転生者殺し
「ゲダツとの命懸けの戦いを好み、その戦いの中で愉悦に浸っていた彼女はとうとう最後の一線を越えました。それは――自分と同じ、神力を操る転生者同士の戦闘です」
そう言いながら白は自分と同じ学園の女学生だった一人の少女を思い返しながら、どこか憐れむ様な瞳をしていた。その憐れみを向けているのは目先に居る加江須や氷蓮ではない。自分が今話題にしている〝彼女〟の事である。
「先程話しましたよね。ゲダツを討伐して願いを叶えるチャンスを増やすために他の転生者同士で戦いを行っていたと…。でも、彼女は願いの為などではなく純粋な闘争心に駆られ他の転生者相手に勝負を仕掛けていましたよ」
戦いの快楽にのめり込んだ彼女を思い返しながら白は遠い目をする。
「結局、私の知っている転生者の方々は皆が彼女に殺されましたがね…」
「「なっ!?」」
特に声色も変える事もなく淡々と述べる衝撃の言葉に加江須と氷蓮の口からそれぞれ唖然とした声が飛び出てしまう。
「こ、殺された? お前の住んでいた町の転生者全員が1人の少女に?」
加江須が白に確認の意味を込めてそう尋ねると彼女は無言のまま小さく頷いた。
「はい、と言っても私が知らないだけで他にも転生者が居た可能性は否めませんが…少なくとも私の記憶上に居た転生者の方々はその彼女によって殺害されましたよ」
「…お前、その現場見たのかよ?」
氷蓮が少し疑うかのような眼で白の事を見つめる。
正直、彼女の言っている事は真実なのか虚言なのか判断しかねていた。いくら何でも同じ転生者を戦いが好きなどと言う理由だけで何人も殺すものだろうか?
「確かにこの目で全ての転生者の殺害現場を目撃したわけではありません。現に私も所詮は自分と同じ高校2年生の少女の戯言だと高をくくっていたのかもしれませんね。だから彼女が楽し気に自分が転生者を狩った話を度々しても本気にしていませんでした」
しかし彼女が白に対し、勝負を挑みそして殺したと言って聞かせた転生者の顔はその日以降、同じ町に住んでいるにも関わらず一度も遭遇する事が無くなり、そして白は決定的な現場を目撃したのだ。
「1人だけ彼女の手によって殺された転生者…その殺害現場を目撃しましたよ…」
かつて住んでいた町で見たあの光景、自分と同年代の少女が嗤って同じ境遇の転生者を狩り殺していた現場を……。
「ゲダツの気配を感じてその場所に向かうと光の粒となり空へと舞って行くゲダツ。そこに彼女が他の転生者と戦闘を行い、そして相手の首を貫いた光景をね……」
そう言いながら彼女は被害者が貫かれた部位である喉を擦ってみせると連想した氷蓮がうえっと言う顔をする。
「それで…お前の言うその彼女とやらはどうなったんだ結局?」
中々に残忍な人間が居たものだと思う加江須であるが、その少女が今はどうしているのかを尋ねると白は首を左右に振った。
「分かりません。転生者の殺害現場を目撃した際に私も盗み見をしている事に気付かれましてね、そのまま次は私に襲い掛かって来たんですよ。もちろん2度も死ぬのは御免被るので抵抗させていただきましたが」
「2度も死ぬ?」
加江須と氷蓮が首を傾げると白は不思議そうな顔で二人を見つめる。
「何を不思議そうな顔を…? 私たち転生者は一度死んだ身ではないですか」
「ああ、そう言う意味か…」
白の言っている言葉の真意を理解して納得する二人。
確かに今まであまり深く詮索はしなかったが、転生者は一度死を経験した者達でもある。自分も実際に事故死した後に蘇っているのだから。
「(…そうか。あまり考えないようにしていたが仁乃も氷蓮も一度は死んでいるんだよな。目の前の少女も…)」
そう考えると死を経験した者同士と言う奇妙な接点に少し変な気分になるが、今はそれよりも白の話の方へと意識を集中する。
