぇ…」
「……」
「ん、どしたの?」
どこか神妙な顔つきで歩き去って行く女性を見つめており、どうしたのかと尋ねる余羽。
「…傘」
「え、かさ?」
「見ろよ、雨なんて降ってねぇのに何で傘なんか持ってるんだあの人?」
遠ざかって行く女性の右手には一本の傘が握られており、氷蓮はその傘をどこか不審そうな眼で見つめ続けていた。