「幸いな事に私に襲い掛かる前に彼女は他の転生者相手に随分と消耗させられていたようで何とか返り討ちに出来ました。ですが意識を刈り取る前に彼女は逃走し、そしてそれ以降は自宅にも戻らず消息不明となりました」
「……あぶねーヤツが居んだな。ましてやソレが常人離れした身体能力や特殊能力を持っているなら尚更だがな」
氷蓮がそう言うと白も『全くです』と頷いている。氷蓮の方はこれで話を終えた気分でいたのだが、今の話を聞いていた加江須は少し言いようのない微かな不安が胸の中に残留していた。
「そのままその女が行方不明ってのが気になるな。もしかしたら他の町に潜伏でもしてるんじゃ……」
「あり得ますね。彼女は2つ持っている特殊能力の内に外見を変える能力を持っていますからね。姿を全く別人に変えて他の町に潜伏している可能性も十分にありますよ」
またしてもとんでもない情報をさらりと述べる白。
転生者の能力は基本1人につき1つしか転生の際に授与されない筈だ。もし複数能力を持っていると言うのであればそれはつまり……。
「俺と同じで願いを叶える際にもう一つの能力を手に入れたって事か…」
加江須が独りでに呟くと今度は白の方が興味を示した。
「貴方も特殊能力を2つお持ちで?」
「ああ。元々与えられた能力に加えて願いを叶える権利を貰った時にもう一つ能力を貰ったんだよ」
「せっかくの願いで能力を一つ得ただけですか。普通はもっと大きな事をお願いすると思うのですが。…意外と欲が無いというか何というか…」
「ちょっと待てよ。加江須が願いを何に使うかなんて本人の決める事だろうが。何でオメーがそんな小馬鹿にしたような口調でとやかく言うんだよ」
加江須の事がバカにされたと思ったのか氷蓮が白を睨みつける。
もちろん白はそのような気持ちは一切なく、手を軽く横に振って誤解だと伝える。
「別にバカにしたわけではありません。ただ今話題にした彼女も折角願いを叶える権利を貰ったにもかかわらず彼と同じく能力をもう一つ手に入れただけでしてね。その理由が戦いを有利に、かつ命のやり取りを愉しめるレベルの力が欲しかったからと述べていたので気になっただけです」
「あくまで戦う事を優先している女ね、末恐ろしいな…」
加江須はそう言いながらゴクリと唾を呑み込んだ。
ここまでの話を聞いていた加江須はここで話題になっている彼女とやらと目の前の白がどのような関係だったのか少し気になりそちらの方に対しても質問をする。
「その彼女とやらとお前はどういった関係なんだ? 話を聞いている限りじゃなんだかそれなりに仲良くしていた様な感じがするんだが」
「別にそこまで仲の良かった訳ではありません。同じ学園に通いそして同じ転生者、それだけの瑣末な繋がりです。コミュニケーションだって最低限しかとっていません。そもそも仲が良い間柄なら彼女は私を笑いながら殺そうとはしませんよ」
「はは、そりゃそうか」
少し力のない声で苦笑いをする加江須。
気が付けば随分と話し込んでおり空の景色も夕焼け色へと変色し始めている。
最後に白は加江須と氷蓮に一応の警告だけ入れておくこととする。
「先程も言いましたが彼女…名は仙洞狂華。戦いに魅入られている狂った〝転生者殺し〟です。私の元居た町から姿を消し、そして自身の姿も自在に変化できる厄介な転生者です。もしかしたらこの消失市に潜りこんでいるかもしれないので精々お気を付けを……」
それだけ言うと白は脚に神力を集中してその場から姿を消す。
「あ、おいッ!」
言いたい事だけ言って立ち去って行く白に氷蓮が声を掛けるが、彼女はその声に一切反応を示すことなく墓地から遠ざかって行く。僅か数秒後にはもう豆粒ほどの小さな影しか見えなくなり、その2秒後には二人の視界から姿を完全に消す。
「たくっ…行っちまったぞあの女。なんか自分の話したい事だけ言って消えたみたいで少し癪にさわんな」
氷蓮はそう言いながら口を尖らせ、不満げに足元に転がっている適当な石ころを蹴り飛ばした。
「おい、墓地でそう言う事はあまりするなよ」
軽く注意を促しながら加江須は先程の白と名乗っていた少女の言っていた事を未だに考えていた。
転生者はゲダツと戦うべき存在だと言うにも関わらず、転生者同士で命のやり取りをしている連中もいる。しかしよくよく考えればそれも十分にあり得た話だ。
「(白の言っていたその仙洞とやらはただの戦闘狂だが、元々彼女の住んでいた町には願いを叶える機会を増やすために他の転生者を蹴落とそうとする連中もいたみたいだしな…)」
そう考えれば自分の周りに居る仁乃や氷蓮は転生者としてもまともな部類である事がよく分かった。
もし転生して日が浅い段階で今の話題に出て来た身勝手な転生者と遭遇していれば自分も危なかったかもしれない。
加江須が隣に居る氷蓮の事を見ながらそんな事を考えていると、視線を感じた彼女は何をジロジロと見ているのか尋ねる。
「あんだよ加江須。俺の顔に何か付いてんのか?」
「いや、俺の周りに居る転生者は優しいヤツばかりで有難いなぁって…」
「はあ?」
加江須の言葉に首を傾げる氷蓮。突然優しいなどと言われてもどうリアクションを返すべきか分からないでいると、補足するように加江須が言葉を続けた。
「お前は願いを叶える為に戦っているだろうがソレで他の転生者を殺そうとは考えないだろ?」
「いやまあそうだけどよ…それが普通の感性で優しいとは言わねぇだろ」
「…まあそうか。でもソレ抜きにしても氷蓮は中々いい所があるから俺は好きだぜ」
加江須がニカッと笑いながらそう呟くと氷蓮の顔がボンッと真っ赤に染まり煙が顔から出た。あまりにも不意打ちすぎる『好き』と言う単語に虚を突かれてしまい分かりやすいリアクションが出てしまった。
「な、ななな、にゃにを言っている!? すす、しゅきって…!!」
思うように呂律が回らない状態で戸惑っていると加江須が不思議そうな顔で言った。
「別におかしなことは言ってないだろ。お前はこれまでも俺や仁乃を何度も助けてくれたし、それに気も合うからな。仲間として好きだと言ってもおかしくはないだろう?」
「あ…そうだな。うん…仲間…だもんな」
加江須が仲間としてと言った途端、今まで顔に帯びていた彼女の熱は一気に冷めて白け顔になる氷蓮。
いきなりの温度差のある表情の変化を彼女が見せ、加江須が少し戸惑いながら不味い事でも言ったのかと少し不安そうな顔をする。
そう言えば目の前の男は少し鈍感な部分がある事をすっかり忘れていた。あの仁乃や幼馴染に好意を抱いている事だって中々気付かないでいたし……。
「(はぁ…ま、仲間としてでも好きだと思ってくれているだけヨシとするか…)」
◆◆◆
ちなみに加江須たちがゲダツと戦っている時間帯、彼の母校では3人の少女が放課後の空き教室に集まってこんな話をしていた。
「それで愛理、結局のところカエちゃんの事をどう思っているの?」
「え、な、何が?」
黄美の質問に対して質問の意味が分かっていないフリをする愛理であるが、そこへ仁乃からも追及が飛んでくる。
「誤魔化さなくてもいいわよ。愛理さんも…私たちと同じなんでしょ? あのバカに対して抱いている感情は……」
「それは…えっと…」
いつもはこの手の話題で黄美などをからかっていた彼女であるが今は真逆であった。左右を黄美と仁乃に挟まれている愛理はどうやってこの場を切り抜けようかと必死に頭を回転させるのだが、そんな彼女の事を答えを聞くまで逃がさないと黄美が腕を掴んで意思表示を示す。
「今まで散々私をからかったんだから逃がしはしないわよ。さあ、赤裸々に話してもらおうかしら」
そう言いながら黄美はとてもいい笑顔を涙目の愛理に向けるのであった。




